Circular Cline Collapse...(sleeping awake) :03

Circular Cline Collapse...(sleeping awake)

外世界を漂う高密度の情報体は赤みを帯び、夕日のようで 窓の外も自身の肌も、同じく茜色に染まっていた。古寂びた木造校舎のノスタルジーが最も増す時間帯だろう。

何故かしきりに拳銃の手入れに余念のないアーチャーを残して、少し散歩をしてくる、とマキナはふらりマイルームを飛び出してきたのだった。

NPCもマスターも、今は殆ど見かけない。だが、それがいい。一人きりの時間は重要だ。身体は別として、心が休まらないマイルームよりも こうして落ち着いて考えを整理することで、自分なりの計画を立てることができる。


「あ、――――…」


この、西日が俄か眩しい時間帯に一層輝く存在を発見。気付くとマキナは、その後ろ姿を呼び止めていた。


「ギルガメッシュ……!さん……」


ほぼ衝動的だった。マキナの呼び掛けに、ギルガメッシュは不機嫌そうに振り返る。呼び止めたのは自分だというのに、振り向いたギルガメッシュを見てギクリと固まるマキナ。
 ヤバイ、なにしてるんだ、私…と思うも後悔先にたたず。


「なんだ道化。気安く我に話かけるな」



昔(月の表)ではどうだったか知らないが、今や赤の他人でしかない。気安く話しかけるなとは、ごもっともで―――ギルガメッシュの威圧感(プレッシャー)が肌に痛い。マキナは慌てて口走り始めた。


「あの、ご趣味は?好きなものと嫌いなものは?どんな音楽が好き?好みの女性は?どうして金が好きなんですか?」


―――――テンパっていると、ロクなことにならない。思わず怒涛の質問攻めをした後で、マキナは重ねて自省した。ギルガメッシュは少し目を見開いた後、一層不愉快そうな顔になったのだった。予想に漏れず。


「ド級の阿呆だな。話し掛けるなと言ったばかりであろう。それにその質問は何だ。我は貴様と見合いをする気も毛ほどもないぞ」


確かに、マキナは合コンか初デートで相手にするような質問をしてしまった。
それにしても、ギルガメッシュは一見邪険な態度を取っているというのにどうしてだろうか、マキナはあまり恐怖心を感じなかった。そもそもこの唯我独尊の暴君の性格を踏まえると、寧ろこうして立ち止まってマキナの話を聞いてやっているだけでも奇跡的な気がする。やはり彼自身も、自身から奪われたという記憶の内容が少しは気になっているということだろうか。


「…私が貴方を召喚したんだとすれば、何か共通点とか――…あるのかなって―――話せば何か思い出すかもしれないって思ったので…」


好みや趣味で意気投合して、仲が深まったという可能性を考えて、ということか。媒介がなければ自分に似た者が召喚されやすいという性質があるので強ち的外れな質問でもないのかもしれないが……。


「そこまでして記憶を取り戻したいか。ご苦労なことだな。だが――…この我が何故貴様如きに応えてやらねばならぬ?それに、惨めな道化の記憶など、思い出したところで気分が悪くなるだけだろうさ」


そう言い捨てて背を向けようとしたギルガメッシュをマキナは懲りずに呼び止める。


「ちょっと待ってください!私を罵倒する権利を持ってるんですよね。だったら、もっと気合いれて罵倒してください!」


最早自分でも何を言っているのやら、である。このAUOに言われなくとも、マキナだって封印された記憶は最悪なものだろうと思っている。だが、この迷宮から抜け出す鍵の1つならば、嫌でも取り戻さなければ。ムーンセルの管理者権限(Administrator)でロックされているとはいえ、試せることは試さなければ。だからもっと彼と話をしなければならないと。そう、マキナは思うのだ。

一方、それを聞いたギルガメッシュは珍妙な動物に向けるような好奇の視線でマキナを見ているのだが。だが、マキナは気にせず―――何しろ呼び止められたことで目的は達成している。懲りもせずに質問を続けたのだった。


「…どうして私のことを道化って呼ぶんですか?」
「それが解らぬから貴様は道化なのだ」


間髪を入れない回答に、しかし一つの確信を得る。なるほど、マキナの行動やら生き様やら存在やら、そういったものが彼から見て道化じみているということなのだろう。何しろギルガメッシュは『王』で、『王』に『道化』はつきものだ。眉唾ものの話とはいえ、レオたちが言っていた前世での因縁説を考慮してみたのだが、マキナが『宮廷道化師(ジェスター)』だったというセンもなさそうだ。そうでなくてよかったが。起源が『道化』なんてイヤすぎる。


