moving mountains :10


「“衛宮士郎”」


壁に背中を預けたまま、修道女姿の娘はとある名を告げる。神父の背中へと向けて。

神父は動きを止めると、あのいつもの陰鬱な笑みを浮かべたまま振り向いた。娘も“やっぱり”とささやかな予想の的中に笑顔を浮かべた。


「彼に何か思い入れが?」
「―――お前と気が合うんじゃないかと思ってな」


言峰は、顔だけでなく身体もマキナの正面へと向ける。親子水入らずの会話が始まったのだった。


「気……合いそうですか?」
「ああ、お前たちは似た者同士だ」


間を置かずの応えに、マキナは眉根に皺を寄せる。それが事実かどうかという問題よりも、まだマキナとも、そして恐らく士郎とも会って間もないというのに何故そう言い切れるのだろうかと、反感が湧く。


「そんな―――衛宮に失礼な!」


マキナとて士郎のことはまだよく知らないというのに、思わず彼の名誉のために抗議せずにはいられなかった。


「衛宮はすごくいい人ですよ。私のような悪人に似てるなんてとんでもない」
「―――“そこ”が似ているのだよ。」
「異議を申し立てる」
「……まあ、仲よくやるといい」


相手が言峰なだけに、その企みに、真意にと猜疑心が止め処なく湧いてくる。いつも通り、隠しもせずに顔に出して睨むマキナの視線を受け流しつつ、まるで気に留めていない素振りで更にマキナを煽る。


「お前は友人が少なそうだからな。父親として気遣ったのだよ」
「心外です!? 私結構友人多いんですけど!」


まず親友の岸波白野がいる。
遠坂リン…は悪友だが、ラニもジナコも、慎二やある意味ユリウスも友人だ。そしてマキナには、幼少時からの心強い友人もいるし、ムーンセルの聖杯戦争以前も―――世界各地に―――いるような。


「………神父様の方が、よっぽど友達少なそうですけど。」
「友か。―――確かに、そう呼べる相手は一人もいないかもしれんな」
「いっぱい悲しい……じゃあ私が神父様のお友達になって差し上げましょう」


マキナの突飛で適当な思い付きに苦笑する言峰。相変わらず本気か冗談かが区別しづらい。本気ならば本気で反応に困るのだが。言峰は、マキナの申し出を軽く聞き流し、是とも否とも答えなかった。

そんなことよりも、言峰にとって重要なのはマキナと士郎が出会ったことだ。同じクラスに編入するように仕向けたのだから当然ではあるのだが、思ったよりも早い段階で二人は接触し、しかも互いがマスターだと認識までしている。

マキナは第四次聖杯戦争の参加者についても詳しくは知らない。そして知ろうともしない。自分の未来に関わることだから、先先と知りたくはないのだ。

その事実は、ここでは言峰とギルガメッシュだけが知っている。その真意を知るのは今のところ当の言峰だけだが。

衛宮切嗣の養子である衛宮士郎と、形だけとはいえ自分の養子となった言峰マキナが聖杯戦争に参加している。ある意味で、世代を超えての代理戦争のようでもあった。


「衛宮士郎と会ったということは、遠坂凛とも会ったな?」
「リンリン?会いましたよ。神父様…随分と嫌われてましたけど、何したんですか?セクハラ?」


嗜虐心に満ちた厭らしい笑みを浮かべてくるマキナに対し、言峰は少々わざとらしく溜息を吐いてみせた。


「あれは私の魔術における妹弟子でな。10年近くの付き合いになる」


その回答は意外だったらしく、マキナは俄かに目を見開かせた。


「なるほど。十年も付き合いがあるなら、外道は隠し通せませんね。納得です。―――でも、まあ今更ですけど…神父様、神父なのに魔術師なんですね。変なの」


そういいつつも、マキナは何となく言峰が魔術を拾得している理由の予想がついているようだった。まず、ランサーをサーヴァントとしている以上は魔術師の筈だし、聖杯戦争を監督している聖堂教会の神父なのだから、そうでなければ勤まらないのだろう、と。


「他には何か?」
「ん――…学園を覆うような結界が張られてたり、マスターっぽい人間を発見したり」
「衛宮士郎、遠坂凛以外にもマスターを見つけたのか?」
「それっぽいのは…。確証ないので、はっきりしたらお伝えします。」
「確証がなくても構わんよ。誰が気になっている?」


一瞬考えたマキナだったが、なら―――とその名を告げた。


「間桐慎二です。彼、魔術師の家系ですよね」


それを聞いた言峰の表情から、考えを汲み取ることはできなかったが、言峰は意外と“顔に出る”タイプだ。そんな彼が笑うでもなく特に表情を変えていないとなると、間桐慎二がマスターだという推測は、想定内かつ重要度が低いということだろう。その反応に、マキナは無意識に慌てて話を打ち切る。


「今のところ報告できるのはそれくらいです。」


壁に預けていた背中を離し、言峰の目前まで歩いていくマキナ。にこりと営業スマイルを浮かべ、敢えてあざとく小首を傾げてみせた。


「こんな感じでよかった?」
「ああ、一日目にしては上出来だ。引き続き監視を頼む」
「―――はい、お父様」


マキナは修道服のスカートを撮んで、恭しくお辞儀をすると踵を返して礼拝堂を横切っていく。


「ところで…随分と大泣きしていたようだが……ギルガメッシュに泣かされたのか?」


去り際のマキナの背中へと呼びかける。マキナはぴたりと足を止め、なんともいえない表情をして振り向いた。


「ええ、ひどいヒトですよね本当!……でも泣いてすっきりしました」


 その手には乗らん、とばかりにマキナはあっけらかんと答えると、もう一度歩き始めようとするのだが、今度は自ら思い出して立ち止まる。


「今からしばらく地下に籠るので、用事があったら呼んでください」


三度目の正直で、マキナはやっとのこっとで礼拝堂を後にした。

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