from Mayhem :02




「……」



――0が1に変わった。
うっすらと目を開けると、見覚えのある天井が橙味を帯びていた。随分と長い間、夢でも見ていたのだろうか。ここは、私の部屋だ。この時間帯なら、虫の鳴き声の一つでも――聞こえてこない。ここは、私の部屋ではない。寝返りを打って左の窓を見遣った。窓の外に、高密度の情報集積体が光っている。

ここは、私の部屋だが私の部屋ではない。正確には、現実の私の部屋を模した部屋。月海原学園の2-Bの教室、運営より『マイルーム』として宛がわれた部屋。

どうやら夢ではなかったらしい。少なくとも、ムーンセルの聖杯戦争に参加した――という事実は夢ではなかったようだ。だが、もう一つ。

私は私のサーヴァントとアリーナで戦った。それは夢だろうか?事実だろうか?事実だとしたら何故私はマイルームのベッドで寝ているのだろう。NPCが運んでくれでもしたのだろうか。そうでなければ、やはりアレは夢だったのかな…夕方だが、特別急いでやることもないのでもう一度寝てしまおうか…目は覚めたばかりだというのに、どうにも身体がだるいのだ。



「目が覚めたか、小娘」



倦怠感を感じる機能が、身体の疲労にお構いなしで吹っ飛ぶ。私は自分でも驚くほどの勢いで飛び起きた。ナンダコレ!飛び起きると、反対側の壁の前の椅子で踏ん反り返っている金ピカサーヴァントが…い、いた…?



「な…なに……?」
「何とは何だ」
「なっ、……なんでいるの…?」
「何も何でもなかろう、ここは我の部屋でもあるのだからな」



やばい…
いや、状況的にはヤバくない…寧ろ改善しているくらいだが、やばい。自分の気持ち的にも方針的にもヤバイ!夢じゃなかった。全て現実だった。そうだ、私の方針をがらりと変える出来事が起きたのだ。



「そんなことより…小娘」
「は、はい…!?」



酷い声の裏返りようだ。
死にたい。



「貴様が今一番にすべきことは何だ?」
「えっ」
「愚物が…そんなことも解らぬか」
「愚物でスミマセン」



一体なんだろう。
自分と相手では価値観が違いそうなので正直わからない。だから、この遠い距離にいる相手の顔を見つめる。金髪だけでなく、赤い眼も印象的だったことに気付く。擬似夕日に照らされているからだろうか。光を反射して、この位置からでもルビーのように見えた。




「この部屋をどうにかせよ!」
「は…」



何?



「…は?」
「このように卑俗な部屋にこれ以上留まることなど耐えられるものか」
「……」



恐らく。恐らくは私が目覚めるまでずっと居たと思うのだが…よくもそんな長時間耐えられたものだな…まあ、自分の部屋が卑俗かどうかはさておき、このマイルームが自分だけが使う用途でカスタムされていることは確か。今後協同生活をすることになるのだから、相手の要望を聞くのもスジだ。



「じゃあ、手直ししますけど…どーゆー部屋ならいいんですか」
「手始めに、天井、壁、床に到るまで金箔張りにするがいい」
「却下」
「何!」



譲歩してあげるつもりだったのに、何故か即答してしまった。

単にデータを書き換えるだけだから現実で実行するのと違い、いとも簡単にその要望には答えられるが…私の実生活は至って庶民的だ。何億何兆という桁の金の流れに縁のある生活は送っているが華美な生活とはほとんど無縁だ。それこそ、男に言わせれば卑俗な感覚を持っている。そんな私が、部屋中金ピカとか精神が持たない。



「…どうしてもっていうなら、部屋を半分に分割してそっちだけ金色ならいーですけど」
「半分だと?高貴なる我と雑種である貴様が等分とはおかしかろう」



3分の2くらい寄越せってか?…お前はとなりのせきのま○だくんか!



「私3貴方2でも譲歩し過ぎなところを断腸の思いで半々なんですけど?」
「無礼が過ぎるぞ、小娘」
「はあ…器の小さい王様だなあ…」
「何か言ったか?」
「ええ、王様のクセにケチで嫌になっちゃいます」



 ほう、この我が吝嗇とな?
笑っているが、目が笑っていない。しかし自室は自分にとっての唯一の癒し。決して蔑ろにはできない。疲れを癒す楽園はここにしかないのだ。金ピカサーヴァントとの、部屋のレイアウトを巡る戦いの火蓋が今、切って落とされた。ようだ。








from Mayhem,
to the NEXT...







色々とあって夜。夕方はとうに過ぎ去った。私はかなり趣きの変わったマイルームで、夕飯を作っている。それでなくとも身体がズタボロだったというのに金ピカとやりあって、部屋をカスタムしてクタクタだというのに夕食までいそいそと作るとか、私は働き者だ。
主義には反するが、気持ちとしてはカップラーメンを投げつけたい意気込みだ。購買の焼きそばパンでもカレーパンでもいいが。自分一人であれば、これほど疲れていれば一食くらい抜いてしまうのだが…金ピカが「夕餉の用意をせぬか」などと抜かすので、仕方なく食わせてやることにしたのだ。

食材はどこから仕入れているのか?答えは簡単、これだって自分の作成したデータが元だ。だからどんな食材だって手に入るし、料理を直に作成することも可能。それを態々調理する理由に付いては──ご察しください。といった感じだ。私の父はイタリア人で母は日本人。そう聞くとイタリア料理と日本料理が得意そうに思うが…まあ確かにその二つは基本を抑えているつもりだが世界各地を点々としているため、実際はもう少しレパートリーがある。

とはいえ古代メソポタミア人の食事などさっぱり検討がつかないので自分の食べたい料理を作っている。サルシッチャとトマト、ナス、ズッキーニのパスタ。ほんのりサワークリーム風味。上に少々パルミジャーノ・レッジャーノを乗せる。重くなく、野菜もそれなりに摂れ、尚且つサルシッチャで肉分は満足。何より一品で終わらせられるのが素晴らしい。とはいえ、これで金ピカが満足するかどうかは検討がつかないが。まあ、今のところは文句もつけずに大人しく待っているようなので早々に完成させてしまおう。










闘論の末、金箔張りは回避されることとなったが、マキナは複数の宮殿のデータを参考に、部屋を一つ一つ改修。壁紙、カーテン、絨毯、シャンデリア、風呂…可能な限りマキナの好みに合うデザインで、王侯貴族の部屋に勝るとも劣らない豪華絢爛さ。マキナはやればやる程阿呆らしさを感じるのだが最早ふっきれた部分もあり、とにかく徹底的に飾る。何しろ、元が教室なので、ミスマッチなこと限りなしだ。

 ともあれ、ギルガメッシュは割に満足を。しかし庶民的な憩いのスペースは絶対に外せないマキナは分厚いカーテンで仕切り、自分のベッドと洗面所、作業用テーブルだけは
 以前の趣を維持したまま、全体の6分の1のスペースに残した。ダイニングキッチンを含むその他の共用利用の要素に加え一部マキナしか使わない要素を貴族部屋に配置したのだがそれについてギルガメッシュは何も言わなかった。

曰く、ギルガメッシュが許容できなかったのは庶民的な空間であり、マキナは彼の『持ち物』か『ペット』の位置付けらしく。そんなマキナのスペースなども『インテリア』程度の感覚。その広い心で受け入れている(邪魔に思わない)らしい。

現実世界でも、あまり『人』扱いされていないマキナは、そんな発言に反発するのも今更だと思い、何より疲れていたので完全に発言をスルーした。やっと長い模様替え(カスタマイズ)が終わるのだ。すぐそこにある休息を手に入れる為、仕上げに入ろうとしていたマキナだが――

マキナを『人』扱いしないギルガメッシュの次の言葉に、また闘論(たたかい)の火蓋(二枚目)が切って落とされたのだった。



「小娘、寝台をもう少し広くするがいい」
「…どんだけ寝相悪いんですか、貴方」



天蓋付きの豪勢な寝台、キングサイズ。プライスレス。
 器械体操でもする気かこのヤロー。自分ならこの二分の一の面積でも充分過ぎると考えていたマキナは次の言葉にフリーズした。



 「我の寝相が悪いものか。だが…貴様の寝相が悪いというのなら広くして然るべきだろうな」
 「……」



私の寝相が悪いわけあるかこの金ピカ野郎…!などというのは恐らく少し的外れな怒りだろう。相変わらず男は偉そうで、しかも何故かドヤ顔だ。



「…は?私がここで寝るんですか?」
「王が女を侍らせるのは当然のこと。臥所でも然り、な」
「…私さっき『愛玩動物(ペット)』扱いされてた気がするんですが」
「大差なかろう」
「……」




ギルガメッシュは、寧ろ自分と寝所を共にできるのはありがたいことで
マキナは喜んで然るべき、謹んで受け入れるべきとすら思っている。
だから、マキナがさっぱり喜んでいないことを寧ろ不審に感じた程だ。

対するマキナはまだじゅうろくさいだ。別にイヤラシイ妄想をしたわけではない。しているわけではないが…そう、常識的に考えて、思春期の女子が男と添い寝などあらゆる意味でアウトオブアウトだ。マキナは恐らく人生で初めて…一目瞭然なまでに赤面。耳まで赤くして、わなわなと震えながら叫んだ。そして、たった今作成したばかりのシルクのクッションを顔面目掛けて投げつけた。



 「テメーはフリードリヒ大王かこのヤロー!!」



犬(ペット)と一緒に寝るとかお前はかのフリードリヒ二世かと言いたかったらしい。
そんな捨て台詞と共に、マキナはカーテンの向こう
6分の1の自分の世界へと一旦引き篭もった。
そして何故かすぐに出戻って闘論しながらも
模様替えの続きを再開、根性で完成させ今に至るのだ。



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