from Mayhem(Reboot):05
―――ピピッ。
そんな、微かな電子音に飛び起きる。
勢いで、ギルガメッシュの腕をはねのけてしまったが…幸い起してはいないようだ。すこし不快そうに身動ぎしただけだった。
厚い羽毛布団に埋もれていた携帯端末を発掘。
時刻は5:00。
SE.RA.PH.からの着信だった。
::2階掲示板にて、対戦者を発表する。
そんな短文(ショートメッセージ)だった。
ついに相手が決まったのか―――…
急いで見に行かなければ。
言峰の言う通り、私は一日を無駄にした。
対戦相手の情報収集という面においては。
勿論、得ることの多い一日ではあったのだが。
あと5日で相手のサーヴァントを特定し、対策を立てなければならない。
そのままギルガメッシュの脇から抜け出し、私の代わりに新しい腕置き場(枕二つ)を添えておいた。羽毛布団も直しておく。
一々着替えるのは面倒だ。
コードキャストで制服に切り替える。
掲示板は、マイルームを出、教室を一つ越えたそこにある。もしかしたら、同じように通知を受け取った相手と鉢合わせるかもしれないが、それはそれで好都合だろう。
さあ、相手は誰か。
遠坂凛か、ユリウスか、ラニ=VIIIか、ダン・ブラックモアか―――…
「――――…」
そこに書かれていたのは、
思いもしなかった人物の、名前。
だが、――――
「………。」
冷静に考えてみれば、合点がいった。
相手とは、鉢合わせなかった。
来る時は徒歩で行った道程を、今度はコードキャストで帰った。
玉座の向かいに無造作に置いてある、パイプ椅子。
そこに落ちるように腰掛けた。
なんだか、張り詰めたばかりの気が、炭酸のように霧散してしまった。
……………朝食でも、作ろうかな。
「―――で?誰だったのだ、対戦相手は。」
結局起きていたのか、ギルガメッシュ。まあ、あんなに勢いよく起き上がったら、目が覚めてしまうか。まだ5時間くらいしか経ってないのに悪いことをした。そしてギルガメッシュの手には、私が置いていった携帯端末が握られていた。
「ジナコ=カリギリ。」
「…成程な。―――――道化、水を持て」
成程、とは予想はしていたということか。どうやら本格的に起き上がるらしいギルガメッシュの為に、言われた通り冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出し 注いだグラスを手渡しに行く。
「――――…」
「何を浮かない顔をしている。」
水を飲むギルガメッシュを黙って見つめていると、そんなことを言われる。私、浮かない顔をしていたのか。
「一回戦は勝ったも同然であろう、素直に喜べ」
「―――――ん、」
「貴様らしくないな道化。合理主義の貴様が何故そこまであの女に拘る。譬えあの女が表に出てきたとしても、6日後には殺すことになるのだぞ?」
「そうだよ、殺すよ。でも―――…」
「“でも”何だ?自ら手にかけないと気が済まないと言うか?」
「……………」
“違う”と言いたいが、よくよく考えれば 強ち違うとも言い切れない気がした。
“もやもや”する。
この気持ちは今のところ、そうとしか言い表せなかった。
「ごめんなさいギ…王様。もうちょっと寝ていてください。」
制服を着たついでだ。
“昨日からの目的地”に行こう。いつもの私らしくなく、考えるより先に身体が動いていたのだが。
「―――――…相変わらず、世話の焼ける女だ。」
コードキャストで移動する寸前、そんな声が聞こえた気がした。
用務員室の前に、アリーナの扉の前に飛んできた。しかし、来たのはいいものの…そういえば、どうやればジナコのところに行けるんだ…?
一度ジナコのいる例外空間(へや)に入った後、ギルガメッシュの言う通りに入りなおしたら、アリーナに繋がった。今ここで扉を開けると、どちらに繋がる?
まあ、考えても仕方がない。
とりあえずあけてみよう。
「……………。」
無言で入ったところからまた出てくる。
扉の向こうは、ただのアリーナでした。
もしかして…もうジナコさんには会えない…?
いやいや、よく考えろ。仕組みとか条件とか。
もしかして乱数的な要素で繋がる部屋が変わっているのかも。扉を一秒間に一万回開けるスクリプトでも組んでみる…か…?
