chaos divagate route "1" :00


「選定の声に従い…ランサー参上した。問おう、貴女が俺のマスターか?」
「……え?」



微塵も予期しなかった出会いだった。不慮の事故と言っても差し支えなく。“選定の間”で人形を難なく撃破し、早々と本選の会場へと向かおうとマキナが歩き始めた時だったのだ。

目映い光が降り立つ。
まさか――…
その光が何を意味するのか、それはマキナにも予想できなくはなかった。そして程なくして姿を顕にした美丈夫に、マキナの嫌な予感は無情にも的中し、その計画は粉々に打ち砕かれたのだった。否、だがまだ間に合うかもしれない。まだセーフだ。恐らく



「えっと……たぶん何かの手違いじゃないでしょうか?」



そうだ、手違いだ。何かの間違いだ。今しがた、取るに足らない人形(ドール)相手ではあるが自身がサーヴァントとしての力を有していることは証明できた。だからマキナの聖杯戦争には、マキナ一人が居ればいい。どれ程強力で頼もしい英霊であろうと、所詮は自分とは違う人間だ。理念も信念も矜持もまるで違えば、何が命取りになるかわからない。

ワケを話してお帰り願おう。小心者のマキナは「お呼びじゃねーんだよこのやろー」というような啖呵は切れないのだから。



「…手違い?」
「えーと、何て説明すればいいかな…私がマスターで私がサーヴァントなので普通なら、他のサーヴァントが召喚されるハズがないんです」



身振り手振りで一生懸命釈明するマキナの様子を虚を突かれたように目を丸くし、じっと見つめるランサー。そしてそんなランサーにまた、マキナはたじろぐ。どう考えても、マキナの言葉を信じてくれていない気がした。

自身がムーンセルに英雄として認められた経緯――マキナがどういった類の英雄であるのかを端的に説明する。なんだかそれでも信じてくれていない気がしたマキナは遂にその宝具『億死の工廠(ギガデス・アーセナル)』を展開。“選定の間”を埋め尽くすほどの重戦車に砲台に戦闘機に…と実体化して見せるとやっと、感心したような表情をランサーは見せたのだった。

もっと衝撃的に驚いてくれるのではないかと期待していたマキナは拍子抜けの反応に、内心舌打ちを。しかし…内心どころか実際自身の顔に、不穏な顔つきとして如実に表れておりランサーもそれを見逃さなかった。



「と、こんな感じで私も一端のサーヴァントだとお分かり頂けたと思います」
「よって──俺の出る幕はない、と?」



ずばり、ある意味マキナの言わんとしていたことを言い当てられ、マキナはまた狼狽し始める。ランサーは、その端正な顔を嗜虐に歪めるでもなく至極真剣に、微塵も遊びの無い表情でマキナを見詰めてくるのでマキナは余計に居住まいが悪い。



「えと…そういうワケじゃないんですけど…もしもお忙しいようだったら…っていうか私が気に入らなかったら他の人のところに行ってくださって大丈夫ってゆーか」
「次に召喚された時こそマスターに忠義を尽くし、必ず聖杯に導くと決めていた。…出来れば貴女に俺のマスターであって欲しいんだが」



マキナは言外に、私のサーヴァントになって欲しくない。と言っているのに
槍の英霊は、今はっきりと、マキナにマスターであって欲しいと口にした。



「あっ…えーと…その……」



小心者、というか。
性格は悪い部分が多いが性根は優しい…というのか。或いは優柔不断とも言うのだが。そうはっきりと言われてしまっては、マキナは困ってしまった。そして頭を過ぎる打算と妥協。あまりここに長居し過ぎれば他のマスターと遭遇し兼ねない。自棄気味になりながらも決断し、マキナは威勢良く切り出した。



