moving mountains :04


何故だろうか、公園ではしきりにランサーをお断りしていたマキナだが 今、何故か。妙に彼女からの視線を感じる。一度振り向いては前方を、また思い出したようにじろりじろりと見つめられるのはランサーとて非常に居心地が悪い。


「なんだ?」
「ランサー………打ち解けるの早いよね…現代に。」


現界してから未だ十日。確かに、何故かこの男―――あまり違和感が無い。こんなショッピングモールを荷物を担ぎながら練り歩いていても、マキナもすっかり彼が「人間」でないことを忘れてしまうほどに。

――某俗世に染まりきっている気がしなくも無い王(ニート)よりも余程親和性が高い。なんだろう、この近所の頼れるお兄さん的な存在は。


「そりゃ、聖杯から現代の知識は貰ってっからよ」
「そうなんだけど……」


そうなんだけど、そうじゃないのだ。


「なんかこう、古の大英雄と一緒に買い物してるなんて変な感じ。」


油断していると、 たまにソレを忘れてしまうことが恐ろしい。どういうことだろう、霊格は相変わらず半端ないと思うのだが。これもランサーの持つ何か特別なスキルによるものなのだろうか?


「――“大英雄”か。嬢ちゃん、口が悪い割には俺のこと認めてるんだな」
「それは…大英雄には違いないし……なんかランサーは私のモノじゃないイメージが強いから、余計に変な感じがするんだ」
「嬢ちゃんのサーヴァントは金ピカだったんだもんな。――じゃあオレは嬢ちゃんの敵だったワケか」
「うん、私じゃない人のサーヴァントだった。」


クー・フーリンは遠坂リンのサーヴァントだった。会話をしたことだってあるし、一戦を交えたことだってある。―――――そういえば、今思うとギルガメッシュだけではない。言峰もマキナに対して「実娘のような存在だった。」と言っていたことがあったが、ランサーも、意味深な発言をしていたように思えてきた。まさか、否、やはりこの時代の出来事に関係あるのだろうか―――…。


「だから、攻撃されそうで怖いんだけど。突然ボルクを投げたりしないでね。」


アレは、死ななくても痛いものだ。ああいう因果律に絡むような宝具は、マキナが最も苦手とするものだ。

リンは今頃、未来(向こう)で元気にしているだろうか。今頃は大変なことになっている気が多分にするのだが。まあ、彼女自身はうまくやってくれているに違いはないが、責任放棄でバカンスでもしているようで気が引ける。


「いっそのこと、ここではサーヴァントにしちまうか?俺のこと」


うんうん、と上の空で相槌を打っていたマキナは、今の言葉を反芻した上で、急いでランサーを振り返る。


「ランサーの契約者はゲドミネじゃん、二重契約なんてできるの?」
「“はぐれサーヴァント”になりゃできるんじゃねーか?」
「下克上する気かよ…」


 やめろよそういうコト。穏便に済ませて欲しい。ゲドミネは好きではないが、そういうことはしたくないのだ。そしてそれ以前の問題もある。前提条件で無理筋な話だろう。ランサーをサーヴァントにするというような話は。マキナは左手を太陽に翳し、光に透かすようにして見上げた。


「それに私、冬木の令呪持ってないし物理的になれないよ」
「立派なの持ってるじゃねーか」


コレ、とマキナの左手を掴んでブラブラと左右に振るランサー。その間髪いれない返答に、マキナは眉根を傾げる。何を勘違いしているのだろうか?


「や、………」


だが、ランサーの表情を見つめてみても、冗談を言っているようにも見えず。どういうことだ、まさか考えもしなかった。もしかして、もしかするのか?コレは、ムーンセルから持ち越している令呪ではないと――――?


「え、だって、それじゃあ、おかしいじゃないですか」


この場(冬木)にいるはずの無かった、招かれざる客。そんな者に、何故令呪が聖杯から与えられるのだ。


「まさか、誰かが貰う筈だった令呪を私が貰っちゃったってこと…!?」
「んなことオレが知るか」
「……」


それはそうだ、ランサーが知るはずもない。勿論マキナもランサーが答えてくれると思っての問いではないのだが、呟かずにはいられない。コレは、他人の令呪の強奪か―――?自分が意図してやったワケではないとはいえ、なんてコトをしたんだという焦燥で頭が埋め尽くされる。


「返したい、今すぐ持ち主に返したいんですけど……!」
「お、おお…?」
「コレって誰に言えばいいの?監督役?言峰?それとも聖杯??」
「折角あるんだから有効に使えばいいじゃねえか。ソレ、結構貴重なモンだぞ」
「そうですよ、貴重だから私が貰っちゃいけないんですよ…!」


資質のあるものは誰でもマスターになれるムーンセルとは違う。たった七つしかない椅子を一つマキナが取り上げてしまったとすれば…聖杯をきっと喉から手が出るほど渇望しているであろう誰かは報われないし、申し訳なさ過ぎるではないか。

そもそもこの事態、なんということなのか!自分はアレだけこの聖杯戦争に無関係だと豪語しておいて実は聖杯戦争の主要な参加者の一人だったと?しかもランサーが知っていたということは……

きっとギルガメッシュも、言峰も知っていたに違いない。知らなかったのは自分だけ。嗚呼、なんと恥ずかしい!マキナは自身の顔がゆでだこのようになっていることは分かっていた。恥ずかしい!恥ずかしすぎる!


