Circular Cline Collapse...(sleeping awake) :01

Circular Cline Collapse...(sleeping awake)

「止まれ、マスター!」


そうは呼びかけてみたが、自分の言葉にそれほどの制止力があるとも思えなかった。彼女を止まらせたいのは本心からだったため、彼は同時に強硬手段を取る。

黒いセーラー服に身を包んだ白金髪の少女。その行く手を阻むように――彼女と大きな桜の木の間に上空から十数本の剣を降らせ、格子状に、即席の物理障壁を作ったのだった。

少女の舌打ちと、不機嫌そうな顔。――それを無視する。こちらの方が舌打ちをしたいくらいだ、とばかりに青年はため息を吐き、少女を厳しく見据える。


「君はもう少し学習能力のある女性だと思っていたのだが…」


睨めつける少女の目前で、諌めるように腕組みを。見上げる少女と見下ろす自分。力関係はそこに表されるように明白だ。


「一体何度忠告すれば理解するのかね?君単独で迷宮に潜って何になる?今の君など、マイルームで明日の朝食の献立でも考えていた方が余程役に立つ。――大人しく校舎に戻りたまえ」


今のは彼女にとってキツイ一言だったはずだ。これまで、何でも自分で解決策を見出してきていた彼女への戦力外通告。自分の無力さは、何よりも彼女が一番痛感していたことだろう。それを他人から宣告された時の衝撃たるや、如何ほどのものか――?


「……………ばかにしやがって!」


少女は、頬をふぐのように膨らませた上でそう憤った。いつもの彼女ならばここで脛蹴りのひとつでもお見舞いしているのだろうが…何分、彼女も、彼が正論を言っていることは理解しているので、そこまで理不尽な仕打ちはできないのだろう。それを彼も理解している。だから引かず。


「ああ、バカにするさ。君は猪武者にすら満たない…いいとこ生まれて三日の瓜坊だ。」
「うり…!?」
「サーヴァントとしての力を失い、魔術師(ウィザード)としてはともかく、魔術師(メイガス)としては極めて未熟。そんな君がどうしてこの迷宮を攻略できる?BBの玩具(おもちゃ)にされるだけだ。何よりこの迷宮は、他の迷宮とはワケが違う。考えなしに突っ込むなど論外だと言っている」


二人のやりとりから、この突入劇が今回が初めてでないことが窺える。何がここまで彼女を突き動かし、彼は何故此処まで必死に彼女を制止するのだろうか。


「突っ込んでから考えるんだよ」
「そういう行き当たりばったりをやめてくれ、頼むから!」


少女の発言に、彼は実際に頭を抱えてしまった。酷く力を消耗することではあるが、引くわけにはいかない。


「勿論、時には力業も必要だろう。だが――それにしても、今出来る準備を全て整えてからだ。」
「……………」
「既に整っていると言いたげだな?“あの男”でさえ梃子摺ったのだから、君の頑強な態度を突き崩すのが難儀なのは百も承知――――だが、無力に等しくなった今がいい機会だ。」


あの男?
意味深な言い方に、しかし少女は反応せず。不貞腐れた顔をして外方を向いている彼女の両肩を掴み、青年は真剣な…或いは鬼気迫った眼差をして、彼女の視界に入り込む。


「状況を冷静に判断しろ、君の意地や…矜持までが今や無用だ。こんなことは、月に来るまでの君ならば考えられないだろう?これが慢心でなく何と言う?君はムーンセルで大きな力を得たことで、弱者の戦い方を忘れているんじゃないか?慢心が何の役に立つ?君の真の目的はなんだ?」


少女は黙っている。動揺も怒りも浮かべず、ただ口を噤んでいる。


「間久部マキナ、君が宝具を使い敵を倒していたように――君には今…オレという武器(サーヴァント)が在る。オレを人として扱うな、今はオレを使いこなすことだけを考えろ」


