moving mountains :04


「我の昼餉を作り置きとはいい身分だな、道化」


帰って、開口一番。
ギルガメッシュにいわれたのはそんな言葉だった。
思わず噴出すマキナ。


「アハッ…あはははは!!」
「何が可笑しい」
「いや…そのね、なんか…王様とおなじ事言ってて…面白くて…」


くすくすくす、と笑いが収まらずに肩を震わせるマキナ。眉根に皺を寄せて不機嫌そうな顔をするギルガメッシュにぺこりと頭を下げ、なるべく作るようにすると(未だに笑いながら)マキナは謝った。だが、視界の向こうに言峰を見つけ、あっと走り寄っていく。


「神父様!」


今、マキナにとっての最重要人物は言峰綺礼だ。聞かなければならないことが山ほどある。言峰は聖杯戦争の監督役、としてではなく教会の神父としての仕事をしているようで歩いている言峰の後ろをついていきながら、話しかける。


「なんだね」
「この令呪、渡す人間違えてるんですけど!」


マキナが呼びかけても構わず歩き続けていた言峰だったが、その言葉に停止を。言峰としては珍しく、俄かに驚いたかのような表情を浮かべていた。その表情は何を意味するのだろうか。


「冬木の聖杯戦争ってマスターが7人しかいないんですよね?ヤバいですコレは、すごく。誰かの令呪を私が奪っちゃったんですよ…!だから、今のうちにその人に返したいんですけど…!」


監督役なら何とかなりませんか?と哀願するような表情で言峰を見上げるマキナ。対して言峰は、その表情にほんの僅かな笑みを滲ませる。ああ、やはりマキナの令呪が冬木の聖杯から贈られたものだと知っていたのだ。


「仮にどこぞの魔術師が受託する筈だったとしてもだ。お前の方がマスターに相応しかったということ。お前は聖杯に選ばれたのだよ、間久部マキナ。」
「マジカヨ…いいよ別に選ばなくて……」
「そもそも、お前を未来から呼び出したのも聖杯なのではないか?そう考えれば、令呪を与えられたことも何も不思議なことではない」


成る程、そういう考えも―――否、あるのか?
有り得るのかそんなことが。


「でも、よくわかんないよ。なんで聖杯が…この時代存在してもいない私を呼ぶの?」
「聖杯はお前をよく知っているだろうよ。何しろ前回の聖杯戦争に参加した…サーヴァントの一人なのだからな」
「………」
「そのお前を、今回何故マスターで召喚しようとしたのかは謎だが」
「………」


動機はわからないものの、そこまで不可思議なことではないと言う。しかしそんなことを言われても、第四次聖杯戦争に呼ばれるマキナは今この第五次聖杯戦争に呼ばれたマキナより未来の存在なものだから、その記憶があるワケでもないマキナには、さっぱりだ。


「なんか胡散臭い聖杯だね、ここの」
「ほう……そう思うか?」


溜息を吐きながら、そう独り言つように呟くマキナ。その言葉に言峰はどういうわけか、聞き逃さずに問いかける。ここは教会で、言峰は一応神父。そんな中『聖杯』を否定するような発言はまずかったか、と少し反省しながら答えを考えるマキナ。


「だって私呼ぶとかどう考えても胡散臭いよ。何か企んでるって。私を意図的に呼ぼうなんて輩は、ロクなものじゃないと思うんだよね」


それが言い訳になっているかどうかは疑問だが、言峰はそれ以上追求することもしなかった。とはいえ、何か気まずい雰囲気になったと感じたマキナは、いつもの癖で思考をフル回転させる。と、―――


「あ、ヤバ……買い忘れがあった。」


意外なことを思い出したのだった。苗や土は買ったが、肥料を忘れていた。このままではこの後の作業ができないではないか。まだまだ夕飯までは時間があるが、意外と買い物には時間がかかる。夕食の用意を殆ど済ませてから再度の買出しに行くとしよう。言峰も忙しそうなので、軽く礼を言って解放すると、マキナも買ってきたものの整理や夕食の支度を始めることにした。





聖杯戦争はまもなく始まるという。だから、今のうちにこの土地の情報を出来る限り取得しておかなければ。いつものように宝具を不可視に展開して計測を始める。

時刻は18:30。
夕食の支度を終えたマキナは、ヴェルデに行くまでの道すがら、ムーンセルのアリーナでやっていたのと同じ要領で、冬木のマッピングデータを構築することにしたのだった。

また未来に戻ることが出来たら、改めてこの地に訪れてみよう。そうして今とっておいたマッピングデータと比較して、思いを馳せたりしてみよう。この召喚が不可解なものであっても、この地は日本。マキナが好きな場所なのだ。もしもその願いが叶うのであれば、ギルガメッシュと日本中を旅してみたい。そして世界中を。

夕暮れを過ぎ、星がいくつも見え始めている。昨日の夜は、召喚されたばかりでゆっくり見ていられなかったが、今は少し落ち着いて眺めることができる。夕空を見上げて、くるりと一回り、した、そのとき。


「あっ…と………ゴメンナサ…」


なんたる不注意。軽くではあるものの、誰かにぶつかってしまった。しかも相手がバランスを崩して尻餅をついてしまったようだ。マキナは慌てて相手の様子を確認する。


「ごめんなさい!どこか怪我とかしてませんか…!?」
「え?いやこっちこそゴメン、俺ならぜんぜん大丈夫だから―――」
「あ……左手に痣が…!」
「これは違うんだ、今俺が転ぶ前からできてたヤツで…本当に問題ないから気にしないでくれ」


マキナ、平謝り。
その痣のある手を握って相手を引っ張り上げ、何度も頭を下げた。だが、相手は相手で上の空で走っていたから、お互い様だとマキナを宥める。


「この土地に不案内なもので……」


実際そうだったので、そう言い訳をしてマキナは相手に重ねて謝ったのだった。何しろマキナは日本の道端では立派なガイジンに見えるワケだし、その言い訳はとても自然に受け入れられるだろう。


「どこに行こうとしてたんだ?」


ぶつかった相手は、学生のようだった。カーキに近い色の制服は、どこか月海原の男子学生服にも似ていた。赤銅色の髪に、燻った真鍮色の瞳をしている。この時間帯なら学校帰りだろう。それにしても…どうやら彼は世話焼き(いいひと)らしく、迷っているなら、とマキナを案内してくれようとしているようだ。適当な嘘(?)をついたマキナは、彼に告げる行き先を考えなければならない。


「えーと、ATMトカ……おいしいお魚屋さんとか…」
「ATM?こんな時間にやってるところなんて無いんじゃ…?」
「えっないの…!?」
「まあ…よければ場所だけ案内するよ。でもこの時間じゃ例えやってても手数料かかるんじゃないか?」
「そっか。じゃあ、また明日行くようにしようかな」
「あと、おいしいお魚屋さん?だけど……」


どうだろうなーと頭を抱えて辺りを見回す男子生徒。そもそも突然口から出てきたのが魚屋だったワケだが、家事などしないであろう男子生徒に魚屋を聞いても困らせるだけだろう。知らないなら大丈夫…と言い掛けて、男子生徒が早かった。


「新都より、深山町に安くてイイ魚屋あるぞ」
「えっ……それはちょっと…知りたいカモ…!!」


まあ、この際。宝具で潜水して自分で捕獲してもいいのだが、そこまでヒマかというと、そんなヒマがあるなら元の時代に帰る方法を探るべきだろう。それに魚屋なら市場で仕入れるから近海モノ以外も豊富にあるだろうし…

それにしても、良い魚屋を知っているとは…もしかして家事をする系男子…一人暮らしとか、しているのだろうか。


「っても今から行くんじゃ遠いからなぁ…オレもこの後バイトだし。とりあえず機会があったら商店街に行くといいよ。その中にある魚屋だから」
「ありがとー、じゃあ魚屋はまた明日にでも行ってみるね」
「で、とりあえずATMはこっちな」


流石日本。優しい人間が多いようだ。今からバイトなら忙しいだろうに、道案内などしていていいのだろうか?しかも、とっさに思いついた…特に必要のない場所を案内してくれようとしているワケだし、マキナは罪悪感が湧いたのだった。しかし、バイトをしてるのも、もしや小遣いの為でなく生活費のため……?何やら涙ぐましい存在なのかもしれない、とマキナは勝手に思ったのだった。


「あ、でもありがとう。バイト間に合わなくならない?他の人に聞いてみるよ」
「ああ…バイトなら大丈夫。知り合いの店を手伝ってるだけだから、特に決まった時間はないんだ」


そうなら最早案内してもらうしかないだろう。観念して、そして恐縮して隣を歩いてついていく。何かお礼ができるといいのだが――…かといって痣の治療をするワケにもいかない。見舞金を払うわけにもいかないし…。だが、マキナがそう悩んでいても、相手はいつまでも考えていないようだった。


「えっと……ゴメン。名前とか聞いてもいいか?」
「私は、間久部マキナと申します。じゃあ私も聞いてもいいですか?」
「オレは士郎。衛宮士郎って言うんだ」
「よろしく衛宮君」
「ああ、よろしく間久部」


軽く握手をする。
士郎は少し照れた様子でそれに応じていた。


「間久部…か。妙に日本語が堪能だと思ったけど、ハーフか何か?」
「母親が日本人で、父がイタリア人なんだ。」
「へぇ、冬木には来たばっか?」
「昨日着たの!日本には何度も来てたんだけど…冬木に来るのは初めて」
「冬木にはどうして?」
「それはねえ………ちょっと深刻な問題が発生してね……しばらく冬木にいることになりそう」
「ふぅん…」


会ったばかりだからということもあるだろうし、きっとあまり興味もないだろう。典型的な社交辞令の会話だ。士郎もそれ以上マキナの問題を詮索しようとはしなかった。新都のビル群にだんだんと近づいてくる。少し強めの風が、マキナの髪を巻き上げていた。鬱陶しいので、なんとか両手で捕まえて一つに束ねることにする。そうしている間に、一度士郎の足が止まっていたのだった。後ろを振り返り、三つ編みを作りながら士郎のもとへと戻るマキナ。


「どうかした?」
「………遠坂…?」
「とお…?」


首をかしげて、再度歩き始める士郎にまたついていく。士郎は、ビルの上の方を見ていただろうか?今マキナが同じ方向を見ても、民間障害標識の赤灯が見えるだけで他には何もない。

それにしても、聞き間違いだろうか?今、士郎は『遠坂』と言わなかったか。まさかそんな―――ことも、もしかしたらあるかもしれないが、ココに遠坂の血筋の者がいるのだろうか?遠坂家は元々日本の魔術師らしいので、可笑しな話ではない。しかも魔術師にとって聖杯戦争は一大イベントだろうから、余計に。…だが、その“遠坂”はマキナの知っている“遠坂”でないことは確かだ。

あの、猫のような少女が懐かしい。自身の友…ではない、彼女とは長く腐れ縁の間柄。ダメだ、また望郷の念に駆られてしまいかける。

まだ1、2日でホームシックは早すぎるだろう。マキナは士郎とは違う意味で、頭を左右に振る。

しかしこの聖杯戦争に参加している“遠坂”が何者かはさておき、この辺りに来てから微かにサーヴァントの気配が感じられる。気配遮断でもしているのか、正確な位置までは把捉できないが―――…否、さっき士郎が見ていた辺りだ。そこからの気配で間違いないだろう。

となれば、遠坂の魔術師が、サーヴァントを連れて下見をしているということなのだろうか。


「………」


それにしても、士郎は間違いなく遠坂と言っていたのだから、知り合いなのだろう。その存在も、もしかして学生なのだろうか―――

いっそのこと、カメラを不可視で飛ばして様子を映してもよかったのだが、下手に動いて気付かれるのも面倒だ。どうせまたお目にかかる機会もあるだろうし、今はよしておこう。


「あ、ココだココ。複数の銀行のATMが集まってるから大抵皆ここを使う。」
「おっまだやってそうじゃないですか〜!ありがとう衛宮君、凄く助かりました!」


いっそのこと軽くハグでもしたかったのだが、純粋な日本人の男子だろうし、困惑するだろうからやめておく。マキナはもう一度士郎の両手を握り、感謝の気持ちを込めて握手を。衛宮士郎は、やはりとても照れくさそうな顔をして、はにかんでいた。


「じゃ、俺はこれで。また会うことはないかもしれないけど…」
「もしもまた会ったら、どうぞよろしくね」
「ああ、こちらこそ」


 バイト行ってらっしゃ〜い、と士郎を見送った後でATMへと突入するマキナ。折角だから幾らか降ろしておこう。先程までの買い物はほぼクレジットカードで済ませてしまったが、やはり手持ちの現金がなければ不便だろう。

さて、それでは続けてデータマッピングを続けながらの買い物だ。この辺りは建物が密集しているので、少々時間がかかりそうだから丁度いい。そうして帰ったら、夕飯を完成させるとしよう。


