moving mountains :11


「――――…」


腕の中にあるものを抱き寄せるが、血の巡る肉とは違って重みがない。それは生きているという確かな感覚だ。それは迷惑そうに身じろぎもしないし、か細くも柔らかい手がシーツを握ることもない。薄赤く色付いた唇が、寝言で「王様」と呟くこともない。鋼のように艶やかな長い髪も、飴細工のような透明な睫毛も生えていない。

つまりそれは羽毛の詰まった綿布だった。
要するに布団だ。
肌触りは悪くないが、求めていたのはこれではない。

一般に言う“愛情”という感覚は一切ないが、“愛着”はある。あれはどうにも“触り心地がいい”のだ。瑞々しく弾力のあるさらさらとした肌は、妙に手に馴染む。

それは座り心地の良い椅子の如く、背中に馴染むクッションの如く。

何かで例えるならば、それは“家具”だ。しばしば持ち主に反逆する家具ではあるが、間久部マキナという存在は、今のところギルガメッシュにとってそんな存在なのだった。

しかし―――使いたい時に手元にない家具というのもどうなのか。ただでさえ、この教会内にいる時でさえも忙しなくしているというのに、『学校』に行っている間など退屈で仕方がない。

しかもその学校で、当のマキナが至極楽しそうに時間を過ごしているのも癪だ。今頃男子と嬉しそうに話でもして、青春を謳歌しているのだろう。




―――実際そうだった。

「衛宮、あの魚はすごかったよ…。魚、スゴイ!」
「な?いいモノがそろってただろ?」
「金目鯛って何者……?すごく脂が乗ってておいしかった…今度干物も買おうかな…」


まあ、隣同士の席で会話が無いのも不自然だ。殆ど同じようなタイミングで入室したマキナと士郎は、互いに鞄から教本を取り出しながら、昨日の買い物の成果について話し合っていた。


「――――…」


そんな二人を、後方で、教室の外から暫し眺め、帰っていく者の姿があった。
―――凛である。
昨日、士郎にはあれだけ釘を刺したというのに、まだ仲よくやっているらしい。そして相変わらずマキナは恍けた女である。無意識のうちに溜息が零れていた。

凛はまだ赤いコートを羽織ったままだ。鞄は置いて一時限目の支度はすでに済ませた。まだ始業時間までは時間がある。

2-Cの教室から去ったその足で、凛は屋上へと向かったのだった。



この時期に屋上に出るような馬鹿は魔術師くらいだ。だが、今は綾香も士郎もマキナも、教室にいる。要するにそんなバカは今遠坂凛一人しかおらず、凛は魔術師として行動を開始する。素人二人(士郎とマキナ)の行動は悩ましいが、それに関わってばかりもいられない。

凛は、屋上にある“結界の基点”の一つの前にしゃがみ込み、今日もせっせと妨害工作を行った。そう、それこそ“素人二人”がアテにならないからこそ自分がどうにかしなければ。そんな使命感が沸き立って、いつもより集中して作業を行うことができた。魔術刻印に魔力を通して、結界消去が記されている一節を読み込み、発動。

呪刻から一瞬で色が褪せていき、滲みのような痕跡しか残らなかった。勿論、また明日にでもなれば元通りに修復されているのだろう。だが、やらないよりは余程いい。


『……凛。』


そう、凛にだけ聞こえる声が凛より数メートル後方の方でした。だが正確な位置は特定できない。彼は今霊体(アストラル)化しているのだ。凛は振り向かずに、その場で立ち上がりながら応えた。


「何?アーチャー。」


凛のサーヴァントであるアーチャーは、皮肉屋でいけ好かないところもある。召喚してから数日、既に何度も口論を重ねている。だが、そんな彼の声を聞くと、凛は無意識に背筋が伸びるのだ。日常の中で、彼の存在が“戦争”の意識を際立たせるる。勿論忘れることなど一時たりとてないのだが、彼の存在が凛にとっての“境界線”だった。

凛の頭を占めていた雑念が取り払われ、戦争における自身の本分を思い起こす。士郎が、綾香が、マキナが―――そんなことはどうでもいい。問題は自分自身だ。誰がどう行動しようと、自分の方向性は変わらない。


「間久部マキナというマスターだが……彼女は危険だ。」


突如、彼が思いもよらないことを口にしたので凛は目を丸くして振り返ったのだった。


「早い段階で潰しておいた方がいいだろう」
「貴方がそんな進言をするなんて…意外ね。何か情報でも掴んだの?」


まさかアーチャーがマキナのことに言及するとは予想がつかなかった。凛が気にしているのを見て、独自に調べてくれたのだろうか?


「明確な情報はまだだ。…頼りない回答で済まないが、私の『勘』だ。彼女を野放しにしていては手遅れになる。その前にケリをつけよう」


アーチャーの声は、殊の外深刻そうだ。ランサーと戦った時でさえ、どこか余裕を滲ませていた彼が、こんな声をして間久部マキナの危険性を語るとは。
それだけで“信憑性”は十分だった。


「―――そうね、どの道いつまでも放っておくわけにもいかないんだし」


そうだ。どの道戦わないという選択肢はないのだから、憂患事は先に始末した方がいいだろう。


「いいわ、今夜ケリをつけましょう」


アーチャーの提案に、凛は首を縦に振った。そうしてそのまま屋上を後にする。帰り際に、歩きながら2-Cを覗けば、二人は未だに会話に花を咲かせていた。そうして2-Aでは、綾香は依然として本を読み耽っていたのだった。

緊張感の無いように思える三人。だがそれぞれ、見かけに寄らぬず真剣な思惑があるのである。


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