moving mountains :11


―――――さあ、学校に行こう。


さて、楽しい学校なのだが…学校は今大きな問題を抱えている。生徒達を犠牲にして血肉を魔力に還元して奪う結界。この行為は所謂“行き過ぎた殺戮行為”に該当するので、積極的に潰してもいいだろう。

だが問題は、その方法だ。


 ―――結界の解除方法なんて、知らない。

のである。しかも魔術師の結界ならともかく、これはサーヴァントの結界だ。発動後であれば“八雲鍵(ヘルンズ・キー)”で切ってしまうことができる。だが今は発動準備段階なので、何もできない。

被害を抑える為に、できれば発動前に対処をしたい。

―――言峰に訊くか?
魔術の知識があるならば、結界を解除するための理論くらいは知っているかもしれない。否、求められる代償がわからない。

―――士郎に訊くか?
否、結界の存在すら気づかなかった彼に、知識があるとは思えない。

―――凛に訊くか?
これも否、彼女には敵対心を抱かれている。教えてくれる筈がない。


となると、やはり残された道はひとつだ。沙条綾香に訊いてみよう。


マキナは今日も定刻通りにやってきたバスへと乗り込み、指定席となりつつある後ろから二番目の椅子へと腰を下ろした。

バスは通学バスと言っても過言でない程穂群原生の比率が高く、他の乗客と言えば2、3人老人が乗っているだけだった。

だが、まだこの時間帯は学生が少ない方だろう。次の次くらいの便は、特に雨の日だと都心部の満員電車並の混雑になるらしい。

今このバスに乗っているのは殆ど部活動の朝練がある生徒達のようで、弓道部の部員なのだろう。2、3人が固まって、うち1人が弓を肩に担いでいた。朝から弓を引くなど、清々しい気持ちになれそうだ。

そういえばマキナはムーンセルでは“アーチャー”のクラスだったが、アーチェリーを数回体験しただけで、正直弓はからっきしだ。ギルガメッシュ同様宝具の性質で“アーチャー”に分類されたのだろうが、しかしギルガメッシュとて、カルナのような弓の名手ではないかもしれないが、生前には強弓のひとつやふたつはマスターしていたことだろう。

エルキドゥは勿論、あのシャーウッド出身のアーチャーといい…まっとうでない“アーチャー”…―――弓の引けないアーチャーは自分しかしないではないか。

(特にこの時代の)ギルガメッシュに「アーチャーの面汚し」と罵られるのではないかとマキナは急に不安に駆られるのだった。




今日は趣向を変えて、昨日とは別の階段から上階へ登ることに。教室へとたどり着く前、マキナは同じく廊下を歩く一成を見かける。彼はマフラーもしていないし、鞄も持っていない。彼は生徒会長だから、恐らくは生徒会室から教室へと向かう途中なのだろう。マキナは“いつものように”彼へと元気よく声を掛けたのだった。


「柳洞!―――さん!」


“いつものように”敬称をつけるのを忘れそうになったので慌てて付け加える。一成はマキナの方へと振り向いたが、やはりその表情には驚きが色濃く刻まれていた。


「おはようございます!」
「―――ああ、おはよう間久部」


虚を突かれ、少し戸惑った様子の一成の前で姿勢を正すと、マキナはぺこりと恭しくお辞儀をした。


「今日も一日よろしくお願いします」
「―――ああ、こちらこそ、よろしく。」


マキナはお行儀の良さそうな雰囲気を滲ませつ、笑顔を浮かべた。そして、一成を通り過ぎていく。が―――…


「そもさん!」


またしても不意打ちを掛けるかのように、突然振り返ったマキナは一成の方へとびしっと指を指してそう呼びかけた。それに対して、一成は迷いの色も表情に滲んだものの、殆ど条件反射で答えていた。