「ん……?」


ふと、じんわりとした痛みを感じて自身の左手甲に目を遣る士郎。あの痣が、先ほどまではただの広範囲に渡る大きな痣でしかなかったのに、今は明らかに、何かの紋様を模っているように見え、ぎょっとする。まるで刺青でも彫られているかのような……。



「………なんだろ、気持ち悪いな…」


何かの彫刻などに手をぶつけてその形が移ったなら、わからなくもないが・・・今のところそんな記憶は一切ない。鞄の中にまだある弓道部時代の名残で入れてあるテーピングで隠したのだった。






「……マキナか?」


夕食後暫くして、言峰綺礼が中庭の通路を通りかかった時だった。柱に寄りかかって、怪訝そうな顔をして中庭に視線をやっているギルガメッシュが居た。ギルガメッシュは言峰に視線だけを一度やると、再度中庭のおかしな光景に目を遣ったのだった。


「落ち着きのない女よ」


何の目的かは知らないが、恐らくマキナを探して、見つけられなかったのだろう。今、中庭には誰もいないのだが、不可視の“ナニカ”がガーデニング作業をしている。勿論付近に迷惑をかけないために音は一切しないのだが、余計に不気味な光景だった。そうだな、と相槌を打ちつまた礼拝堂の方へと言峰は消えていき、暫く光景を見つめていたギルガメッシュもまた、二階の階段へと歩いていったのだった。

そして当のマキナといえば、どこかの鉄塔の上で夜空を見上げていた。光子結晶と―――そして金色の耳飾を交互に月の光に翳しては、じっと見つめる。

精神的な心の支えも重要だ。しかしここへと来て、この時代のギルガメッシュの態度に少なからず衝撃を受けた。だからこそ、この小さくて重みのある物質が、こんなにも心強く思える。直接肌で触れることのできる二つのいしが、今のマキナにとっての心の拠り所となった。

さて、これくらいにしておこう。
いつまでも感傷に浸っていても、状況は好転しない。
マキナは早速作業に取り掛かることにした。

―――宝具の展開。
それが可能かどうかを試す段階はとうに過ぎた。
10m級の宝具も再現することができた。
宝具に追加した新機能も動作確認した。

次はもっと大物を再現する。

衛星の構築―――。
仮想空間(ムーンセル)で再現した時と同じだ。
そうすれば冬木の情報が逐一俯瞰的にも把握できるし、このナローバンド主流の時代に超高速通信も可能となる。それを補助的に使えば、マキナ達魔術師(ウィザード)の得意技…魂を霊子化し、冬木のあらゆるネットワークを掌握することもできる。電気を利用するあらゆるものを自由に遠隔操作することができるのだ。

歪な月を見つめた。
あそこから、帰ってきたばかりなのだ。自分は。まるでそこが故郷かのように懐かしく思えもする。―――これではまるで、かぐや姫のようではないか。馬鹿らしい、とマキナは一人、自嘲しつつ顔を綻ばせる。

宝具の構成は、静かに。恙無く。


目を数秒の間閉じて、見開いた時には顕現は終えていた。四基ともに動作確認、問題なし。衛星は間違いなく三万六千キロ上空(そこ)に存在するが、隔絶された状態にある。現代の人々は、この存在を知ることはできない。

目的は達した。
新都の主要な場所のマッピングデータ収集も完了した。
そろそろ帰って休もうか。
遠隔操作中の園芸作業もそろそろ一段楽する。

マキナは鉄塔の頂上から降りるのに、一度その中腹あたりで立ち止まった。

そこで――――どうしてだろうか。
見逃してもおかしくないような……そしてどうしてこんなところに
そんなものがあるのか不可解で仕方がないのだが…

ひとつの落書きを見つけた。


それがまた、とてもなじみのある筆跡だったので
マキナは無意識に、


「………」


涙を流した。必死で堪えていたが、最早止めようもなかったのだ。とある二人の人物の名前が、書かれていた。マキナと―――…白野だ。十年前のものだろう。それこそ第四次聖杯戦争の時の。二人はきっと、ここに来たのだ。一体ここで何を見ていたのかはわからない。鍵かコインか…何かの金属で傷つけられたその署名が、十年の間残っていた。そしてそれを、自分が目撃することになるとは。

想いが押し寄せる。ああ、帰りたい。みんなのいる未来へと、帰りたい――――…ぼろぼろと胸を濡らそうとする涙粒を腕で拭いながら、マキナは夜の空を走った。



(…)
(2014/6/29)






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