「うわーどうしようランサー………私もう帰りたくない…」


なんて弱音を吐きながらも、帰らなければならないことは知っていた。一体どんな受け答えをされるか想像がつかないが、言峰に相談しなければ。ニヤニヤ陰鬱な笑みを浮かべでもしようものなら、理不尽だが顔面を殴ってやろう。ムーンセルでの彼は、あくまでもNPCなのでマスターを偽ることはできない制約があったが冬木(こちら)の彼は、マキナと同様生身の人間だ。NPCのアレですらあの性格だったのに、大丈夫だろうか。


「晴れて嬢ちゃんもマスターとしての自覚を持ったんだ。サーヴァントが必要だろ?」
「……残念ながら契約する必要はないんです。」
「なんでだ?聖杯いるんだろ?」
「……まだいるかわからないもん」


そうだ、聖杯はなるべくなら使いたくない。そういう事態が発生するのは最悪のシナリオだ。そうなる位だったらもう―――もしかしたらずっとこの世界に留まった方が懸命なのかもしれない。


「それにランサー、私の方が言峰よりマシって思ってるのかもしれないけど、そうとは限らないからね?」


まあいずれにせよ、ランサーをサーヴァントにすることはないだろう。ムーンセルの聖杯戦争に参加したばかりの頃のマキナならともかく最早幾多の死線を潜り抜け、一端の戦闘能力はあるはずだ。他人の力を借りる必要はないはずだ。


「言峰の方が一目見てわかるだけマシだよ、私極悪人だから」


そう言って、本気かどうかわからないランサーを諭すように言った。でも冗談を言っているわけでもないし、割と事実を述べたのだが―――…


「プッ……わははははは!!」


案の定、ランサーに爆笑されたのだった。失礼な男(やろう)である。まだ会ってから1日も経っていないから仕方がないが、マキナの凶悪さを理解していないようだ。
だが、これから思い知ることになるのは間違いない。

それにしても憂患事が増えてしまった。令呪を貰うはずだった誰かに返すことができればそれが一番良い。だが、もしも返すことができなかったとしたら――…

何はともあれ、冬木の聖杯戦争システムを良く知るべきだ。これはやはり監督役である言峰綺礼に聞く他ないだろう。ギルガメッシュに訊いても教えてくれないだろうし…。

ムーンセルでは予選を通過したものは皆本戦を戦うことができたし、逆に誰も通過できなければ本選は中止される。もしや冬木では、必ず七人のマスターと七機のサーヴァントが必要なのではないか?その数に意味がないとは思えないのだ。言峰も6機目のサーヴァント出現をじっと見守っていたようだし、もしや7機揃うまで聖杯戦争は始まらなかったりするのだろうか―――!?その時は、マスターをやる…或いはサーヴァントを召喚するしかないのではないか?

前回持越しのギルガメッシュは、うち一騎として扱われているのか―――やはり、ムーンセルでやったように、自分をサーヴァントとして―――


「ランサー……」
「なんだ?」
「さっき買った上着を着たいから、ちょっとトイレに行ってもいいかな?」
「ああ、ごゆっくり」


だが、今はここまでにしておこう。憶測だけで考え進めてもしかたがない。とりあえず買い物(やること)を済ませて教会へ戻る。話はそれからだ。

ランサーに了承を得ると、マキナは一つの紙袋を持ってトイレへと急いだ。自身の周囲だけ温度を変えれば、別に今の格好でもいいのだが、流石に他人から見た見た目が寒すぎて不審すぎるだろう。先程ちょうど、マキナが2032年にも贔屓にしているブランドの店を見つけた。そこで羽織るのに丁度よい、ポンチョコートを買ったのだ。

ごゆっくりとは言われたものの、早めに戻らなければランサーに悪い。マキナは八雲鍵を取り出し、それでコートのタグを切ろうとするのだが―――…


「!」


鋏の柄に引っ掛かっていたのか。ぬらり、と記憶にない金色の光がこぼれ落ちる。そして釣られるように、青色の光が。それらが地面へと落ちる前にマキナは掴み取った。手のひらを開くと、そこにあったのは―――…


「……王様…」


目頭が熱くなったが、なんとか涙を堪える。ギルガメッシュの金色の耳飾りがひとつ、手のひらに載っていた。しっかりとした、重みがあった。仮想現実ではない―――しっかりと質量を伴ったギルガメッシュの記憶だった。昨日確かめた時は、なかった筈なのに―――…

寄り添うような青い光子結晶に、勇気付けられる。一人ではない、とでも言いたげな柔らかい光に胸のうちが熱くなる。ああ、ダメだ。今感傷に浸ってはいられない。後で一人きりになってからにしよう。そうだ、これに鎖を通してネックレスにしよう。未来に戻って返す時まで、ちゃんとなくさないように肌身離さずにおかなければ。

マキナはコートを羽織ると足早にトイレを後にした。そして今度はアクセサリー屋に寄っていいかとランサーに問う。八雲鍵に光子結晶、そして耳飾りを通す鎖は、エルキドゥの鎖のカタチに近いものを選んだのだった。

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