Circular Cline Collapse...(sleeping awake) :03


「ただいまー、ご飯何たべた………い…?」


空腹を刺激する秋サンマの匂い。微かにかぼすの薫りも漂っている。―――――そうだった。このサーヴァントはアーチャーではなくヴァトラーだった。

ああ、なんだろう。この―――…帰ったらご飯ができていて、掃除もされていて、何もかもが整えられている。この幸福。こんな幸せ、何年ぶりだろう。アレだ、マキナの母が生きていた時以来だ。多分。


「食事の用意なら既に完了しているぞ」
「―――――……」


ここムーンセルにきてもマキナは毎日家事をこなさなければならなかった。自分ひとりならまだ手を抜くこともできるのだが、何しろマキナには手の掛かる――――…


「……………?」


喉に突っかかった骨が、何をしても取れないような。喉まで出掛かっている言葉が思い出せないような。この擬かしい感覚に酷く苛立ちが募る。


  なんで思い出せない。


どんな思い出だっていい。たとえソレが史上最悪の思い出でもだ。自分が体験した出来事なのに、自分にだけわからない。それが許せない。


「どうした、マスター。早く席に着きたまえ」


少々心配げな表情と声でマキナの様子を伺ったアーチャーにマキナはハッとして顔を上げる。


「あ、ごめん…」


手にしていたギルガメシュ叙事詩を棚上に置き、マキナは食卓へと急いだ。アーチャーは、毎日一食は必ず魚料理をいれてくれる。今まではただ嬉しいと思っていただけだが…今日の話を踏まえて考え直すと、もしやマキナの魚好きを知っての献立だったのか――…?
そんな疑問すら湧いてくるのだった。
マキナの好みまで把握する暗殺者など、怖すぎることこの上ない。


「アーチャーの私への復讐の内容がわかった」


アーチャーに椅子を引かれ、着席をしながらマキナはぽつりと言った。


「…君に復讐はしないと言っただろう。」


その後、その向かいに着席をしながらアーチャーは溜息を吐く。馬鹿を言っていないで、冷める前に食べてくれ。とアーチャーはマキナに箸を持たせるのだが―――…


「アーチャーさ、昼間私に言ったじゃん。私なんて役立たずだから夕飯の献立でも考えてろって」
「…確かに言ったが…」
「かと思えば私から夕飯の献立を考えるお仕事まで奪うなんて要するに私の最後の尊厳を奪おうって魂胆でしょ?この外道」


さっきまであんなに念入りに銃の手入れをしていたのに――否、だからこそ安心してマイルームを出て一息ついていたのに。いざ帰って夕飯の支度をしようとしたら、その仕事を奪われていた。役立たずの烙印を押されたマキナのささやかな自尊心はボロボロである。


「ち、違うぞそれは!私はただ君が疲れているだろうと…」


いや、わかっているのだ。勿論。アーチャーが善意で家事をこなしてくれているだろうことは。その上で、敢えておちょくるような発言をし、だからこそ、マキナは頭を抱えるのだ。


「……アーチャーは私が原因で死んじゃったワケでしょ?なのにどうして私に優しくしようとしてくれるの…?」


それを聞いたアーチャーは、改めて溜息を吐く。いいから箸を動かしたまえ、と少々凄みを利かせてマキナに要求する。マキナは慌てて言われた通りにし、いただきますと小さく一礼した。


「君に恩があるから、と言ったはずだ」


確かにそれも聞いた。だが、腑に落ちないままだ。先ほどは大勢の前で憚られるのではないかと思って深く問い質さなかったが…今は二人しかいない。マキナは食い下がったのだった。


「…ごめんね、うん、料理はすごくおいしいよ!私さんま大好きだし!―――でもさ…私に受けた恩って何…?だって私アーチャーに…エミヤシロウに会ったこともないんだよ?気になってさんまのおいしさに集中できないんだけど…」
「それは―――…」


改めて、答えに窮するアーチャーを見て、その表情が何を意味しているのかを探ろうとする。


「もしかして――…」


死して尚、言い憚られるようなこととはなんだろうか。利害関係が絡むことではないだろうことは、瞭然だが――…


「アーチャー、昔私をサーヴァントとして召喚したことがあったりするの?」


アーチャーがマキナを見かけたことはあったとしても、マキナはアーチャーを見たことは一度もなかった。記憶力だけはいい。今回BBに封印された記憶は別にして、マキナが忘れるなんてことはありえないのだから。――となると、最早マキナが『今後出会う』可能性くらいしか考えられないのではないのか。


「なんでさ!いや、なんでそうなる!」
「だ、だって前例があるから……!」
「岸波白野のようにか?そうだな……いい線を突いてるが、生憎違う。」


―――違うのか。
しかし、“いい線を行っている”というのが余計に混乱を深める。マキナは眉根を傾げたまま無言でアーチャーを見た。

マキナは簡単に言ってくれるが、アーチャーにとっては…それこそ一世一代の決断を迫られるのと同様なほどの難題。

 
 言いたい。
 ぶちまけてしまいたい。
 ずっと、彼が、彼女に言いたかったことを。




それを言えたらどんなに楽になれるか。彼女は聞きたい。自分は教えたい。互いのニーズが一致している。しかし同時に言うべきでもないとも、アーチャーは思っている。


「そうだな―――どうせ裏側(ココ)でのことは、表に帰ったら忘れてしまうんだ。」

 “君(おまえ)が、あの時■■■■■と言ったから私(オレ)は――”


自分に期待を寄せ、答えを望む少女の表情は、酷く扇情的でアーチャーの決心を鈍らせる。しかも、何しろ彼女は、彼女には―――…


「いや、やめておこう。」
「………」


それでもアーチャーは踏みとどまる。折角、失った記憶を取り戻そうと奔走しているマキナを見て…だからこそ安易に答えてはならないと思ったからだ。マキナは酷く不貞腐れた表情をしたものの、それ以上追求はしなかった。


「それより早く食べ終えろ、マスター。食後に鍛錬を始めるからな。君に、俺の記憶を教えることはできないが…せめて全ての術を伝授しよう。最も俺は――…一端の魔術師どころか、魔術使いでしかなかったんだが、それでも君に教えられることは山ほどあるだろう」


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