from Mayhem(Reboot):05


from Mayhem,
to the NEXT...

「―――初日だというのに、君はよく眠るな」


ザアー…という、音と共に波が砂を引掻きながら浚っていく。
背中が暖かい。
つま先が冷たい。
その感覚の違和感が、とても心地良かった。

こんな海辺、今や世界中で数えるほどしかない。この天国は、一体どこなのだろう――――――

私は今、どうやら砂浜で寝ているらしい。手のひらの下にある砂を握る。陽の熱であたためられ、柔らかく、滑らかで、気持ちがいい。指の間から零れ落ちていった砂子をもう一度掬う。

一日中、こんな海で、こうして過ごしていたい。


「おいおい、戦意まで喪失したのかい?……君が聖杯の受け手として相応しいのか、心配になってきたよ」


男のシルエットが青空を遮る。逆光で見づらい視界を細めて焦点を合わせようとする。黒い短髪の男、眼鏡をかけた学者風の男だった。


「我が“同志”間久部マキナ。目を覚ませ、君の戦いは始まったばかりだぞ」


そう言い、男は私に手を差し出した。砂を手放して、代わりに男の手を掴む。男はそのまま私を引き上げ、同じ地平へと立たせたのだった。

光の加減が変わり、男の姿がよく見えるようになった。この男は―――私のよく知る男だった。が―――…


「ゴースト…!?私、死んだの…?」


思わず名前ではなく、幽霊呼ばわりしてしまった。だが仕方がない。この男は既に死んだ男。10年も前にこの世から消えた男なのだ。そんな男とこうして並び立っている私も、死んでしまったのだろうか…?


「この状況なら混乱するのも仕方ないか。落ち着いてゆっくり整理していこう、マキナ。」


この男―――トワイス・H・ピースマンは、私をこの聖杯戦争(ムーンセル)へと引き上げ(まねい)た張本人だ。トワイスは引き上げた私の手を放し、穏やかに私の目を見つめていた。少し冷たくも感じる生気の欠けた瞳が、言葉どおり妙に私を落ち着かせた。


「―――先ず、君は生きている。君の言う通り僕は基底現実では死んでいるがね。そして君は今、夢の中にいる。夢といっても最も深い階層――『虚無(limbo)』だ。


言われて辺りを見回してみた。
驚いたことに、ここには『海』と『砂』しかなかった。どこまでも続く砂浜と、海しか存在しない。天上には無限に続く青空のテクスチャ。よくよく見れば、距離感や遠近感の曖昧な、気の滅入るような景観だった。


「これは君が根源的に欲していた風景だろう。君の潜在意識のみが作り出した光景だ。 海が好きな君のことだからね、何もおかしいことではないよ。」


このトワイスという男に、自分の好きなものを紹介した覚えはないのだが、この状況自体が異例(アノマリー)なのだから、突っ込むのはやめておこう。


「質問を変えます。―――ピースマン博士、どうして私の夢の中にいるんですか?」


夢だということは、私の意識が作り出した存在なのか?それとも―――何らかの方法かで私の夢に侵入してきたのだろうか。確かに、他人の夢の中に侵入する方法は研究されている。仮想現実も現実の一部となった今、大分敷居も低くなってきた。それに、ココはムーンセル・オートマトンの中だ。この状況も、不可思議なものではないのかも、しれない。


「君に会いたかったんだが…中々タイミングが掴めなくてね。SE.RA.PHや君のサーヴァントの目を掻い潜ってとなると、『夢の中(ココ)』しかなかった。」
「予選を通過した時…私に“だけ”祝辞を贈ってくれました?」
「ああ、君が踏み出した“大きな一歩”を祝福したくてね」


 おめでとう、と改めて手を差し出された。もう一度その手を握ると、強く握られたのだった。

だが、何故なのだ?
確とした違和感がある。何故私に期待を寄せる?それに、“同志”とは―――?


「博士、貴方はゴーストとして地上の仮想空間(ネットスペース)に度々姿を現しては、多くの魔術師(ウィザード)をこのムーンセルに招いてきました。――――既に半数以上脳死してますけど。なのに、どうして私にこうして会いにきたりしてくれたんですか?ムーンセルに何か願いたいコトでもあります?勝率ならレオの方が高いだろうから…レオに挨拶に行った方がいいのでは?あ、もしかして既にいろんな人に会いにいってました?」


一度に多く喋りすぎただろうか。だが、トワイスは私の話を遮ろうともせず、静かに話し終わるのを待っていた。そして、やはり静かに。そして確と答えたのだった。


「君以外の魔術師に会う必要性がない。“願望器”の所有者は、君なのだから―――」


何を―――言ってるんだろうか?こう言っては悪いが、やはりゴーストだからどこか壊れているのかもしれない。勿論、聖杯戦争には勝つつもりでやってきた。だがこの男の口調は確定的、まるで既定路線かのように話す。


「そして、私の望みは君が聖杯を手にし、君が思う通りに行動する(いきる)ことだ。」


私の望みが、トワイスの望みだとでもいうのか―――?たとえそうだとして、誰にも話したことのない私の野望を、何故この男が知って―――




    『断りもなく、いつまで我の女を占有するつもりだ』




そんな声が、この空間中に遠近感なく響いた。その次の瞬間だった。


「!?」


トワイス・ピースマン目掛けて砲弾が空から降り注いだ。正確にはそれは、三十二挺の宝剣宝槍の類だった。まるでチーズか粘土でも割くかのように、トワイスの身体は細切れになっていった。それに驚きや恐怖する暇もなく、今度は自身の足元が、瓦解した。


「う、あ………!!」


まるで奈落。
白い砂は底の見えない“黒”に向けて、滝のように流れ落ちていく。
そして溺れるように、私も自由落下していく。


この“地獄”を、私は知っている―――!
これは宝具・乖離剣(エア)により啓(ひら)かれる天地の理。『天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)』――――!

無意味なのに手を伸ばしていた。
宝具を、宝具を展開しなければ―――
ああ、でもこうして“無”に飲み込まれているなら、私は撃ち負けたのか―――…私の渾身の宝具錬成が無駄だったということではないのか?ならば最早打つ手はないのではないか?絶望に支配されかけたその瞬間だった。


誰かが私の手を取ったのだ。

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