moving mountains :09


校門をくぐり、学校の敷地――そして結界から抜け出す。


「結界…完成していく一方だね……」
「ああ、生徒たちをサーヴァントの餌にするなんて…一体どういう神経してるんだ」


さっさと解除して、尚且つ結界を張った魔術師を張り倒さなければ。そうでなければまた同じことが繰り返されるだろう。

マキナは先ほどの慎二が怪しいとは思いつつも告げない。士郎の様子を見る限り、慎二のことなど毛ほども疑ってないだろう。

彼は結局“間桐”慎二なのだから、魔術師一族の筈だ。恐らく言峰の言っていたマスターかマスター候補なのだろう。士郎、凛、そして間桐慎二。既に7人のうち3人だ。言峰が監視を依頼するのも納得の密集率である。


「聖杯戦争が始まって、所々戦闘も起こってるみたいだけど…衛宮は大丈夫?怪我とかしてない?」


マキナの何気ない問いに対し、答えに詰まる士郎。それを見て察する。既に彼は戦闘を経験しているのだろう。


「あ、その――、とりあえず衛宮は今生きてるみたいだけど…怪我とかはしちゃったんだね………」


士郎を気遣うような素振りをしつつ、顔を覗き込む。ほぼ一日一緒に過ごしていたから改めて確認するまでもないが、特に痛みに耐えている様子もなく、傷を負ったとしても既に治癒しているのだろう。マキナ達魔術師(ウィザード)はコードキャストで自身やサーヴァントを治癒するが、本家本元の魔術師(メイガス)にだって同じことはできるだろう。士郎にできなくとも、凛にはできるだろうし。


「間久部の方は?」
「私はご覧の通り元気いっぱいだよ、大した戦闘もしてないし!」
「ならいいけど……まあ、お前の方も気をつけろよ」
「まっかせてよ、司令官!」
「(司令官…?)―――そういや、間久部のサーヴァントって…もしかして今一緒にいるのか?」


そう言われて、無意味と知りつつ反射的に周りを見回すマキナ。レーダーで確認するものの、気配はない筈だ。


「いないと思うけど……何か気配でもした?」
「いや。―――ってことは間久部のサーヴァントも家で待機中か」
「“も”っていうと衛宮のサーヴァントはお留守番なんだね。
 えっと……私のサーヴァントは今何してるかわからないや…」


今頃繁華街で退廃的な遊びでもしているか、寝ているか。監視映像(モニター)をオンにすれば追えるだろうが、興味はない。それに何をしていようと、ギルガメッシュの自由だ。


「何してるかわからないって……そんなんでいいのか?」
「あんまり干渉したくないもん。好きにしてればいいんじゃないかな。あ!でもあの結界は絶対違うから安心して、あんなのウチのサーヴァント作らないし」


作ろうと思えば、宝物庫(バビロン)内に類似の宝具はあるが、元々受肉して魔力は不足ない上、今やマキナからの供給もある。徒にあんなモノを作るとは到底思えない。何よりあの男の趣味ではない。


「いや、それは別に疑ってないんだけどさ…間久部も女の子だろ?サーヴァントに守って貰わなくていいのかと思ってさ」


士郎としては当然の考えだが、マキナとしては予想外の言葉に思わず噴き出してしまったのだった。


「アッハハハハ!」
「笑いごとじゃないぞ」
「あ、いや、そのゴメン…私は強いから大丈夫だよ。」
「いや…強いったって……相手は人間じゃない。化物みたいなモンなんだぞ?」
「そんなの適当だよ〜〜多分ピンチになれば助けにきて…くれるかも…しれないよ!」


そう、はぐらかす他ない。
実は私がサーヴァントですとも言えないのだし。勿論マキナがサーヴァントだからといって、敵うかどうかはわからない。ただ、どんなに状況が悪くても戦線離脱して逃げ帰ること位は出来る筈だ。

因みにギルガメッシュは、マキナのピンチを助けてはくれないだろう。暇つぶしの玩具としか思われていない。コテンパンにやられたマキナの醜態に爆笑するのが関の山だ。

マキナがまるで深刻に考えていない様子なのに、士郎の眉間に一層の皺が刻まれている。何かこう、士郎は頑固そうなところがあるから、どうにか説得しなければ。


「衛宮、心配してくれてありがとう。でも私は本当に大丈夫なの。それにホラ、いざとなれば私は教会に住んでるから保護してもらえるし。君よりはよーっぽど安全なんだよ?ヤな言い方だけど、衛宮は自分のこと心配するべき。」


