Circular Cline Collapse...(sleeping awake) :03



4時間に及ぶアーチャーの魔術講習を終え、本日のお仕事は終了。食事などの特別な事情がなければ、部屋は三分割。それぞれの専用スペースに、一部の共用スペースを設けている。風呂もトイレもベッドも洗面台も完全に分けている。
幾ら運命共同体といえど、プライベートの時間は大切だ。

アーチャーは食後の片付けも律儀にやろうとするのだが、先手を打って、マキナはさっさとマイルームのソースを書き換える。勿論アーチャーは猛抗議するが、知ったことではない。恐らく彼に任せておけば、使用後の浴槽も綺麗に洗い上げるだろうし、残り湯を洗濯に使ったりするのだろう。下手をすれば、その為に入浴剤まで制限されてしまうかもしれない。想像すると、たまったものではない。

だからマキナは使い終わったら何でも分解し、改めて再構築してしまう。その方がマキナにとっては余程手っ取り早いからだ。

どうやらアーチャーのSGを見る限り、彼は家事が好きらしいので…その楽しみを奪うのは確かに可哀想かもしれない。だが、マキナが寛ごうとしても、その横で一生懸命家事をされようものなら、おちおち寝転がってもいられない。

まだマキナにサーヴァント能力が残っていて、そうして電磁複合防壁で完全遮音ができれば違うのかもしれないが…

だから、アーチャーの楽しみを奪った今。ここまでされたらアーチャーも後は自分の身体を休めるしか道はないだろう。まあ、もしかすると筋トレとかしているかもしれないし、また小銃の手入れとかしれいるかもしれないが。

早めに浴槽から上がったマキナは、先程までアーチャーと食事をしていたテーブルで、借りてきたギルガメシュ叙事詩を読んでいたのだった。ぬれた頭にふかふかのバスタオルを被り、湯冷ましがてらの読書である。

――流石はムーンセルの蔵書。地上では、欠けたまま未だ発掘されていない部分も全て記されている。15分ほどで一度は全て読み終えたマキナだが、もう一度、今度はゆっくりと反芻するように読み返す。あのギルガメッシュを思い浮かべ、そしてマキナ自身もよく知っている、『友人』の姿を瞼の裏で映像にする。


何でもいい。何か、記憶を取り戻す切欠(キー)になるものが――――…




「ふわっ、!?」


本当にびっくりした。
予期せぬ接触に本当に驚きに驚きまくったマキナは、思わず開いていたギルガメシュ叙事詩を勢いよく閉じた上で尚且つその場で起立してしまったのだった。


「…君の髪は癖が半端じゃないからな。早めのブローが大事だぞ」


振り向く。怪物でも凝視するような目で。

――――そこには一人の青年がいた。白髪に褐色の肌、灰色の瞳の筋肉質の青年だ。半袖のシャツがうっすらと汗ばんでいて、マキナと同様、肩にタオルをかけている。


「こうやってドライヤーを上から宛てて――…」
「ちょっ、まっ!」


マキナは思わずツッコミ紛れにアーチャーの手を叩いたのだった。一体コイツはどこまで働けば気がすむのだ―――!?


「ってーーか何ドライヤーとか投影してんの!?剣類限定でしょー!?」
「ツッコミをいれる場所はそこなのか?!」
「というか、人の髪乾かす前に自分の乾かそうよ!?それを人は本末転倒と呼ぶのだよ!」
「いや、俺のはすぐ乾くから」
「ダブルスタンダードいくない!」
「…君が言うな。」
「なんでこう私のサーヴァントってヒトの世話ばっかり―――…」


そう溜息を吐いたマキナは自身の言葉にまた違和感を感じる。

――――まただ。

記憶は全て、封印されたはずではなかったのか?何故、僅かな断片が残っていそうなのか、それが解せない。ムーンセルの管理者権限を以っても封じきれない何かがあるとでもいうのか?


「……アーチャー、もうゆっくり休んでよ。運動量で言えばアーチャーの方がよっぽど働いてるんだから…」


そういってマキナはドライヤーを奪おうと手を伸ばすのだが、改めてアーチャーに着席させられ、そうして髪を手にとられる。


「今日は戦闘行動は一切なかったからな。それに家事仕事も君に強制的に奪われたから物足りないんだ」
「わかったよごめん、明日からちゃんと洗物残しといてあげるから…」
「そんなことより、君こそゆっくり休んで力を蓄えてくれ。その方がサーヴァントとして、魔力供給的によっぽど助かる」


最早ここまで言われては抵抗するのもどうかと思う。マキナは諦めて頭を差し出したのだった。自分でやるには酷く面倒な作業が、人にやってもらうとどうしてこうも至福なのか―――…マキナは反省を胸に、しかしすっかり敗北したのだった。懐かしい記憶が蘇る。

――――ああ、この感覚は、やっぱり母親(おかん)だ。
しかしごつごつとした手の感触はまごうことなく父親(おとん)だったが。









すっかり眠気で満たされたマキナは、やっとのことで自室のベッドに横たわる。色々なことがあったが、なんだかんだでよく眠れそうな自分に罪悪感を少しだけ抱きつつ。完全に意識が落ちる前に、再度携帯端末をおぼろげに確認する。
―――すると12分前に着信履歴。マキナは殆ど働かない思考で、何とか言語中枢を接続した。


『総主。』


相手は未だオンライン。恐らく自分の返答を待っていたのだろう。緊急通信ではなかったが、寝る前に応答しなければ。


『もうおやすみですか?マキナさん』
『ええ、もうおやすみです』
『マキナさんが無事かどうか心配で』


―――ああ、そうか。
アーチャーが生前マキナの命を狙っていたという事実が判明したのは今日の昼のことだ。レオが心配してくれるのも当然のことか。


『心配ありがとうございます、私は今、元気です』
『何かあったらすぐに生徒会室まで来てくださいね』


言語中枢の接続回路を維持するのも辛くなってきたマキナは、なんとか端的に伝えたい言葉だけをカタチにするが、まるで機械翻訳の如くである。そんな有様だから、レオも察したのだろう。マキナの眠りをこれ以上妨げようとはしなかった。


『おやすみなさい、マキナさん』
『……おやすみ、レオ』


頑なに名を呼ばなかったマキナが“レオ”と言ったのは…彼女が昔の夢でも見始めているのか、かつての名残だろう。同じようにレオも目を閉じれば、ゴルドベルクの旋律が優しく脳裏に響き始めたのだった。

(…)
(2014/2/1)





「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -