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「ごめんね衛宮……弟も、一緒でいいかな……?」


予定時刻より5分ほど前に到着。他人の家に訪問する時は、早めに行くと失礼だったと思い、迷うが…相手は衛宮士郎なのだから、早い方がいいかもしれないと思い直し、その戸を叩いたのだった。

すると、出てきたのはエプロン装着の家政ふ……じゃない。穂群原での通称バカスパ…じゃない、衛宮士郎その人だった。やはり、想像に違わず“待ってました”とばかりに、準備万端、笑顔で迎えてくれた。


「弟?いいよ別に。いらっしゃい間久部」
「おじゃまします衛宮。これ、鯛いっぱいです。」
「うおっ…立派じゃないか。しかも何尾いるんだコレ…」
「ふっ……殺安(コロヤス)だったの!全部で4万もしなかったんだよ!」
「ぶは!?よ、四万ってお前金銭感覚おかしくないか!?」

「えっ…だって私の住んでたところでは……」


士郎は金額に驚いたらしいが、逆にマキナはそのリアクションに驚く。そう、大部分の海が汚染された2032年では、魚は高級品だ。何もかもが新鮮で安いことに感動して、ついつい何も考えずに購入してしまった。やはり拙かっただろうか……。


「まあ、間久部金持ちらしいしな……でも、程ほどにしておけよ」
「えー…程ほどにできないかも………お魚好きだし…」
「10代で珍しいよな、魚好きって。最近はフツー女子でも肉だろ?」
「肉も好きだよ、でもお魚はもっと好き」


マキナとギルガメッシュの分のスリッパを出した士郎は、マキナから鯛いっぱいを受け取ると、どうぞと一歩下がって招き入れる。


「で…えっと、間久部の弟?の方は何て呼べばいい?」
「ボクのことは“ギル”って呼んでください。はじめまして、衛宮さん」


にこりと満面の笑みで士郎に手を差し出すギルガメッシュ。その様子を、マキナはおずおずと心配しながら眺めていた。この二人は天敵のはずだ、一触して、即発するのではないかと。かくなる上は自分が衛宮邸を守りながら仲裁しなければならないのではないか。しかし、そんな心配は不要だったようだ。


「ご丁寧にどうも。お前の弟、礼儀正しいんだな」
「あ、ねえ…?私と違って子育てに成功してるっていうか…」


でも大人になると“ああ”なっちゃうという……。士郎の前でも“イイ子”だったギルガメッシュに安堵した意味でも、マキナは心の中で盛大に溜息を吐いた。

 まあ、とりあえず上がってくれ。
いい加減、玄関で立ち話もなんだと台所の方へと案内しようとする士郎。だが―――…特に下心もなく、自然と並んで歩こうとしたそんな士郎とマキナの間に、無理やり割って入ったギルガメッシュの様子に、少し違和感を覚えつつも、今の時点では特に気にせず廊下を進んでいった。


「………ランサーが来たらどうしようかと思ったぞ」
「ああ、ランサーはね……士郎に酷いことしたよね…」
「まあこれが“そういう戦い”なんだってことは理解してたけどさ」


あの夜の一件は、マキナにとっても大事だった。士郎はよくも、こうしてマキナに良くしてくれているものだ。

間久部マキナには、衛宮士郎に対して負い目がある。だから自分に出来ることは、可能な限りしてあげようと、そう思っているのだ。勿論士郎自身は、マキナに対してそんなことは一切望んでいないのだが。


「なんていうか、その、やっぱり姉弟そろって美形だよな…」
「あはははお世辞はよしましょうよ、えみ…」
「―――衛宮さん。それ、セクハラですよね?」


思わぬ一言に凍りつく士郎にマキナ。ギルガメッシュの笑顔の質は、先ほどとなんら変わりがない。それだけに、得体の知れない恐ろしさを感じたのだった。


「そ、そうか……ゴメン…」
「違うよね衛宮、弟が美形だからついでに私も褒めといて魚を買ってこさせようと、そういう魂胆なだけだよね?」
「いや…それも違うけど……それってどんだけ腹黒いんだよ俺は?」