そう、諭すようにゆっくり伝える。今度こそ少し真剣そうな表情をして。士郎も溜息のような深呼吸をしつつ、肩の力を抜いたのだった。


「まあ…そうだよな。間久部にまでソレ言われるとは」
「お互い頑張っていこうね」
「ああ」


そんな話をしている内に、丘を下り終えていた。
既にこの近辺のマッピングデータの収集も終えているので道はわかるが士郎の先導に半歩下がって従う。マキナや士郎の他にも同様に商店街に向かう生徒はちらほらといて、彼らは恐らく買い食いとか、そういう目的で向かっているのだろう。“下校時の寄り道”は学生の醍醐味だと聞いている。


「ねえ、衛宮。よければ私も質問していい?」
「ああ、もちろん。」


気楽に返事をする士郎は、鞄から財布を取り出して残金を確認している。そんな士郎の様子に思考を巡らせながら、マキナは問いかけた。


「衛宮は一人暮らししてるんだよね?」
「え?」
「ご飯も自分で作って…バイトもしてるってことは自活してるんでしょ?」


昼にはマキナも家族のことを聞かれたのだし、失礼ではないだろう。勿論彼が不快な表情をすればすぐにでも話を変えるつもりだ。


「ああ。ま――基本は一人暮らしなんだけど、別に寂しく暮らしてるワケじゃないよ。藤ねえも…いや、担任の藤村だけど…アイツ俺とは長い付き合いでさ、朝晩とメシ食いにきたりして殆ど家に入り浸ってるし…弓道部だった頃の後輩も、よく家のことを手伝いに来てくれるんだ。………それに今や、遠坂まで俺の家に下宿するハメになったし…サーヴァントもいるしな。」
「ホントだ、意外と賑やかなんだね。衛宮家は」


無意識に、それを聞いて少し安心してしまう。
何故だろうか。

本当は違うのに、マキナは冬木大災害の孤児ということになっている。そして彼は本当の孤児。偽りの共通項、偽りの關係だというのに…シンパシーを感じているらしい。

お膳立てされた再会、意図された接触。
そんなものを諾々と享受する変人はあまりいない。

マキナだって例外ではない筈だ。
だが…どうも彼のことが通常以上に気になってしまう。安直な考え方をすれば、それが“恋の始まり”だなんて言う者もいるに違いない。だが、そういった類の感情ではなく、もっと―――


「お義父さんは……」
「ああ、五年前に死んじまった。」
「そっか……残念だね……」
「間久部のご両親もな。」


その共通点とは、幼い時分に両親を失っていることだろうか。―――だが、それを深々と掘り下げるは無意味だろう。衛宮士郎を鏡とした自分探しなど、今は何の役にも立たない。マキナは思考を頭から追い出した。


「あ、もしかしてココ…もう商店街に入ってる?」


その道に入って、すぐにマキナの目に飛び込んできたのは写真屋だった。

デジタルデータが主流となった未来、アナログカメラは写真家位しか使わない。そんな希少な存在なだけに、マキナの目には強く留まったのだった。

2032年の日本にも、この類の商店街はまだまだ残っているそうだが、日本に来てから1年のマキナには、まだ観光をする程の余裕はない。独特のノスタルジーを醸し出すその光景は、マキナの好奇心を刺激するのに十分だった。


「面白そうなお店が一杯あるね。―――あ、あそこの八百屋さん。見てもいい?」
「ああ、もちろん」


マキナが向かった先の八百屋は、商店街の中でも特に人が多い。店員の大安売りの呼び声に、大勢の主婦が集まっていた。色々と迷った挙句、大瓜かのように育ったズッキーニとサラダ春菊を二袋を手にレジへ。人ごみからやや盾になるような形で士郎に先導されて店を出るのだった。

そんな細かい心配りが自然とできる士郎に、マキナは先ほどの慎二の言葉を思い出す。慎二の発言も納得できる部分があるが、彼に下心などはないだろう。マキナの直感だ。


「エスコートありがとう、衛宮」
「いや、間久部華奢だから吹き飛ばされるんじゃないかと思って」
「心外だな、すっごく力持ちなのに」
「へぇ、どのくらい?」
「筋力EXだよ」


