Circular Cline Collapse...(sleeping awake) :06




そこは先ず、深海のように暗い階段だった。水族館の入り口のような、否、或いは原子炉の中のようだった。後ろを振り返ると、今入ってきた扉は重厚な金属製の気閘(エアロック)になっていた。何かが書いてあったようだが、大部分が擦れて解読ができない。

まるで何かの格納庫の中のようだ。
再度進行方向に目を向ける。
階段は暫く続いているようだ。

階段よりもずっと下、奥の方に、
揺らぐ青い光が二人を淡く照らしている。
さながらチェレンコフ光のようだ。
ごぽごぽ、と立ち上っていく水泡。
得体の知れない恐怖を掻き立てつつも、
妙に幻想的な光景だった。


「……成程、確かにこの迷宮は君のイメージだな。」
「―――…」


奥の光に目を凝らしながら、マキナは静かに頷いた。生物の生きる余地のない、美しくも無情な海のイメージだろうか。そしてこの光景は、マキナに安堵と愛着を湧きたてるものだ。だが、しばらく下るとまた一つ新たな扉が立ちふさがっている。先ほどと同じタイプの扉だ。表面の擦れは先ほどよりはマシで何かのロゴや説明が書かれているのだろうことはわかった。少々惜しみながらも速度は緩めず、ドアを開く。


「なっ……一体コレは…!?」


次に広がっていた光景は、暗い階段とはうって変わっていた。そして非常に奇妙なものであった。


「何故こんなにサメがいるんだ…!?」


そう、そこはサメだらけの水槽だった。通路を取り囲む障壁の向こうに、数え切れないほどのサメが…寧ろ水よりサメの方が割合が多いのではないかと思えるほど、サメが密集して泳いでいたのだった。

そして入り口に唐突にあるアイテムフォルダ。マキナはとりあえずボックスを開放したのだった。今までの経験から考えれば、何かの回復アイテムや、礼装だろうか―――…


「こ、これは…『孫子の兵法書: サメ殴り編』!」


と思ったら、全く、何の役にも立たないものだった。
というかなんだコレ?


「よ、よくわからないが…とりあえず次の扉はすぐそこだ。先へ進も…」
「アーチャー、サメを殴れ!奴らの顔面に、貴様の拳をお見舞いしてやるのだ!!」
「なんだって!?」


あくまでサメがいるのは障壁の外側だ。特に二人に対して害意を見せるでもないので、そのまま通り過ぎようとしていたアーチャーに、マキナはそう命令したのだった。その明確で揺るぎの無い命令に、アーチャーは耳を疑った。今のアイテムが、マキナの精神に何らかの悪影響を与えるものだったのだろうか?


「どうしたアーチャー、何故殴ろうとしない。ここはSPC(サメ殴りセンター)、サメを殴らないことは財団の利益に反する」
「財団!?」
「余計な説明も質問も不要だ。君はただ、サメを殴ればいいのだ。サメを殴れ!サメを殴るのがお前の人生であり、お前の存在意義なのだ!任務を全うしろ!」


全く意味はわからないが、アーチャーは一つだけ確信する。できるだけ早急にこの区画を離れなければならないと。偉そうに命令するマキナを強引に引きずり、なんとか次の扉の前へ。その扉には、うっすらと『173』という数字が見て取れたのだった。今日何度目かの溜息を吐きつ、この部屋を後にする前にアーチャーは言った。


「君がそこまで言うから……なんだか私も殴りたくなってきたぞ…」
「馬鹿者!アーチャー、サメを殴りたくなったは不適切だ、サメを殴ったが正しい!」
「なんでさ!?」


扉を開け、いつもよりも理不尽に憤慨するマキナを次の区画へと押し込む。

そう、ここもまた小さな区画だった。
ここまでの三つとも、小さな区画の連続。
それこそ水族館のようだ。

通路が妙に赤茶けた錆のようなもので汚れていることを覗けば、次の区画は、障壁外でちらほらと銀色の魚が泳いでいるだけの普通の海のようだ。だが―――…障壁内に変わったものが在った―――または“居た”のだった。


「………?アレは…エネミーか?動く気配がないな…ただの彫刻か?む、近くにアイテムフォルダもあるようだな。マスター、とりあえず近づいて…」
「アーチャー、この部屋を出るまで、今から一切の瞬きを禁じる!」
「なっ……!」


