Circular Cline Collapse...(sleeping awake) :05

Circular Cline Collapse...(sleeping awake)
「メサは――…知ってるの?」


あながち大それた話でもないだろう。統治者(ゲームマスター)のBB配下であるアルターエゴが知っているのはおかしくない。マキナの目を見て頷くブラックメサに、念を押すよう問う。


「それを……私に教えても、メサは大丈夫?」


彼は先ほど『迷宮の衛士を教えることはBBに禁じられている』と言っていたのに、そんな重要そうな情報を口にしても大丈夫なのだろうか?


「別に禁じられてないしね。それに、先輩が凄く気にしてるみたいだから…」


そう言いながら、一歩二歩、とマキナに歩み寄るブラックメサ。歩を進めるたびにマントがふわりと風を孕み
その都度、彼の背中が見え隠れする。脊椎を覆うように黒い何かが寄生しているのが露になるのだった。その周りを、血管のように伸びている赤い紋様がおどろおどろしい。


「先輩、聞く覚悟はいいですか?後悔もしませんか?」


ブラックメサは、マキナの目の前まで来ると、目線を合わせるように上身を屈めた。ギジギジ、と重機が軋むような音が耳に痛い。
これが映像投射でなければ、マキナは一目散に駆け出していたかもしれないが…否、今とて逃げたかったのだが、ぐっと堪えたのだった。直感的にわかるのだ。アルターエゴを、不必要に『拒絶』してはならないと。

何よりブラックメサは、カタチこそ異形なものの、ナカミはとても純粋な少年に思えるのだ。


「聞かせてほしい。どうせ後悔しない結末なんて―――私には無さそうだから。」


マキナはブラックメサの赤い瞳を見つめた上で頷いた。知らぬが仏という諺もあるように、世の中には知らない方がよいことも多い。だが、マキナは知ろうとせずにはいられない性格だ。逃げはしても、目を逸らすことはしたくない。

そうか、と小さく呟くように応え、彼は一息つくと、端的に話し始めたのだった。


「―――君は、いわゆる前世ではギルガメッシュの奴隷だった」

「そして君は、ギルガメッシュの横暴によって命を落とした」

「これが君が知りたがっていた事実だよ、マキナ先輩」


心持ち、目を見開いているような…そして放心しているようにも見えるマキナを心ここに戻させるかのように、ブラックメサはマキナの視線を追い、自身の瞳に焦点を合わせさせる。マキナが一言一句と聞き逃さないように。


「だからムーンセルの蔵書を漁っても、どこにも載ってないんだ。暴君に奴隷が殺されるなんてこと、よくあることだろう?そんな些細な出来事は歴史に記すまでもないことだ」


生徒会室は、なんとも言い難い空気で包まれていた。今考えれば、アンデルセンのあの発言は警告だったのだろうか。顔を合わせた途端に言われそうだ。“だから言っただろう、詮索するな。と”


「ギルガメッシュは君にとって死神だ。だからなるべく関わりは避けるようにしないと」
「……“マイナス1”とかもないんですか?」
「えっ?」


その呟きが聞き取りづらかった、或いは聞き間違いではないかを確認するため、片眉を傾げて聞き返すブラックメサ。


「シュメールって結構高度に数学が発達してましたよね……?」


―――また、何を言い出したのだろうか。殆どいつものことだが、マキナが何を言わんとしているのか皆耳を傾ける。


「ふつー、豚3匹消費、とかクルンヌビール5樽消費とか記録しますよね…!?奴隷マイナス1とかにもなってないんですか……!?もしかして当時の私は物質的に存在しなかったんでしょうか?そうじゃなきゃ、私、どんだけプライスレスなんですか!?」


 理解ができない、と頭を抱えるマキナ。
マキナとしては常識的に考えているのだろうが、相変わらずズレた思考回路をしていると言わざるを得ない。どちらにせよ、意外に思ったブラックメサは目を丸くするのだった。


「―――ってアレ?あんまりショックを受けてない?」
「だって、なんていうか想像に難くないんだもん…」
「………?」
「月の裏側にきてから、死を覚悟したことが既に数回…どうせ選択肢間違って殺された、とか。そういうの普通にありそうだし。寧ろ…ここまで聖杯戦争を生き抜いてこれたって方が有り得ないことだと思う。」