『“八雲鍵”に魔力を通すがいい』
「!」
背後から聞こえたのは、ギルガメッシュの声に間違いない。だが、振り向くとそこには誰もいなかった。霊体(アストラル)化して、そこにいるらしい。
「わざわざ、来てくれたんですか…!?」
『あの肉布団は兎も角、アレが使役するのはあの英霊(おとこ)だぞ?万が一戦闘になったら、貴様一人でどう倒すつもりだ。』
「………ごめん、ありがとう。」
その状況を想定に入れていなかったワケじゃないけど…確かにあのカルナ相手に私一人は無謀に過ぎる、か。何しろギルガメッシュに打ち負けた私だから、黙って言うことを聞くしかない。
どうして私が持ってきた礼装のことを知っているのかわからないけど、言われた通り、八雲鍵(はさみ)に魔力を通してみる。―――そういえば、前回も礼装に魔力を通して扉を開いた時、ギルガメッシュは私を止めようとしていたっけ。
「たのも―――!!」
勢いよく不法侵入する。
まあ、不法占拠している相手に不法も合法もないか。神妙にしてもらおうではないか。
「ちょっ、おまっ……なんでまたノコノコやってきてるっスか!?」
極限までだらけ切っていたであろうジナコさんは、破る勢いで扉を開いた私に、目論見どおり最大限に驚いてくれたのだった。動転して、持っていたタオルケットをバサッと巻き上げ―――…そうしてゆっくりとカルナの頭の上に、ぱさっ…と被さったのだった。
…なんか、このオタク臭(スメル)満点の部屋において、そんなカルナさんは―――…埃が被らないように頭から布を被せられた等身大フィギュアみたいだった。ビジュアルがファンタジーだから、余計に…。
「っていうか何で来れるッスか?ここに来るのマキナさんだけッスよ!?」
「まあ……そんなことはいいジャン」
そう、そんなことはどうでもいい。それよりも私は、この女(ヒト)に伝えなければならないことがある。
「ジナコさんに、大切な情報教えてあげますよ。」
「………なんスか?こんな朝っぱらから…よっぽど重要な情報じゃなきゃ今すぐココから追い出してやるッスよ。」
……そうだ、まだ朝の5時だった。ギルガメッシュ以上に夜更かししてそうな印象のあるジナコさんのことだ。もしかして今、就寝したばかりだったりする…?だけどここまで来た以上、目的を遂げさせてもらう他ない。
「ジナコさん、当然言峰から聖杯戦争の仕組みも聞いてないですよね?この聖杯戦争って、一週間で一回戦ずつ進んでいくトーナメント方式です。そうして七週目に、最後まで勝ち残った二人が決勝を行う。勝った方が聖杯を手に入れる。そういう仕組みみたいです。」
ジナコさんは、据わった目で…敵対心とか猜疑心とか、そういうのに溢れた目で私をジロジロ見ているのだった。―――…追い出されそうだな。
「ふぅん。負けた方はどうなるッスか?死ぬんでしょ?」
「ムーンセルから抹消されるみたいですね、予選の時と同じで。」
そう、最終的に127人がこの本選で死ぬ。
でもそれは、最初から解っていたこと。
少なくとも“あの”予選を勝ち抜いたのなら、聞くまでもないだろう。このムーンセル・オートマトンの非情なまでの無機的なシステムは。
「今日で聖杯戦争2日目ですよ。あと5日で半数が死ぬ。でも、半数はあと一週間を生き延びられるんです。」
ジナコの表情は変わらない。寧ろ、その目に一層の陰りが見えたように感じた。
「こんなところに居続けたら、チャンスすら失う。ジナコさん、もう生き残る可能性がゼロになっちゃうんですよ?」
………何故、動じない。動揺すら見せず、ただただ暗い表情になっていくのか。
「―――だから、ここから出て、一度言峰のところに行ったほうがいいですよ。自分だけの部屋が必要なら、ちゃんとここより広い部屋くれます。ジナコさんのスキルなら、好きにカスタマイズも出来るだろうし」
「必要ないッス。」
即答で、否定をされた。
それは、何に対する“必要”がない、のか。
「ボクはココから出て行かないッスよ。ましてやそんな恐ろしい所…ボクなんかがノコノコ出て行ったって、瞬殺されるだけッス。でも、ムーンセルはボクがココに居るって気づいてないみたいだし
ココに引き篭もっていれば――…少なくとも聖杯戦争終わるまでは生き残れるかも。いや、もしかしたらずっとずっと生きていられるかもしれないッス」
――――…知らないから、出て行かないんじゃなかった。昨日の時点では、まだルールも知らないから、こうして現実を叩きつけられれば、少しは気が変わると思ったのに。この冷酷な事實を知っても尚、戦いを放棄するというのか…。
「……ジナコさんのサーヴァントはカルナさんですよ?そんじょそこらのサーヴァントに負けるワケないじゃないですか…」
「………いくらカルナさんが強くても、ボクはゴミッス。鈍くさいし、ユリウスさんにでも暗殺されて終わりッスよ。」
………それは少し、良い所をついているような。あの暗殺者(ユリウス)もこの聖杯戦争に参加している。気を抜けば殺られかねない―――…確かにその危険性はあるな…。