マキナの理由のわからない命令、またである。怪訝そうにマキナを振り返ると、マキナはかなり深刻な表情で彫刻を見つめていた。何事かと、再度彫刻に視線を遣る。よくよく見ると、奇妙な彫刻だった。コンクリート製の人型の彫刻。KRYLON(クライロン)製スプレーを吹き付けられたかのような見た目をしている。不気味な貌を二人に向けたままの状態で壁に両手をついたまま、微動だにしていない。


「今度は冗談じゃなくて本気なの、お願いだからアレから目を離さないで!一瞬でも目を離せば首を折られる。二人同時に瞬きでもしようものなら、二人とも殺されるから…!」


今度こそマキナの必死な様子とその言葉は真実味を帯びているのだが…だが、初めて見るタイプのエネミーの詳細な情報を何故知っているのか?その答えは、またあの人物達によって明かされるのだった。


『……ソレ“The Original”じゃないッスか……マキナさん』
『なんでこの迷宮にSCPがいるワケ!?お前の迷宮どうなってるの!?』


他の誰でもない、この二人が反応したことに、アーチャーは嫌な予感がしていた。SCPが何か知らないが、兎に角ロクでもないモノであることは確かだ。―――しかし、こんなモノが迷宮にあることはマキナらしいのだが、その反応がマキナらしくない。いつもの彼女なら、プラズマ焼夷弾で焼却するだの…分子破壊砲が…だの言っている筈だ。


「ああ。あの彫像から目を離さないのはいいが――別に、アレを倒してしまっても構わんのだろう?」
「――遠慮はいらない。がつんと痛い目にあわせてやれ、アーチャー…て言うワケないでしょ!倒してどうする!それに倒せるかどうかもわからないし!アレに対して手出しは無用。今アーチャーがやるべきことは、瞬きする前に私に確認を取ること、もしくは片目ずつ確実に瞬きをすること、もしくは指で瞼が閉じることを確実に防ぐことだけです!」


マキナはそう言いつつ、自分自身も親指で下瞼を、人差し指で上瞼をぐっと押さえたまま視線を逸らさないようにしつつ、彫刻の方へと近寄っていく。どうやら付近のアイテムフォルダが目当てのようだ。奇妙な格好で走り寄ると、まず向かって左側のアイテムフォルダを開く。

中に入っていたのは一つのカプセル剤だった。

今度は右側のアイテムフォルダ。こちらの中身は…ソンブレロとカスタネットだった。これは新たな…礼装だろうか?


「……アーチャー、ちゃんと見ててね。」


早速、そのソンブレロを何故か彫刻の頭に被せ、そして左手にカスタネットをかけるとマキナは凝視をアーチャーに任せ、何かを探し始める。

アーチャーの視界の端で動き回るマキナは、通路を壁沿いに手を伝わせながら歩いている。隠し通路を探しているのだとアーチャーは理解した。そして意中のものを見つけたらしい。アーチャーの広い視界から一度消えたマキナは、ペンキ缶とハケを手に戻ってきた。


「……何を…?」


マキナは何の躊躇もなく、彫刻の顔に
その水色のペンキで猫の顔を描いた。


「よし、撤退だアーチャー!」


マキナはペンキ缶を捨て、次の扉へと走っていく。何がなんだかわからないが、アーチャーもそれに続く。扉が閉まる寸前、チョコレートの甘い香りが漂い、そうしてカスタネットを打ち鳴らす音が聞こえたような気がした。



次の部屋はまた異色だった。どこかのオフィス内の休憩室のようだ。中央に5つのテーブル、それぞれに4つの椅子が配置されており、壁際には複数の自動販売機が。そして、テーブルの1つにピザの箱が置かれていた。入ってきた扉に目をやると、やや掠れ気味ではあったが“2nd floor personnel break room”と書いてあるようだった。

マキナは一通り部屋を見回した後、ピザ箱の置かれているテーブルの椅子に腰を下ろしたのだった。アーチャーは“先に行こう”と言いたげに眉根を傾げたのだが、動く気配がないマキナを見、渋々と向かいの椅子へと座ったのだった。