「説破!」


―――と。
まるで長年連れ添った相棒かのように阿吽の呼吸で掛け合いをした二人に、同じく廊下を歩いていた数人の生徒がぎょっとして振り返ったのだった。


「―――といっても問題は用意していないんですが…今日も好調なようでよかったです」


そう言って、2-Cを通り過ぎていくマキナ。やっぱりだ。彼は紛う事なき“柳洞一成”なのだ。ムーンセルで彼はマキナの“友人”の一人だったので、素気ない態度は少々寂しいが、それよりも彼が実在の人物だったことの方が嬉しかった。


「間久部!汝の教室はここだぞ?」


2-Cをとっくに過ぎたマキナに、一成は彼女が登校二日目で間違えているのではないかと心配するのだが…


「はい!」


マキナは再度振り返って彼に微笑むと、歩き続ける。余計な世話だったか…と肩を竦めつ、一成は2-Cへと入って行ったのだった。

この短い会話を経て、一成のマキナ像は多少変化した。マキナは女性だし、士郎とも妙に親しい様子もあって、警戒をしていた。何しろ士郎とは長い付き合いで仲もいいが、マキナは昨日今日現れたばかりの人間だ。その人となりを判断するにはまだ日が浅すぎて、マキナの人間性に疑いを持つのは当然のことだ。

だが、彼女は一成が思ったよりも礼儀正しく、そして柔軟だ。どちらかといえば、少女らしいというよりは少年に近い印象を受けた。意外と女らしくないマキナに、一成の絶対防御壁の一枚くらいは剥がれたのだった。

勿論、たった2クラス分の距離など知れていて、マキナはすぐに2-Aへと到達した。早速コッソリと中を覗いてみる。マキナの意中の人物は、窓辺の席に座って古びた洋書を読んでいるのだった。そして―――遠坂凛はいないらしい。彼女のことは好きだが、今ここにいないことに一安心を。

どうアプローチをかけようかマキナが思案し始めた時だ。


「もし、何かお困りかな?」


マキナの背後から掛かる、清廉とした女性の声。ここで聞くのは初めてでも、聞き覚えのある声だった。またしても。


「――――貴女は……氷室さん…!」


振り返って見た彼女の出で立ちは、制服を除けば全てマキナの記憶通り。月見原―――否、今は穂群原3人組(ニャーニャーズ)の1人だ。


「おおっ?まさか“噂の転入生”に名前を覚えられているとは驚きだな。」
「確か……氷室さんは新聞部に所属されているんですよね?」


そう、彼女は新聞部だったはず。予選期間ではマキナも入部を勧められたことがある。真文は当時新聞部に所属し、そこのエースでもあった。

鐘たち三人組からは、本選でも助けてもらったことがある。―――のだが、鐘はその品のいい造りの顔に皺を刻んで首を傾げたのだった。


「む?新聞部―――…?…そんな的外れな噂をどこで…?生憎だが、私が所属しているのは陸上部だ」


マキナは軽く混乱した。


「陸上!」


どういうことだろう、タイガーが教室入室時に躓いて転ぶところまで再現したムーンセルが、まさか彼女らの部活をまったく別のものに変えていたなんて…。


「は、走るんですか……?」


その巨乳で?とはマキナは敢えて言わなかった。幾らなんでも失礼すぎる。まあ巨乳は冗談として、新聞部のお陰で文科系の部活の印象が強いので陸上部とは意外だった。放課後運動場を覗いていれば、走る彼女の姿が拝めるのだろうか。薪寺楓の方は見るからに陸上部だが、三枝由紀香の方もあまり陸上っぽくない。


「かっこいいですね…陸上部も楽しいんですか?」
「もしかして入部希望かね?歓迎するぞ」
「…残念ながら、放課後は教会のことで忙しいので部活をしている暇がないんです」


氷室鐘との会話途中、マキナは教室の奥に居る綾香と目が合った。綾香は読書中だったものの、鐘が教室の入り口で立ち止まって話していたことから気になって視線を寄越したのだろう。マキナの姿を認めた綾香は、一度ぎょっとした表情をしたのだった。