殺された事実が記録にないのは不可解に思いつつも、殺されるに至った原因については、千も万も考えられると。確かに納得できる部分はあった。あの気難しいギルガメッシュのことだ。理不尽な死の危険は常にあっただろう。


「我が―――道化を殺しただと?」


ブラックメサの話を険しい表情で聞いていたギルガメッシュが、遂に口を挟む。そしてその声に無意識的に身構えるマキナ。ちらりと振り返ったマキナを嘲弄するように睨めつけ、威圧する。


「“貴様を殺す”こと自体は有り得ぬことではない。だが―――…」


マキナの中身を見透かすかのように、両目を細める。

ギルガメッシュが殺すのは、その者の魂が醜悪である時か、その者が我に敵対した時のみ。マキナはそのどちらに該当したのか。それは当然―――…


「……貴様ほど醜悪な魂の持ち主を、この我が忘却するとは思えんのだがな」
「でも、それだってBBが隠匿してるんじゃ―――…」
「この件について、BBは関わっていない。英霊の生前の記憶は、その英雄を形成する根幹の情報だよ。まだムーンセルを掌握していないBBには、隠匿は不可能なんだ」


BBが隠匿した記憶は、ギルガメッシュと間久部マキナの互いに関わるものだ。そもそも、前世での存在は、間久部マキナと同一存在と呼べるのだろうか?

少なくともマキナは同一存在とは信じない。何故なら、同一存在であるならば、人間は進化などできないだろう。人類の歴史はただの循環になってしまう。

例えば間久部マキナという人間も、数え切れないほどの偶然の重なりで生まれた存在だ。父と母がいつ出会い、いつ自分が誕生したのか―――…それらがたったコンマ1秒今よりズレただけで、間久部マキナはまったく別の存在に成っている筈だ。それが、時代も環境も全く異なる環境、そして全く由来の違う要素(両親)から生まれるなど統計学的に考えても有り得ない。

とはいえ、マキナが魔術師(メイガス)の理論に疎いのと同様に、マキナには思いもよらない神秘が存在するのも確かだろう。

なればこそ、疑問が生じる。何故その事実を、記憶していないのかと。


「もしも記憶を隠匿したとしたら、それは君自身だ。」


ギルガメッシュが自身の記憶を改竄するとは、やはり彼の性格を鑑みれば考えにくい。取るに足らない存在だった、そう考えてしまえば簡単なのだが―――……
 


 「お前は何故笑う?」



不意に脳裏を掠めた―――これは記憶なのだろうか?妙に色褪せ、朧げな白昼夢のような映像。
 


 「偉大なる王よ、だから私は笑うのです」 


目を凝らそうとしても一向に明瞭にならない不快感。




 「それを証明する為に、私は笑うのです」

 

これは 『いつ』 『どこ』 『誰』 の記憶なのか?




 「名も無き奴隷の女。お前は我に捧げられた供物にしか過ぎぬ」
 


その手に携えているのは、黄金の聖杯(さかずき)だろうか。その手に握られているのは、黄金の短刀だろうか。或いは、亡き英雄に捧げるために鋳られた、黄金の斧だろうか。

そしてその瞳が捉えているのは、黄金の―――…

目を凝らそうとすればするほど輪郭は不明確に白んでいき、遂には光の洪水と化してしまった。煩いまでの静寂しかない。そして目を開けば、夢から醒めた時のように、急速にカタチを失っていく。



「…………ところでメサ。岸波とセイバーが無事か知ってる?」

唐突なマキナの質問が場の空気を一変させる。しかしマキナは真剣そのものの表情で、ブラックメサの顔を覗き込んでいた。マキナにとっては、悪徳商法くさい前世の話などよりも、今現在進行形で重要なのだ。この質問は。


「無事だと思う。彼女たちの生命反応は、迷宮の中で確認できるから」
「この迷宮にいるんだ?栄養状態はいい?」
「―――ごめん、そこまではわからないや……」


改めて申し訳なさそうに、頭を振るメサの様子を見て、マキナも溜息のような深呼吸をする。


「じゃあ、私のサーヴァント能力がなくなった理由を知ってる?」
「知ってる。でもそれは―――……!」


何かを言いかけたブラックメサが、何かに気付いて上を向いた―――それと同時に、その映像投射が跡形もなく消滅してしまったのだった。

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