忠実な従者の、心からの進言だった。だが、依然と少女――間久部マキナの眉間の皺は寄せられたままなのである。


「ふーん、じゃあ、武器は武器らしくへらず口とか叩かないで従順に動いてもらおうかな。あ、でもアーチャーを武器に戦うのは持ちづらいから、私の欲しい武器を投影してくれる?それで私が戦うから」



その言葉を聴いた青年(サーヴァント)…アーチャーは、思わず間久部マキナの頬を抓ってしまったのだった。本来ならばグーで殴りたかったとこだろうが。流石にそこまで大人気なくはないし、何より真摯で紳士なものだから。


「…くだらない意地を張るなマスター…!呆れてものが言えないぞ」
「なら言うな」
「いや、言わせて貰う。確かに君の身体能力は未だ、サーヴァントのそれに近い。だが、君はあくまで力持ちの人間なだけだ!それに――君の宝具を君が扱うならともかく、私の投影した武器で君が戦うより、私が戦った方が余程効果的なのは言わずもがなだろう…!」


アーチャーが自分で前置したとおり、やはりこの間久部マキナの頑強な態度はなかなか崩すことができない。こういう面倒な状況になると、すぐに相手から逃げ出すマキナの性質をよく知るアーチャーは、掴んだ肩を離さずに辛抱強く、しかしここぞとばかりに説教を。

その結果――ガミガミと口うるさいアーチャーも、聞いているマキナもムキになり、最早「アーチャーのバカ」「バカは君だ」等と低レベルな応酬になりかけたのだった。それとほぼ同時――


「待て待て。なにやら愉しそうに駄弁っているではないか。雑種ども」


月見原学園旧校舎の中庭に、黄金の光――そして金ピカのゴージャスなサーヴァントが現れた。


「雑種同士、低級な口争が似合いだと言いたいところだが――…」


その言葉通り、マキナとアーチャーをどちらも見下す視線のサーヴァント。しかしここで、アーチャーに焦点を定め、目を細める。


「何故か貴様の道化への言いようを見ていると無性に腹が立つ。表側でのことは思い出せんが、これだけは確かだ。その道化を罵倒する権利があるのは、この我ただ一人。以後は控えよ」


“思い出せない”――この黄金のサーヴァントは記憶障害に陥っているのだろうか。そして、今の話からするとその対象は――…


「所詮、忘れる程度の存在だろう。お前にとっての彼女とは」
「何…?」


マキナを背に、黄金のサーヴァントから庇うように――(サーヴァントがマスターを守るのは当然の挙動なのだが)アーチャーは、黄金のサーヴァントに臆すことなどなく、寧ろ非難の色を込めて視線と言葉を返した。


「彼女の窮地に最も役に立たないなど、サーヴァントとして失格だろう。いくら英霊としての格が高かろうと、貴様は及第点以下の使い魔だ。」


――どうやら、間久部マキナの本来のサーヴァントはこの黄金の英霊だったらしい。彼女の窮地――困っていた彼女に手を貸したのが、アーチャーだったということか。アンデルセンにも同様に評されていた、この黄金のサーヴァントは酷く不機嫌そうな顔をしたものの、不届きモノを誅するまでの怒りには未だ達しないらしい。


「…我の雑種(マスター)が、こんなに醜い筈がない。貴様らが言うように、もしも我がこの卑賤な小娘と契ったとすれば――表の聖杯戦争では、よほどのことが起きたのだろうな。」
「……………」


何かを言いたげに歯噛みするアーチャー。その表情は、何故か彼らしくなく酷く直接的な怒りが顕れており、まるで少年のような面持ちですらあった。だが、大人の殻(カレ)が、中身が溢れ出すのを塞き止める。


しかし――卑賤だの、醜いだのと、ティーンの少女に向かって随分な物言いだ。だが、言われた当の本人は然程気にしていないようである。その理由は、再び突然の闖入者によって明らかにされたのだった。