早速、マキナは昨日の“工事”を活かしてあることを試してみる。勿論この学校の地下から建物に渡って“根”は張り巡らせてある。校内でコードキャストの実行も可能だし、術式とまで行かなくとも簡単なプログラムの作動は可能だ。

マキナは、霊子ハッキングを実行し、綾香の“脳”に直接声を送った。


  ―――おはよう沙条、後でちょっと話せない?―――



突如脳に響いた声に改めて驚いた表情をした綾香だったが、流石に彼女も魔術師である。取り乱すことなく“返事”をしたのだった。


  ―――何ですか?コレ…これも間久部さんの魔術?―――
  ―――そうです。昼休みにでも、話せませんか?―――
  ―――…仕方ないな。じゃあ校舎裏で会おう。―――
  ―――ありがとう、ではよろしく―――



マキナと綾香は、そう端的に会話を終えた。綾香も凛を警戒している。凛が登校する前にこの会話を打ち切りたかったのだ。


「ところで、このクラスに何か用が?」


鐘が、マキナの顔を覗き込むようにして尋ねてくる。彼女は一見クールそういでいて、どこか面倒見が良いところがある。それは実は彼女が冬木市長の娘であるという状況も関係しているのだが、今のところマキナはそれを知る由もなかった。


「あ、そのですね……お恥ずかしいことにクラスを間違えてしまいまして。でもよく見たらここは2-Aだったから、私はもう二つ向こうのクラスでした」
「言峰嬢はうっかり屋なのだな」


先ほどの一成の言葉をもとに、そう嘯くマキナ。それ以外に適切な応えも思い浮かばなかった。


「あー…ごめんなさい。できれば言峰ではなく間久部とお呼びください。苗字が変わったばかりで、その慣れなくて…」
「了解した、間久部嬢だな。間違えて言峰と呼んでも怒らないでくれ」
「勿論です、無理なお願いをしてごめんなさい」


マキナは自分を気遣って話しかけてくれたにぺこりと頭を下げることで感謝を表し、漸く自分の居場所(2-C)へと戻って行ったのだった。


「―――今の、間久部さんよね?」


マキナが今度こそ2-Cに入って行ったことを見届けていた鐘に背後から怪訝そうに声を掛ける者アリ。誰かすぐに認識した鐘は、振り向いて微笑んだ。


「おはよう、遠坂嬢。彼女を“間久部”と呼ぶとは…彼女とは既に知り合いのようだな」
「……ええ、まあ短い会話をしただけですけど」


既にマキナの姿は廊下にはないが、凛はまだそこに気配が残っているかのように目を細めて硬い表情をしていた。


「彼女、何しにこのクラスへ?」
「ああ、どうやら自分のクラスと間違えて入りそうになったらしい。」


自分に会いに来たのだろうか?
それともただ単に、鐘の言う通り間違えただけなのか―――…確かにマキナはどこか抜けてそうでもあるので、そういう間違いをし得るかもしれない。が、一方で抜け目のない人物のようにも思えて判断が難しい。

凛はふと窓辺で洋書を読み耽る綾香に目を止めた。彼女は古い英国の植物に関する書籍に夢中で、凛の視線にも気が付かない。

マキナと同様、彼女も油断のならない人物の1人だ。彼女の手に聖痕(令呪)のしるしはなく、彼女はマスターとしては選ばれなかった。だが、性格は掴みどころがなく、どうも無視できるものではない。凛が、自分の席へと着く際に厳しい警告を含んだ視線で綾香を睨むと流石にその不穏な気配に顔を上げないわけにはいかず、綾香は凛と目を合わせた。先ほどのマキナのように“念話”をしたワケでもないのに彼女が言わんとすることが痛いほどに伝わってくるのだった。

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