少しだけ答えに詰まってジナコを見つめていると、頭に掛かっていたタオルケットを剥ぎ取り、薄倖そうな顔のカルナが顔を出す。
相変わらず、何というか。
もうちょっとこう、何かサーヴァントとして激励の一言でもないのだろうか。表情も考えていることもよくわからない、英霊(おとこ)だ。
「…もういいッスか?ボク寝たばかりだから帰って欲しいんスけど。」
「あ、………でも、ゴメンもうひとつ…」
「帰ってくれって言ってるッス!!」
そう、ジナコがヒステリックに叫んだ次の瞬間だった。
私はまた、アリーナの扉の前に居た。
ギルガメッシュの腕に抱えられたまま。
「っ…――――!!」
よくぞ、敏捷Bで、敏捷A+の私よりも素早く判断し、動けた。と感心する他なかった。その挙動(モーション)をはっきり視認して、理解していたというのに…私の動きは一弾指、遅かった。
流石は歴戦の英雄。感覚も視点も私とは異なるに違いない。ギルガメッシュのお陰で、また命拾いしたようだ。
呼吸が予想以上に荒くなっている。きっと、私が部屋に侵入してきた時のジナコさん以上に私は驚いていただろう。
槍のような宝具を手にしたカルナの突進―――あの鋭利な殺気は、昨日感じたギルガメッシュのそれとは質が異なるが、こうして逃げ延びた今も、生きた心地がしていない。そんな致命的で決定的なモノだった。
「ふっ………」
何故か笑いが零れた。
大笑いしたいような気分の高揚。
そしてそんな自分にまた笑いたくなる。
アドレナリンの過剰分泌でこんなキモチになっているんだろうが。おかしい、あまりにも、おかしすぎる―――――
「……お前の言う通り、あの男と直に剣を交えるのも悪くないかもしれんな」
ギルガメッシュも乗り気になったらしい。………いや、まあ、そういうつもりで行ったんじゃないんですけどね。かといってここまで拒絶された今、どうしようもない。
とりあえず一度、ジナコとカルナのことは忘れるとしよう。
一度マイルームに戻って、改めてギルガメッシュには休んでもらう。アリーナでのレベル上げも含め、危険が減ったからか、一人で行ってもいいとの許可も下りた。今のうちにカンスト近くまで上げておいて、ステ調整に励もう。
万が一のことを考えて、カルナへの対策を練る必要はあるけれど、とりあえずこの一週間は余裕が出来た。折角だから、今のうちに他の参加者の調査も兼ねて校舎を出歩いてみよう。その内の誰かが、二回戦の相手になるのだから。
「おーい間久部!!」
そうしていると、遠くから知った声が掛けられたのだった。段々と近づいてくる。
「…なんだよワカメ野郎」
「ワカメって言うな!!」
しかも野郎って酷すぎない!?とツッコミながらも息急ききって走りよってきたのは間桐慎二だった。
台湾から参戦(アクセス)しているのに、何故か日本名の少年。そう。須江部真文と同様に、予選で私の親友を演じ(ロール)させられていた男だ。
「何か用?」
「用も無くお前に話しかけちゃいけないワケ?僕たち親友だろ?」
「お前が親友とか言うと寒気がするな……で、本当になんなの?」
意識的なのか無意識なのか知らないが、そのニヤニヤとした顔を見ていると、鼻に指を突っ込みたくなる…。なのでその気が起こらない内に、本題を急かした。
「…お前の一回戦の相手って誰?」
「さあね」
「別にソレくらいいいだろ!?どうせ並の相手じゃお前が勝つんだろうし!」
………。
だから、私の対戦相手の情報を収集しても、意味がないと言いたいのか。
「じゃあ、なんで聞いたの」
「―――――ま、ソイツの情報持ってたら教えてやろうと思ってさ。」
「………。」
どういう風の吹き回しだ…?このワカメ小僧。何の理由もなく人に手助けしようなんて精神なら、予選通過時に、それこそSE.RA.PH.からの記憶返却に不備があったとしか思えない。
「勿論、タダでじゃないぞ!ボクもお前に教えて欲しいことがあるんだよ!」
そうか、それは安心した。どうやらいつものワカメのようだ。親友の一人である“須江部真文”が、性格も見た目もガラリと変わって混乱したのに…ワカメまで変貌していたら、人間不信になるところだった。
「なるほど?で、何を知りたい?」
「…お前、顔広いよな?」
「別に広くないけど…」
顔広いって……まあ、広くないことはないけど、生憎、ココに参加するような魔術師(ウィザード)とはあまり面識がない。知りあいといえば、政治家や学者、軍人が殆どだ。そしてこの話の流れだと、慎二が知りたいのは対戦者の情報か。
「…僕の対戦相手、名前はアジア圏のヤツっぽいんだけどさ…ちょっと聞いた覚えがないんだよね」
“アジア圏ゲームチャンプ”の慎二が知らないなら、私が聞いてもわからないと思うのだが…
とりあえず、相手の名前を待つ。
「知らない?“岸波白野”ってヤツ」
聞いた名前に、やはり私は首を傾げたのだった。
(…)
(2014/6/19)