そんなマキナの真顔な回答に笑う士郎。 ただの魔術師(内輪ネタ)ジョークだと思って軽く聞き流している。


「セイバー…いや、バーサーカーじゃないかそれ?」
「……バーサーカーって怖いよね。っていうか契約できるマスターがスゴイよね」
「魔力消費が半端じゃないんだよな?」
「並の魔術師だと持って三日だって聞いた」


士郎は無意識に腹部に手を遣っていた。

バーサーカーにザックリと切り開かれた傷跡だ。跡形がないとはいえ、まだそこにあるかのような痛みが蘇ってくる。初っ端から嫌なトラウマを刻まれたものである。セイバーとのつながりのお陰か事なきを得たが、もしもマキナが同じ目に遭っていたら――否、これから遭う可能性も十分にある。

マキナと同じか、否それ以上にシンパシーを無意識に感じている士郎は、凛になんと言われようと、マキナ自身がなんと言おうと気にかけずにはいられないのだ。やっと見つけた、自分と同じ境遇の子供なのだから。


「――なあ、もしも困ったことがあったら気軽に相談してくれ。力になるから」
「本当?じゃあ私も。未熟者同士、知恵を出し合っていこうね」


だから結局“同盟は保留”なんて言いつつも、結んでいるに等しい状況になってしまった。

しかし、どうもこう―――マキナはただ助けられることが苦手なようで、タダでは助けられようとはせず、互助の関係に持っていこうとする。そこにもどかしさを感じるとはいえ、気持ちもわからなくはない。

マキナを観察するものの、彼女の関心は士郎よりも商店街に向いているように見え、士郎の申し出に対して、言葉とは裏腹に不快そうでもないし、昼間そうだったように、遠慮した様子もない。凛が傍に居ないからなのか、若しくは士郎と会話するうちに心変わりをしたのだろう。

ふと、何かに気付いたかのように目を丸くし、立ち止まるマキナ。何を見つけたのかと視線の先を探ろうとするものの、マキナは視線を落として自身の鞄を弄り始めたのだった。

「あ、そうそう。私の連絡先教えるね。」
「連絡先って教会か…?」
「違うよ、私直通の番号―――…ケータイケータイ」
「携帯電話なんて持ってるのか?」
「そう、向こうに居た時から使ってるんだ。ちょっと変わった番号だけど」


一瞬、この時代に携帯電話があったかどうか迷ったマキナだが、もう折り畳み式の携帯電話も登場していた筈だ。取り出した手帳のメモページに番号を書き終えたマキナは、それを破って士郎に手渡した。実際は携帯電話の契約などはしていない。捏造とはいえ戸籍はあるが、マキナは未成年者だ。言峰(親)の了承なしに契約などできようもない。

マキナのように霊子化可能なハッカーにとっては初級編の技術だが、回線網上に特定の信号(この場合はマキナの指定した番号)を確認した場合、マキナのPDA端末に転送されるようなプログラムを組んである。

この時代の組織(USTMiC)に連絡を取る方法を考えたが、教会の電話を借りるのは憚られるし、公衆電話も通信の機密性に問題がある。結果、この時代でもPDAを電話として使えるようになったのだ。


「じゃあ、俺の家の番号もココに書いておくな」
「ありがとう!ちゃんと登録しておくね」
「すまん、俺はまだケータイとか持ってないんだ」
「いいよ、大丈夫。」


マキナからボールペンを受け取り、自宅の電話番号を書き記す。出会って数日で電話番号を交換するなど、それこそ慎二になんと言われることか。勿論電話帳で調べればわかるだろうが、凛の連絡先だってまだ知らない。やましいことなど何もないというのに、背徳を感じる自分自身に眉根を顰めつつ、しかしマキナに不審に思われないよう、すぐに笑顔を。

買い物の後、マキナに江戸前屋のたい焼きを勧めて共に公園で頬張った。マキナがしばし、口にせずに何度も何度も匂いを嗅いでいたのが印象に残った。小麦粉と砂糖の焼けた香ばしい匂いで胸を膨らせるたびに幸せそうな表情を浮かべていたのに、士郎も思わずつられたのだった。


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