「ここは多分安全だから、今のうちに話しておこうよ」
「そのSCPとやらを説明してくれるのか?」
「……まあ、そんなところ。とりあえずアーチャー、この箱開いてくれない?」
「?―――別に構わないが…」


言われた通り、アーチャーが箱を開くと……途端に広がる食欲をそそる香り。アーチャーは目を疑った。

開けるまでは匂いは勿論しなかったし、ただの空箱かと思っていたのに…そこには出来たてのピザが一枚入っていたのだ。

ピザは8等分されており、早速マキナは1ピースに手を出す。


「ミドルサイズ、ミルフィーユ生地、トマトジャムにバジル、モッツァレラ、アンチョビ多め…こんなピザ好きなんだ、アーチャー」
「これは……」


恐れもせずに、サクサクと摂食し始めるマキナの向かいで、未だにピザを睨んでいるアーチャー。何をそんなに驚いているのだろうか。


「………昔、“友人”が私に作ってくれたピザと同じだ」


食べはしないものの、1ピースを手にとってまじまじと見つめている。逆に1ピースを食べ終えたマキナは、席を立って自動販売機の方へ。中でもクウォーティー配列のキーボードがついているコーヒー自販機の前で止まり、50サクラメントを電子送金。そして“SCP-447-2”と入力し、緑色の液体を抽出していた。

マキナはあと二回この操作を続け、別の液体をそれぞれ紙コップに注いでいた。ようやくアーチャーが1ピースを一齧りした頃、マキナは紙コップの一つをアーチャーの前に置いた。

中身はアイスティーのようだった。マキナの飲み物は、キーボードの入力内容からすると台湾産の極品烏龍茶である。マキナはもう1ピースを手に取り、謎の緑色の液体に浸してから食べ始めた。


「クリーミーイタリアンドレッシングの味がする」


とても満足したようだった。
アーチャーもまた、その懐かしい味にもう1ピースを手に取り、口へと―――…


「…ちょっと待った。私達は今、一体何をしているんだ―――…!?」


口へと運ぶ直前で、箱にピザを戻す。そうして椅子からも立ち上がり、バンと机に両手を強く突く。


「話し合うのは賛成だが、ゆっくり休憩しているヒマはないだろう!?まだ入ってから30分も経っていないんだぞ…!?」
「………一応これも探索の一環なんだよ。」
「そうは見えないがな」


腕組みをし、厳しい視線を上から浴びせる。
マキナの言い訳はこうだ。


「このピザ箱はSCP-458。あのコーヒー販売機はSCP-294。で…たぶん向こうのはSCP-261だと思う。」
「で、そのSCPとは何なんだ?」


あまり聞きたくない気もするが、この迷宮を攻略する以上聞かねばならない。


「SCPとは……確保(Secure)、収容(Contain)、そして遊べ(Play)の略。要するに科学的に説明のつかない怪奇な現象や物品のことだと思ってくれればいい。」
「魔術的影響を帯びた呪具や聖遺物などのことか…?」
「そういうのもあるかもしれないけど」
「―――で、それが何故君の迷宮にある?」
「わからない」


マキナはピザを食べながら肩を竦めて見せた。なんだかいつも以上に役に立たない気がするのだが…


『マキナさんがちゃんと説明する気がないみたいだから、ボクが説明するッス。まず“遊べ(Play)”じゃなくて“保護(Protect)”ッス。SCPとは異常存在を一般市民から隔離することを目的にしている財団のコトッス。因みに都市伝説っていうか…実在しないフィクションの世界ッス。英語圏の仮想ネットワーク上におけるシェアワールド型創作サイトッスよ。』


ジナコの端的な説明は、マキナのそれよりは理解の助けになった。が―――…


「君はその、SCPが好きなのか?」
「うん」
「…君もその創作に参加しているのか?」
「してない」


なんかこう、しっくりとこない反応だ。
心なしか覇気も失われてきている気がする。


「いいよねSCPって……人間って多種多様なものを生み出すよね…」
「……とりあえず、ここを出て次に進むぞマスター」


マキナの腕をやや強引にひき、椅子から立たせる。その上で、次の扉へと進もうとするが……中々足が重い。おもちゃを買ってもらえない駄々っ子を引き摺っているかのようだ。何とか次の扉を開くため、ドアに触れる。


先程までと同様、厳重なエアロックはいとも簡単に解除され、二人を迎え入れる。


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