「じゃあ、いくつか約束して欲しいことがあるんですけど…!」
「――何なりと仰せを」



腰を屈め、合わせるまでには至らないが、背の低いマスター(予定)のため、視線を落とすランサー。謹厳すぎず、寧ろ幼い少女でも見るかのように優しげにマキナを見るその瞳にマキナは相変わらず胃をキリキリさせて後ずさりたい衝動に駆られたが、すんでのところで踏み留まり、仕切りなおす。



「私はきっと、貴方の望むようなマスターにはなれません。それでもいいですか?」
「まだ、そうとは決まっていないと思うが?」
「……私のサーヴァントになるなら返事は3つ!“Yes,Master” “No,Master” “I don't know,Master”分かったら返事!」
「…Yes,Master?」
「よし、なら二つ目。私の嫌いなものは愛と正義と騎士道精神、それでも構わない?」
「Yes,Master」
「…本当かぁ?…じゃあ三つ目。戦闘は基本的に私がやります。貴方が戦うのは…私がピンチになった時と、私がお願いした時のみ。守れますか?」



弱気になったり、何故か妙に偉そうになったりと忙しい主人。その本心を何処まで悟ってのことかは解らないが…含羞むような笑みを俄かに浮かべて、ランサーは答えた。



「──Yes, My master」



マキナが嫌いと言ったばかりの騎士らしくランサーはその忠誠心を示すように深々と頭を垂れ、手を胸に宛てた。それを見、当然胸中に蟠りを覚えるマキナは口から出かけた苦言を、飲み下した。



「あの…もうそれいいです…すみません、ありがとうございます…」 



“それ”とは「Yes,Master」「No,Master」「I don't know,Master」の返事である。勢いで教官らしく言ってみたものの小っ恥ずかしい上に意思疎通が割と困難だと気付いたらしい。



「では、我が主よ。改めて俺と契約を」



羞恥からか外方を向いていたマキナが突如、優しく手を取られたのに驚き視線を戻すと
今度こそ片膝を突き、マキナを見上げる琥珀色の双眸。このような態度を取られたことは過去一度や二度の騒ぎではない。マキナの立場に居れば、特に西欧財閥圏の社交場に顔を出そうものなら、形式的なものから政治的な下心のあるもの、或いは脅しや牽制の含みを持たせたものまで。そして相手も一国の王族や政府高官、軍人、企業の人間と様々に、数え切れないほどだ。それこそ、マキナが忌避するレオやユリウスにも。単なる挨拶でしかない。それなのに…何故ここまで緊張して目も逸らせないのか。



「貴女が俺のマスターか?」
「………はい、私が貴方のマスター…です」
「サーヴァント『ランサー』選定の声に応じ参上した。
 これより我が『槍』は貴女と共にあり――貴女の運命は俺と共にある」



そう告げた後、ランサーはマキナの手の甲に唇を近付ける。



「―――…!!」



恭しく、触れそうで触れないランサーの唇。しかし、そこが、手の甲のその場所が酷く熱くなった。それは錯覚などではなく、事実、身を灼くような熱を以ってマキナの体内の魔術回路(サーキット)を駆け巡った。

マキナはそれが可能であれば、ランサーに握られた手を振り払いたかった。だが、それすらも叶わない。熱は、回路をショートさせるだけでなくあらゆる感覚さえも奪っていった。令呪を刻まれ…最も熱を持つその手は未だランサーの手中。



「マスター?」



しかし、マスターの異変に気付いたランサーはその身体が後ろに傾く前に、しっかりと抱きとめる。意識は失わないまでも、呼吸は乱れ…軽口も、狼狽の…言葉にならない言葉さえ口に出来ないマキナの状況を少々深刻に受け止めたランサーは、一転しその身体を軽々と持ち上げて横抱きにする。



「…ランサー……」



何を思ってか、力を振り絞って呼んだマキナの声は本当に弱弱しく。喋らないで、とマスターを優しく制してからランサーは選定の間を急いで後にした。

――まあ実際は、少し経てばよくなりそうだから放っておいてとマキナは言いたかったのだが。既に手遅れだった。




from Mayhem chaos divagate route"1"



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