淫乱(いんび)なピンク(桜色)のスイーツ空間に包まれ――







「センパイ聞きましたか―!?ギルガメッシュさんに酷い言われようですね☆」


場の空気を一変させ――ない、とびきりのハイテンション。その声だけが、この場において異質に響き渡っていた。一触即発の空気を融解、決起者たちの緊張感を無慈悲に瓦解。校舎の全員に、等しい大ボリュームでお届けされている。最早何度目かの暴挙だが、ただ一人を除き、抗議の声を上げることは許されない。

黒い外套、大きな胸に大きな赤いリボンをした、美少女(しはいしゃ)の登場だった。


「BB…」
「センパイ、すっごくかわいいのに可哀相です!なんていうか…センパイのこと生理的に嫌ってるってカンジですか?蛇蝎の如く嫌われてるっていうか――あ、ギルガメッシュさんって蛇嫌いでしたし?ね。こんなにヒドイ男の記憶、消しておいてよかったでしょう?まあアーチャーさんも大概ですけど…まだ母親的な包容力はありますよねー」


気付けばBGMまでかかっている。人の慣れとは恐ろしい。こんなに耳障りな音だというのに、不愉快なまでに耳に馴染んでしまった。
ところでそんな傍迷惑を起源に持つかもしれない彼女によって明かされたのは…黄金のサーヴァント“ギルガメッシュ”だけでなく、どうやら間久部マキナの記憶も彼女によって消されたらしいという事実。


「ほーんとアーチャーさんの言うとおりです!本当に深い絆で繋がってるなら… ムーンセルが管理者権限で科した“お互いの記憶へのアクセス制限”なんてはねのけちゃってみせてください!そうしたら、BBちゃん、貴方たちのこと認めちゃうかもしれません」


ウインクをしたり、ぶりぶりと腰を振ってみたり。幾ら仕草ではワザとらしくおちゃらけて見せても、BBの目は笑っていない。寧ろ怨嗟に近いモノが宿っている。

それも当然か。ここまでの仕打ちを、暴虐を。ウラミもなくどうして成すことができようか?ただの一人の可憐な少女AIを限界の果てまでに突き動かした“情念(モティーヴ)”がある筈だろう。


「BB。前々から言おう思っていたことだが…君は方向性を大いに誤っている。君のアピールは逆効果にしかなっていないと忠告しておこう。」
「あれ?羽虫が何か喚いているようですね」
「…………」
「ってゆーか、アーチャーさんのサーヴァントヅラも大概ムカつくんですけど。貴方には一番、センパイのサーヴァントになって欲しくなかったのに…」


彼女の怒りは、そこに由来していたのか?
否、彼女がこの大惨事(まつり)を催したのは、それ以前のこと。そして…何故だか確かに彼女の怨嗟は――アーチャーだけでなく、黄金のサーヴァント…

そして間久部マキナにも向いている。


「存在が小さすぎて、すっかり意識の外でした。貴方がどの面下げてセンパイと契約したのか…厚顔無恥もいいとこですよね?まさか昔のこと、忘れちゃったんですか?!BBちゃん理解に苦しみます…!」


そうやってBBが言葉とウラハラに凄んでみせても、アーチャーの表情に動揺は一切見られなかった。他の誰にも理解の及ばぬ、彼なりの信念に拠るモノがあるのだろう。

BBは、それこそ先ほどのマキナと同様に小さく舌打ちを。本来は腹に据えかねることではあったのだろうが、無理やりにその怒りを噛み潰し、そうして、小さくため息を吐いた。こんなところで、こんな羽虫相手に、底を見せるワケにはいかないのだ。


「まあ、――いいです。アーチャーさんなんていう羽虫も、ギルガメッシュさんなんていうヒヨコも、どうでも!――いいです。せっかくセンパイのためにBBちゃんがじっくりコトコト煮しめた迷宮です。精々苦しんで、苦しみぬいて、悶えて、痴女みたいに大泣きしちゃってください。私は、センパイのことだけは絶対に許せません。譬え――時代も時空も超えて、何度貴方に廻り逢おうとも!――この想い(ウラミ)は消せませんから。

覚悟しておいてくださいね、センパイ☆」


そう言い残してBBは唐突に姿を消し、校舎の者たちを静寂に突き返した。

残された彼らにとっては、“一体何をしにきた”のか――…校舎のNPC達を恐怖に陥れ、マキナを脅し、二人のサーヴァントにダメ出し。マキナは頭を抱えざるを得ない。


「―――ほう。あの凶い女(よくないモノ)に随分と魅入られたものだな、道化」
「な……何をしたのかなあ…!私…」
「君は人間誑しの天才だからな。特に女性に対して効果が抜群だ。きっと知らずのうちに大勢の女性を泣かせているのだろうさ」
「ど、どんな悪女だよ…!私…」


まあ、確かに。
マキナにとっては無自覚もいいところなのだが、今このムーンセル上で数えられるだけでも、約10人の女性に何らかの好意を抱かれている現状を考えれば――アーチャーの皮肉もあながち的を外していないのだが。

溜息を吐いたマキナに、しかし休む暇は与えられない。


『マキナさんは悪女ですよ?間違いなくね。だって僕のことも泣かせる気でいるでしょう?』
「いやいや…総主は泣かないし、泣いても私関係ないし」
「マキナさん、総主ではなく会長です。そしてプライベートではレオと呼んで下さらねば」
「善処します会長」


にこにこと爽やかな笑顔を浮かべるこの金髪の少年が、この裏側に来てからどうも腹黒(ぶらっくすとまっく)な感じがしてならない。マキナは敢えて彼の映像に対して視線を合わせなかった。


『それはともかくも、一度戻ってきていただけますか?ユリウス兄さんが…須江部さんとそのサーヴァントの位置を特定したみたいなので。改めて、この後の展開を話し合いましょう』


生徒会長(リーダー)からの帰還指示。不本意ながら、月海原学園生徒会の中で『総書記』とかいうよくわからない共産主義圏の最高権力者みたいな役職を割り振られているマキナは
彼の指示に従い、生徒会室へと戻らなければならないが――…

紅い弓兵のお小言はまだ終わらないようだった。


「君とはまたマイルームでじっくり話し合わなければならないが…マスターの魔力供給は、はっきり言ってお粗末過ぎる。スキル頼りで魔術回路を鍛えてこなかったツケだな。質は良いといっても数は少ない。」


間久部マキナのサーヴァントとしてのステータス…魔力は最低ランクのE-。ここに表されるように、マキナの魔力供給量は少ない。だがしかし、同様にサーヴァントのスキルとして“永久機関(偽):EX”という破格の能力が備わっていたため、今まで魂の改竄でも幸運値と共に捨てステにしてきたのだ。


「…じゃあ恥を偲んでお願いするけど…私を鍛えてくれないかアーチャー」
「ああ、喜んで教導しよう、君がこの無謀な行軍をやめるなら大歓迎だ。君の魔力供給が侭ならなければ、私も本領が発揮できないからな。……かくなる上はあの方法で供給することになってしまう」


今日何度目かだが頭を抱えたアーチャーに、マキナは小首を傾げる。


「あの方法?」
「……いや、それを今考えても仕方がない。まずは鍛錬だぞマスター」


それもそうだと、自身の予定のどこに鍛錬の時間を組み込もうかと早速思案を始めるマキナ。アーチャーも同様に、短期間での効率良い手段を思索する。

そんな二人を見たギルガメッシュが、何を思ったのか口を挟む。


「貴様のような二流の輩に師事する道化が憐れだな、贋作者(フェイカー)」
「そう思うならばお前が指導するか?」
「はっ、我がこの小娘を?そんな暇があったら我は帰って寝るわ。あのAIめがなんと言おうと、そして言うとおり、我はこの女が好かん。この女が破滅の一途を辿ろうと、我には何ら関わりのないこと。尤も――ここにいる貴様ら全員が死滅しようと、どうでもよいことだがな。」


そう言い捨ててギルガメッシュは霊体化。アーチャーは、彼の消えた痕を一度睨むのだが、やがてマキナと共に校舎へと戻って行ったのだった。



(…)
(2013/9/24)





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