「……本当に私のこと、覚えてないんですか?」
「何―――…?」


態度だけでなく実際に、恐れるものなど何も存在しないのではないか―――少なくともマキナにはそう見える。

百を越えるサーヴァントを呑み込み、大権能の類まで行使するBBにすら本当は勝ててしまうのではないか、興が乗らないから本気を出さないだけではないのか。この状況を、ある意味で楽しんでいるのではないか。何故だかマキナにはそう思えてしまう。

このギルガメッシュという英霊は、並居る他の英霊とは格が違う。のだという理解(ちょっかん)。だから前々から抱いていた疑問を投げかけてみたのだった。


「………私みたいな雑種はともかく、貴方は最上級の英霊みたいだから本当はそんな記憶制限なんて、受けてないんじゃないかと思って」


正直、問いにはカマ掛としての側面もあった。常識的に考えて、この男に対する挑発的行為は、死に値しかねない。言ってしまったマキナは、しかしギルガメッシュの瞳から目を逸らさなかった。

ギルガメッシュは中々口を開かず鋭い視線を向けている。



「確かに貴様は塵芥の如き矮小な存在で、我は真の英雄たる王。比較することすら痴がましい。だが、我に何度も同じことを言わせるな。」
「そうですか…………ごめんなさい。」


知らないのは確かなのか。ギルガメッシュという大英霊ですら抗えない命令(のろい)。やはりBBの言葉にもウソ偽りはないのか。―――まあ、敢えてギルガメッシュが甘んじている(あらがわない)という可能性もあるが。


「色々と罵ってくれてありがとうございました。ちょっと助かりました」


マキナはぺこりと頭を下げ、そうして返事を聞かずに走り去ったのだった。








「どうした間久部マキナ、葬式の帰りか?」
「ねえ、アンデルセンたちってさあ…」


階段をもつれるような速さで降り切り、一階へ。マキナは迷う事無く図書館前までやってきたのだが―――…


「一体どこで寝てるの?うちのマイルームに使ってないソファあるからあげようか?」
「まあまあ…お気遣いに感謝しますわ。でもご心配は無用です。アンデルセンと私がいつもここに立っているから、寝屋がないと思われているのかもしれませんが…桜さんがちゃんと私たちにもマイルームを用意してくださっているんですよ?」
「そうですか……そうですよね…そしてそれは良かった。」
「今の貴様に他人のことなどいちいち気にしている暇があるのか?」


まあ、ないといえばないだろう。
だが……キアラの言う通り、殆ど人気の無くなった校舎に未だ彼らが所定位置に突っ立っていたので寝床がないのではないかと、マキナは不審に思ったのだ。


「―――ところでマキナ。貴様見た目によらず被虐趣味のド変態だったのだな。ギルガメッシュとの会話、一階まで筒抜けだったぞ。貴様の発言には正直この俺もドン引きだ」
「しょうがないじゃん、アノ人すぐどっかに行こうとするんだもん。会話を長引かせるための方便でしかないから、誤解しないでほしい」


すぐさま否定するものの、どうだかな。とアンデルセンは鼻で笑うのだった。


「“気合いれて私を罵倒してください!”なんて大声で叫べる貴様は…中々の大人物かもしれないな」
「ただの幻聴だって。アンデルセン、耳掃除した方がいいよ」
「それに、今もこうして俺に罵られに来ているのがいい証拠だ。」
「だから違うってば、私はギルガメシュ叙事詩を借りに来ただけなんだって」


そうだ。とんだ濡れ衣だ。
ギルガメッシュとの会話の後、マキナは昔読んだ『ギルガメシュ叙事詩』を改めて読み直そうと、借りにきたのだ。借りにきただけなのだ。


「ってゆーか、私が罵られたいんじゃなくて、他人を罵るのが好きな人、この月の裏側に多すぎるんじゃないのかな?まずギルガメッシュでしょ?次にアンデルセン、おまえだよおまえ。間桐慎二もだし、アーチャーもすぐヒトのことバカにするしさあ」


異常なのは自分ではない、お前たちの方だと言い返すマキナ。“バカって言った方がバカなんだ!”という所謂アレな理論である。


「まあ…そうだな。貴様が罵り甲斐のある馬鹿(ヴァカ)であることは事実だ」


……そんなに力を込めて言わなくても。はいはい、と軽くあしらうような返事をしながらマキナは図書室に突入した。認めたくない気持ちはあるがこれ以上口論が続くと、この英霊相手だと敗北が明らかだからだ。

マキナは目当てのギルガメシュ叙事詩を手に入れると、図書室からの去り際に、“今度お菓子でももってくるねー”と関係ない捨て台詞を残して、また階段を駆け上っていった。




 さて、そろそろ時間も時間だし、夕食でも作るか。サーヴァントが、夕食のメニューでも考えてろといっていたし。そう考えてマキナがマイルームの扉を開けるのだが――…


[next]







第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -