moving mountains :10



 ―――世界崩壊の危機を救え―――か…



階段の上のほうに腰掛けながら、部屋を俯瞰する。室内の設備の配置換えをしながら、マキナは思索していた。


 ―――そんな危機があったことを私が知らないのは…それが人知れず未然に防がれたからだ。



この部屋の住人たちは、今や肉体的には完全に回復しており、数日のリハビリで、日常生活もできるようになるだろう。ただし、内面的な状態としては回復には程遠い。だが、その点はマキナにとっては専門外なので、休眠状態にする他ない。閏賀無徒と次に連絡が取れた際に回収を頼まなければ。


 ―――かつて“over count 1999”が未然に防がれたように。



配置換えと新設備の構築を終えたので、マキナは階段を降りていく。中央に出来上がった大きな水槽の横に、何もないスペースがある。そこまでやってくると、目を閉じ深呼吸をする。宝具構成に割いていた思考(リソース)を、今度は別のものに回す。


 ―――それにしても……“誰が”私をこの時代へと連れてこようとしたんだ?ギルガメッシュじゃないことは確かだし、他に思い当たる人物もいない。



無徒は何故“あるもの”とぼかしたのだろう。否、話そうとしていたものの通話が切れて話せなかっただけなのかも。


「まだ会ってないか……それとも、“聖杯”?」


言峰の発言が気になった。
“聖杯はお前のことをよく知っているだろう”と。まあ、それは知っているだろう。召喚履歴などが残っているのであれば。だが、聖杯には意思などない筈だ。“画策”などする筈がない。

世界崩壊の危機はこの聖杯戦争と関係もあるのだし、犯人を明らかにするのは重要なことだろう。

早速、遅ればせながらも聖杯戦争の本格参戦に向けた準備を整えなければ。―――となると、一つどうしても解決しなければならない問題がある。


それは“コードキャスト”だ。


宝具を始めとしたサーヴァントの能力で乗り切れないこともないかもしれない。だが、ある意味サーヴァントが二人もいたムーンセルの聖杯戦争でさえ、
コードキャストが活躍した場面は数知れずだ。

何より手元には今、多くの礼装がある。八雲鍵、赤原礼装、アトラスの悪魔、その他PDA端末内にも色々―――。せっかくあるのにただの装飾品として腐らせておくわけにもいかないし、特に治癒(ヒール)系のコードキャストは極めて重要だ。

だが、現状は現実空間にてコードキャストを実行することは不可能だ。かといって魔術を行使することもできない。

―――だから、現実世界でコードキャストを使えるようにする。

勿論初めての試みだが、2032年と違ってこの時代は世界がマナに満ちている。コードキャストをそのまま魔術に変換するシステムを構築する。

これは、マキナの宝具あってこそできる荒業だ。

まずはマキナの半径1m以内という小規模での展開を試す。対相手サーヴァント用のコードキャストは試す相手がいないので(ランサーでも呼べばよかったか)まずは自サーヴァント用のキャストから実行する。

手近なところで『純銀のアンクレット(gain_mgi(32);)』から。既に筋力耐久敏捷はEXでカンストさせてしまっているので上昇を確認しづらいが、魔力・幸運値ならば変化が把握し易い。

実行方法は電脳空間上と同じ。
マキナが構築した仮想空間上に命令を打ち込み、実行する。そうして早速自身のサーヴァントとしての内部ステータスを確認する。元より最底辺レベルの魔力値が、雀の涙程度とはいえ上昇したことを確認。

マキナは次に、短刀サイズの高周波振動ブレードを構成。その刃で自身の左腕に10cm程の切り傷を作った。ぱっくりと口の開いた傷跡から湧き出る血が床を汚さないよう、盥を用意してある。この傷が、体内のナノマシンで自動修復される前に―――


「借りるぞ、悪友」


本人はそこにいないし、使うのも初めてでもないが、そう断りを入れた。マキナは赤いルビーのペンダントトップを取り出し、封印された呪文(キャスト)を実行する。


  『赤原礼装(recover();)』


瀕死までの被物理ダメージを全回復する破格の魔術礼装(ミスティック・コード)。傷の深さに関わらず一定の魔力を消費するのが難点だが、マキナにとっては誤差の範囲だ。魔力消費と、それに見合う礼装の効果を確認する。傷跡は跡形もなく、治癒というよりは時間の逆戻しの如く、元通りになっていた。

企みの成功に微笑むマキナ。
ならば次の課題は、範囲の拡大だ。

マキナは、早速巨大な水槽(タンク)に足を踏み入れた。霊子データを部分的に回線に流すだけであれば、特別な装置は不要だが、全データを伝送する場合、要するに肉体は魂が不在の仮死状態となる。短期間であれば、そのままでも問題ないが、無防備な状態であることには変わりはない。国連未登録の違法ハッカーでもなければ、何らかの生命維持装置を使うのが一般的だ。

人肌より5、6度低い温度に保った溶液に、ゆっくり体を沈めていく。全身をすっかり浸けてしまうと、脊椎や蟀谷、指先などに電気プラグが差し込まれ、魂(内面)だけでなく、肉体(外殻)も、有機物と無機物との融合を成す。目的は感覚の延長――その為の“身体”の延長。

地下墓所を基点として、根のように身体を拡げていく。

日本の市街地をほぼ網羅しているといっても過言ではない地下インフラを利用する。冬木のどこが戦場になるともしれない。勿論市外で発生する可能性も否めないが流石にそこまで伸ばすのは無理があるので、先日打ち上げた衛星でカバーすることにする。

半径2mm程度の不可視の触手(ケーブル)が、じわじわと隅々まで広がり一つの町を覆えば次の町へと伝播していく。橋を越え、深山町の方へも。

一人の人間の霊子データをここまで広範囲に広げるのには相当なリスクを伴うが、延長した“身体”はマキナの宝具だ。親和性は極めて高い。殆ど苦もなく、マキナは冬木を踏破していった。




「―――――!」


その行為は全てギルガメッシュへと筒抜けだった。
というよりは、マスターとサーヴァントの導通(コネクション)と、魔術師(ウィザード)が霊子化し、電脳空間に接続するプロセスが酷似しており、
互いに意図しないとはいえ、それこそ魔術師(マスター)が使い魔(サーヴァント)の視覚を借りるのと同じようにマキナの情報体がオーバーロードしたのだった。

強制排出(シャットダウン)できない強力な感覚共有に苛立ちもしたが、一方で初めて経験する感覚でもあり、多少の興味を惹かれる。

霊子データを拡張することによる磨耗のリスクだけでなく、ここまで自己を増大させる行為は、並の人間では精神崩壊を引き起こすだろう。それなのにマキナは確かな自己を保っており、ある種の陶酔を感じてはいても、極めて冷静で客観的である。そこにマキナの異常性が垣間見えた。


根が冬木を覆うまでには一時間と掛からなかった。あの女が次に何をするつもりなのか…出方を待っていた時のことだ。

それは極めて無機質な…それこそ電線を施設するような機械的な作業だったので今の時点では、まだどのマスターもサーヴァントも地下の異変に気付いていない。それなのに、ただひとつ―――積極的に交信を求めてくる“もの”があった。




  
“死ね(おいで)”




そうだ、最早マキナの思い過ごしなどではない。
何か異質な“もの”が、マキナへの接触を試みている。

先ほどの無徒の発言が気になっているマキナとしては、これを逃す手はない。

先日は追いきれなかったが、今回は違う。マキナは、システムの構築に割いていたリソースを、気配の追跡へと移行し始める。

正に餌に食いついた獲物であり、その“もの”の正体を知るギルガメッシュは、マキナがそれに辿りつく前に、マキナの首根っこを掴み、水から引き摺りあげていた。

身体じゅうに絡みついていたプラグが次々と抜け落ちる。無理に引き抜かれた為に何滴か血が滴り落ち、溶液へとまぎれて行った。胃に肺にと内部を満たしていた液体を咳き込むように吐き出すマキナ。まるで入水した女を助け出した現場のようだったが、実際はそれ以上に深刻な状況だった。


「ギ―――ルガ、メッシュ……!」


やっと喋れるようになったマキナだが、まるで全身の血を抜かれたかのように青褪めた顔をして荒い息をしている。ギルガメッシュが首を掴んでいなければ、そのまま再び水槽に沈んでしまうだろう。


「ち…――て――――…さ――」


霊子化中に突然回路を切断されるのは危険極まりない。身体をばらばらに切断したまま放置するのと同等以上のリスクがある。マキナは、展開したデータを急いで呼び戻し、元の形へと修復する。再構築が進む度に生気が戻るように、次第に肌が赤味を取り戻していく。やがて回復作業(リカバリ)が完了したのだろう、マキナは一度大きな深呼吸を。そうして粘性を持った溶液が波立つ勢いで身を乗り出し、噛み付かんばかりに喚いた。


「…ぶっ―――殺す気ですか………!」


ギルガメッシュの膝下くらいまでの水嵩の溶液に対して底に腕をついた体勢のマキナは胸まで浸かっている。頬を紅潮させて怒りを顕にしているマキナに対して、ギルガメッシュは涼しい顔をしており、まるで意に介していないようだった。


「その気配を追うな」
「え……?」
「“それ”は、未熟な貴様にはまだ刺激が強すぎる」


若干の混乱をするマキナ。
どうやらマキナの死を覚悟で、危険から助けてくれたらしい。否、恐らく霊子化についての知識もないギルガメッシュのこと。回路の強制切断が持つリスクなんて知りえないのだし、責めても仕方がない。

マキナは本当の意味での落ち着きを取り戻し、暫し口を閉じて現在の状況を整理した。それを終えると、大きく溜息のような深呼吸をした。


「………わざわざ………どうも…ありがとうございます……」


マキナは、改めてギルガメッシュの姿を見た。未だ水槽内で膝立ちをしているので、溶液が、ギルガメッシュの腰あたりまで浸透してしまっている。
その姿を見て真っ先に湧いた感情は、自分などのためにそうさせてしまった罪悪感だった。


「あの、服が汚れちゃったから…着替えを持ってき……」


言葉が遮られ、そのまま水槽の壁へと背中を押し付けられていく。マキナは、なんとも脱力した顔をして、複雑な思いでギルガメッシュを見上げた。


「―――続きはここでするとしよう」


この特殊なシチュエーションがある種の興奮を掻き立てているらしい。いつものように抵抗するでも意識を乖離させるでもなくマキナはただ漫然とギルガメッシュを受け入れた。電気プラグの針で互いが思わぬ怪我をしないように、水槽の外へと追い出すと、眠るように目を閉じた。


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