しかも何故魚を買ってこさせなければならないのか。ちょっと気が動転しすぎである。

現に、マキナは士郎以上に焦っていた。矢張りマキナの憂患は気のせいではなかったのだ。子供の姿でもギルガメッシュはギルガメッシュ。勿論大人の姿に比べれば雲泥の差の天使ではあろうが―――…一筋縄で行く相手ではないのだ。

その後も、二人の不安(よかん)は的中する。



「衛宮さん、ちょっと姉さんに近すぎじゃないですか?」
「どうして姉さんが作ったものを衛宮さんが味見するんですか?ボクがします。」
「衛宮さん、ボクに断りなく姉さんを使うのやめてください。」



 醤油なら自分で取ってきてください。と
目前の醤油瓶を取りかけていたマキナを制止し、敢えて、遠くの方にいる士郎(しかも手が放せない)に取りに行かせるのだった。

別に、怒っているワケではないのだが。それでももうスルーすることは出来ないだろう。先ほどまで黙っていたコトを、士郎は満を持して口にすると決めた。


「――――なあ、ちょっと言っていいか?」


手に持った菜箸を置き、コンロの火を止める。士郎はギルガメッシュに向き合い、溜息がてらに頭を抱える。対するギルガメッシュは、“きょとん”という効果音が合いそうな表情をして、目を瞬く。―――最早あざとい。士郎もそう思うようになっていた。


「お前、ちょっとシスコンすぎないか…!?」
「そんなことありませんよ、これがフツーです」


 よくぞ言ってくれたが、実は弟ですらない!
マキナは突っ込みたい気持ちをぐっと堪えて二人のやり取りを見守った。でなければ、ギルガメッシュは何者なんだという話になってしまう。


「お前の言う通りにしてたら、間久部に料理教えられないよ!」
「そうですか?無線で連絡を取りながらだって教えることはできると思いますよ?」
「最早遠隔授業をしろと!?」


 無線で授業……
ギルガメッシュの暴言はさておいて、その状況をシミュレーションするマキナ。


「『THIS ISマキナ、いま油の温度が200度を超えました。ササミフライを投入してもいいですか?OVER』『NEGATIVE!油の温度は180度を保つように!繰り返す、油の温度は180度!OVER』みたいな? ………めっちゃ楽しそうじゃん!今度それやろうよ衛宮!」
「いやいや……楽しそうなのは否定しないけど、ソレ絶対料理が失敗するから…」


ギルガメッシュの無茶振りにも呆れるが…この、間久部マキナという女のおかしな発想力と、行動力も大概だ。ツッコミが一人では追いつかなくなりそうだ。―――というのを、マキナも察したらしい。これ以上迷惑を掛けるわけにもいかないと、気を取り直す。


「ゴメンね衛宮……弟は私と一緒で…あの外道言峰暗黒神父の養子になったことで捻くれた正確になっちゃったの。根は凄くいい子なんだ!だから華麗にスルーを決めていただけると嬉しいな!」


というか、マキナにはわかっている。この少年(おとこ)は、敢えて過剰な発言をしてこの状況を愉しんでいるのだ。そうだ、乗せられてはいけない。


「まあ……神父(アイツ)が養父じゃなあ……同情はする」
「でしょ?だから大目に見てやってください」


意外にも、そんなマキナの口から出任せに対して何も意見しないギルガメッシュ。必死で取り繕おうとしているマキナの様子を見て、にまにまと笑っているのだった。

―――とまあ、そんなアクシデントはありつつも、二人はテキパキと作業を進めていく。鯛の焼ける芳醇な香り、米の炊ける甘い匂い――それらは混ざり合って、この広い道場の隅々まで届き始めていた。


「………間久部は向上心あるよな。お前の旦那さんが羨ましい気がする」
「何言ってるの、衛宮のほうがよっぽどだよ」
「姉さんは…僕のために精進してくれているんですよ、ね?」


そしてそれを嗅ぎ取った、一人の少女が吸い寄せられていく。


「まあ、今はお前も間久部の料理食べれるだろうけど、いずれは…」
「いずれも何も、姉さんが料理を作る相手はずっとボクですよ」
「結婚させてやれよ……」
「シ、シロウ……」


ここに、専用茶碗を持った騎士が一人、到着。空腹も手伝ってだろうが、悲しそうな顔をして一同を見つめていた。


「何やら不穏な空気ですが……本当に“鯛めし”と“鯛の煮付け”と“鯛のお吸い物”とやらは出来るのですか…?」


彼女こそが、衛宮士郎のサーヴァント。最優のクラス・セイバーを冠する強力な騎士だ。マキナは、彼女に対して少し特別な感情を持っている。


「ごめんなさい皇帝陛下、もう少しでできますから…」


―――といっても、誤りまくった感情なのだが。そう言われたセイバーは、続けて溜息を吐きつ頭を振る。


「相変わらず貴女は…私を誰と勘違いしているのです?私は皇帝ではない。ブリテンの王です。十年前のキャスターのような間違いを貴女がしないでください。あの時は間違えなかったのに…十年経ってどうしたというのです?」


ブリテン王…アルトリア・ペンドラゴンと間久部マキナの関係は非常に複雑だ。

それもこれも、マキナが複数の時代に召喚されていることが原因なのだが。今ここにいる間久部マキナは、アルトリア・ペンドラゴンとは初対面だが…アルトリアは、自身が言う通り、十年前の聖杯戦争にてマキナと会っている。そしてマキナは、月の聖杯戦争(ムーンセル)でアルトリアにそっくりなセイバーを知っている。もういっそのこと、衛宮家の居間の壁にでも、図解を張り出した方が良いだろう。


「ごめんね……その私、未来の私だから……多分、こういう間違いを経て覚えたんだと思うよ…まあ、わかってるんだけどね!でもついつい……しかも同じセイバーだしさ…ちょっと嬉しくて」


 でも以後は気をつけます、とマキナはペコリ頭を下げた。そしてふと、あることを思い出す。マキナはセイバーとは初対面だが、今まで何の縁もなかったワケではない。


「あ、そういえばブリテン王はお魚よりお芋の方がよかったんだっけ?」
「芋……ですか?」


そう、レオナルド・ハーウェイのサーヴァントだ。彼の様々な発言を思い出してみる。


「ガウェインが言ってたよ、ガウェインがマッシュしたポテトを山のように平らげてたって」
「っ――――…やめてください、そうして他人の古傷(トラウマ)抉るのは…!!」
「あー……やっぱりお好きではないんですね…」


何の話か、士郎もギルガメッシュもよくわからないだろう。だが、こうしてセイバーと共通の話題があることが、マキナには嬉しかったのだった。やはり一番には、ムーンセルのセイバーとよく似ていることから親近感が湧いている、そういう理由なのだろうが。こうして大英雄の一人と仲良く話ができるのは、矢張りそれだけで楽しい。


「ガウェインは、貴女の時代の聖杯戦争に召喚されたのですね」
「はい、敵ではありましたけど……良いマスターにも恵まれて、――色々と楽しそうでしたよ」
「そう…でしたか。それは――――よかった。」
「まあ、私のことを随分とdisってはくれましたけどね、品性に欠けるとか悪妻とかふしだらだとか…」
「えっ!」


そう、マキナが、ガウェインのマスターであるレオの婚約者であったばかりに散々な言われようだった。いつも蔑むような目で見られていたし。だが、今考えればそれも懐かしいような気がする。あの長かった月の聖杯戦争が、終わってしまったのが嘘のようだ。回顧に耽るのに夢中で、微妙そうな顔をしたセイバーに気付いてはいなかった。


「―――その男が、姉さんにそんなことを言ったんですか…?騎士の分際で王の后に口が過ぎますね……」


そして、ここにもう一人微妙―――というよりは不穏な顔つきをした者がいる。その表情は、悪寒が走るような殺気を孕んでいた。冬木のギルガメッシュ(大人)は、きっとマキナのその発言を聞いてもその通りだと一笑に付すだろうと思っていたものだから、ぎょっとしてしまう。色々と、配慮の足りない発言だったようだ。


「あ……でもガウェインに悪気はないから…あの人ただのKYだからさ…」


―――――でもよくよく考えれば、確かに容赦がなかったような…。マキナは、月の聖杯戦争を思い出して、済んだことではあるのだが、冷や汗を流す。忘れよう、話題を変えよう。マキナは話を断ち切って、必死に料理のコツを士郎に質問し始めたのだった。


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