moving mountains :09


終業のチャイムを数分過ぎてから最後の授業が終わった。教師が出ていくと、途端教室がざわめきで満たされる。教本やノートを机の上でまとめて均したり、
思いっきり伸びをしながら後ろの席の生徒に話しかけていたり。

その光景は、マキナがムーンセルで経験したものと比べれば、やはり活気があって、臨場感に溢れているように思える。マキナはしばらく座ったまま、なんとなしに教室を眺めていた。


「魚屋、行くんだろ?」


一日の学業(しごと)が終わったというのに、行儀よく座っているマキナに、士郎が眼前で手を振り、注意を引く。マキナは何度か瞬いた後、すでに鞄を脇に抱えている士郎を見上げた。


「………あ、……私とつるんで大丈夫?リンリンにまた怒られるんじゃ」


てっきり喜ぶとばかり思っていたのに、マキナは不安げに士郎を見上げている。確かに、こういうところにマキナから日本人の血を感じる。


「約束したのは同盟結ぶ前だしな。これ位平気だよ」


何故かマキナは口をへの字にして黙っている。凛の剣幕を思えば、懐疑的にもなるだろう。


「…まあ、確かに遠坂に“寄り道は控えろ”とは言われたけど…夕飯の買い出しに魚屋に寄らなきゃならないし、席も隣で目的地も同じなのに、わざわざ分かれて行くのも変だろ?」


そんな士郎の説得に、それもそうかと安易に納得したマキナは漸く頷く。


「じゃあ、リンリンに見つかったら…“これには大きな理由(ワケ)があるんだ!”って釈明するしかないね」
「…その言い方、遠坂にぶっ飛ばされる未来が見えるぞ」


結局は不真面目なマキナに溜息を吐きつつも、支度が終わるのを待ってから、士郎は共に教室を後にしたのだった。

今朝の登校時も、凛と歩いていたことで視線を集めていたが(凛が、だが)。下校時にはまた輪を掛けたように…まるでブラックホールの発生源かのように集束している。

まあ、黒髪ばかりの日本の学校に銀髪蒼眼の外国人が居たら当然なのだ。しかも転校初日で注目を浴びるのは仕方がない。だが―――…さすがに常日頃桜と、朝は穂群原のマドンナ凛と、そしてマキナと一緒だと流石に誤解を受けそうというか、恨みを買いそうだ。

マキナと同じく、自分も気にするまいとつとめ、きびきびと校舎の案内をしつつ、階段を降りていく。このまま何食わぬ顔で突破しようとしたものの、そうはいかなかった。弓道場の辺りだ。


「お、おい衛宮!!!」


馴染み深い声――それは士郎もマキナも――に呼び止められ、二人は同時に振り返ったのだった。


「朝は遠坂と登校して、帰りはまた別の女子と一緒なんてどういうコトだよ!!」


気にしていたことを早速指摘される。だが、士郎はこの少年に偉そうに問い詰められる筋合いはないのだ。


「慎二お前……今日一日授業サボっただろ。」


そう、朝のHRから今の今まで、彼は教室に姿を現すことはなかったのだ。しかし登校時にはそれこそ弓道場にいたし、こうして今も。一体何をしていたというのだろうか。彼をよく知る士郎から見て、どうも挙動不審に見える部分があるし。


「わ、ワカメがどうして“高校”に……?」


だが、そんな慎二よりも輪を掛けて挙動不審になったのは、マキナだった。


「お前…!!人のいないところでボクの悪口言ってたの!?」
「俺は何にも言ってないって!!」


慎二のウェーブがかった髪を揶揄してワカメ呼ばわりされることは―――実はこれが初めてではない。たとえば陸上部とか、陸上部のエースとか、冬木の黒豹とかそういう輩には陰で日常的に。士郎が慎二のことを海藻呼ばわりしたことは今までないのだが、もしかしたら彼女達の影響を受けて、士郎に伝染したのかもしれない。そしてそれを今度は転入生に―――と色々勘繰る慎二だったが、それは杞憂であり何より的外れなのである。何しろこの間久部マキナは、とても非現実的な経緯でこの冬木にいるのだから。

マキナはマキナでまた、この状況を理解するために思考を巡らせている。目の前にいる少年は、あの“ワカメ”と瓜二つである。勿論彼本人に似ているというより、彼の“アバター”とだが。だが、彼も成長すればこの顔になるに違いない。

マキナの知っている“シンジ”は台湾在住の霊子ハッカーで、彼はとある魔術師一族の遺伝子から設計(デザイン)された子供だった。シンジはその魔術師の姓を名乗っていると言っていた。

“間桐”―――日本の魔術師だ。
先ほどの凛に対する驚きと同種のものだが、彼もきっとマキナの知る間桐シンジ血縁の者なのだろう。

……どうも魔術師の血というのは濃いらしい。血縁であっても、ここまで似通った容姿というのは―――。


「ま、まあ…外人だから常識ないのも仕方ないか…」


マキナが困惑した表情をしたり、思いに耽ったりしていると“慎二”は自己解決してくれていたのだった。やはり“外人”な見た目は何かと便利だ。マキナの不審な挙動もすべてそれで納得してもらえる。今のところ…だが。


「僕は間桐慎二。君だろ?2-Cに転校してきた女子って。」


すっと手を差し出される。握手を求められているのだろう。慎二はワカメだが、この慎二はあの“シンジ”とは違うし、過剰に弄るわけにもいかない。


「あ、はい。あの―――…私は間久部マキナと言います。戸籍上は言峰マキナなんですが、慣れないので間久部で呼んでほしいです。さっきは変なこと言ってごめんなさい。その…友人にそっくりだったから思わず綽名を口走ってしまって―――…」


ぺこりと頭をさげつ、営業スマイルで握手に応じた。性格はあのシンジと同種――否、それ以上に性質が悪そうな感じはひしひしと。しかし、まだ今は抑えて普通に接するべきなのだ。マキナはむずむずしながらも、笑顔を重ねる。

一方の慎二は、そんなマキナの心情は知らずに気をよくしたらしい。みるみる口角が吊り上ったのに、彼をよく知る士郎は嫌な予感がする。


「なあ、間久部。そんなヤツほっといて僕と遊びに行かない?」


表情が固まるマキナ。というより、笑いを堪えるしかなかった。あの“間桐慎二”―――別人ではあるが瓜二つ―――がマキナを誘っているのだ!PDA端末がリンに繋がっていたら、すぐさま速報をお伝えしているところだ。


「…………えっと、ごめんなさい。私早めに帰らなきゃならないの。家に帰ったら夕食の支度とか、教会の手伝いしないとだから。衛宮君には、今から深山町の商店街で良い店を教えてもらうんですよ。」


別に士郎と遊びに行こうというワケではないのだ、と。マキナなりに、なるべく角の立たないような返しをするのだが。慎二は一度士郎を面白くない表情をして見ていた後、士郎を見下すように目を眇め、嘲笑したのだった。


「お前の得意な手口だよな。そうやって家庭的で無害そうなところ見せれば、女子なんてすぐ警戒心をなくすもんな」
「む。俺は女子に危害を加えるようなことなんて絶対しないぞ。」
「でも下心くらいはあるだろ?朝はあの遠坂と!帰りはこんな外人連れてさ、節操なさすぎだろ?」
「どっちも成り行き上そうなったわけで―――」
「あ、あのゴメンネ!ちょっと待って。私今急いでるんだ…! 痴話喧嘩はまた今度にしてもらってもいいかな?」


これ以上放置しては拙い、と止めにかかるマキナ。慎二から引き離すように士郎の腕を引っ張る。そうして剣呑な顔をしている慎二を宥めるように、申し訳なさそうに微笑んだ。


「痴話喧嘩って……別に僕は衛宮なんかと…!!」
「やだなー、喧嘩するほど…って言うじゃないですかー」


慎二が更なる抗議の声を上げる前に、「それでは、ごきげんよう!」と手を振る。逃げることはマキナの十八番だ。マキナは士郎を引きずっての撤退に成功したのだった。


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