from Mayhem(Reboot):03


――金髪碧眼の少年。


「覚えてますか?もう8年も前になりますか…。一緒に弾きましたよね、この曲」


赤い月海原の制服を纏った、この少年を、


「アーヴィングが連弾用に楽譜を書いてくれたんでした」



私は知っている。誰もが知っている。“会いたくなかった”などというには既に行動が無防備すぎるが、それでも心情的には矢張り、顔を合わせたくはなかった。傷だらけのグランドピアノの縁に置いた手を滑らせながら 少年は屈託無く微笑み、躊躇なく私へと歩み寄る。私の前に立ち、尚満面の笑み。

しかし、ふと何に気付いたのやら――
(少なくともギルガメッシュに、ではない)
虚を突かれたように目を丸くし、自身の口元に手を宛てた。どうやら問題は彼自身の発言にあったらしい。


「………おや。これは失礼しました。マキナさんにとって嫌な記憶を思い出させてしまいましたね」


――そんなことを気にしていたのか。という驚き。自分自身ではその考えに思い至らなかった。要するにそれは“嫌な記憶”ではない。気にしていないということなのだが。まあ、一般人の感覚からすれば気にするか。視界の端に、ギルガメッシュが眉を顰めたのが見えた。


「貴女を殺そうとした男の話をするなんて…僕としたことがデリカシーに欠けていました」
「別に。そんなの、私も貴方も日常茶飯事じゃないですか」
「ええ―――、ですが」


そう言いながら、レオは少し身を乗り出し、私の顔を覗き込むようにして続ける。


「僕にとって“大したコト”じゃなくても、貴女にとって大事じゃないとは限らない。
 僕たちが出会ってもう12年が経ちますが…僕はまだ貴女のことを知らなさ過ぎる。
 これから先はまだまだ長い。知らず知らずの内に貴女を傷つけないようにしたいのです」


―――嫌な雲行きになってきた。

“長い付き合いになる”
私はこの言葉に拒絶反応が起きるようになってしまっていた。猛烈な逃走願望に駆られるのだ。今まで何度も何度も耳にした言葉…だが、この少年のは重みが違う。この少年の言葉に逆らうということは、即ち世界の少なくとも半分を敵に回すということなのだ。

胃が重いし、嫌な汗もかいている。ギルガメッシュの視線も、感じる。それでも折れはしない。折れることには、恐怖よりも苛立ちが勝るからだ。


「…総主。私は…」
「ストップ!」


唐突な制止に、思わず数度瞬く。目前に突き出された手のひらに思わず息を呑みながらも、意味を目で問う。


「マキナさん。貴女がただの部下ならば、僕をそう呼ぶことを咎めはしません
 ですが…いつまでもそう呼び続けるワケにはいかないでしょう。」


来る。(本当は今すぐここから逃げ去りたい。)
私の胃を一層重くする言葉が来る。否、別に逃げてしまったっていい。こんな虚構空間(バーチャル)での会話なんて何の効力もないんだし。今までずっと聞かないフリをして、逃げてきたんだし。


「何せ、貴女はもう5年と経たない内に、僕の妻となるのだから。」


でも足が動かない。
心の底でもう逃げるべきでないと考えているのかそれともレオの威圧(オーラ)に足が竦んでいるのか。

胸を大きく上下させないように、息遣いが聞こえないように。静かに静かにゆっくりと深呼吸をした。今日に限ってこんな陳腐(あくしつ)な脅しが効いているとは思わせたくない。いつもは軽く受け流しているから余計にだ。視界の端のギルガメッシュの表情が見えない。代わりに別のサーヴァントが視界の中へと一歩進み出た。


「レオ。まさか彼女が…」
「ええ、マキナ・カラミタ・グラタローロ。彼女は僕の婚約者です。」


彼はレオナルド・ビスタリオ・ハーウェイのサーヴァント。剣の英霊、彼の有名な円卓の騎士・ガウェイン卿。レオは彼を召喚してから一度も霊体(アストラル)化させたことがないようで――その大胆不敵さはレオ自身の器のみに因るものではなく、ガウェインが憚る必要も無い程の圧倒的優位性能のサーヴァントであることの証明。並居る神話逸話の英霊の中で彼がどの程度の位置にいるのか私には量りえないのだが――…他の参加者たちの反応からすると矢張り相当なものらしい。正に世界の支配者たるレオに仕えるに相応しいサーヴァントなのだ。この白銀の鎧を身に纏った騎士は。

………私のギルガメッシュはどうなんだろう。私は民俗学に精通しているワケじゃないから一般的な知識しかない。他の参加者達がギルガメッシュを見たらどういう反応を示すのか。ちょうど今、一人の参加者の目に触れさせてしまったので、もしかしたら評価が聞けるかもしれない。

家具を一杯持ってるサーヴァント…。自称・英雄の中の英雄王、絶対にして始まりの王とか。

―――と、いけない。
つい現実逃避で思索に耽ってしまった。私の悪い癖だ。目の前の難題は自ら去ってはくれないのだから。


「そろそろ慣れてください。でないとこの先苦労しますよ?」


涼しい顔でレオは言う。そんな表情を見ながら、慣れても苦労は多そうだと思わずにはいられない。


「…総主。私は貴方と夫婦にはなりません。」
「いいえ、なります。それが世界の安寧へと繋がるのですから、貴女は僕の妻になるべきだ」


総主と呼びながらもだからこそ命令に従わず、先ほど遮られた言葉をもう一度意を決して紡いだのだが…即答で否定され面食らう。いつになく強引な印象を受ける。無断で聖杯戦争に参加していたことを憤っているのだろうか。ハーウェイ総主として、それこそ未来の夫として。


「“アリシア・レナード”女史の二の舞は御免被ります。」


そこまで高圧的にこられては、反抗したくなるのが人間の性(サガ)。つい売り言葉に買い言葉の調子で、逆に私が、先の彼と同じように彼にとって敏感かもしれない単語を口にする。だが、やはり彼も私のように何の表情の変化も見せずに応える。


「……。貴女が“アリシア・ハーウェイ”と同じ末路を辿るかどうかは、貴女の行動次第だ。幸い、根無し草の貴女は“彼女”と違って何の頚木も無い。 守るべき家柄もなければ“高貴なる者の務め(ノブリス・オブリージュ)”もない。守るべき家族すら、最早残されていない。――僕には理解できません。合理主義者でもある貴女がハーウェイのもとに下らない理由は何なのです?」


随分に言い返してくれたものだが、怒りは感じない。まるで反証の余地の無い 事実だからだ。


「私にとっての合理ではないからでしょう。」


レオの目に鈍い光が宿る。私の言葉尻を捉えたのだ。レオのすぐ後ろに控える白騎士はあまり表情を変えずともその目からは先ほど一度私に向けたような友好的な色が消え、私たち二人の動向をじっくり窺っている。恐らく私という人物を彼なりに見定めようとしているのだろう。間久部マキナが、レオナルド・ハーウェイに相応しい人物足りうるか…必要とあらば従者として主君を諌めるために。

それならば好都合だ。今、彼の印象を悪くしておけば一人味方をつける事になる。


「貴女にとっての合理ではない?僕はてっきり――何の憂患なく貴女の本分に取り組むことの出来る環境が最適で、それを阻む障害を除く手間を省けることは最大の合理だと思っていたのですが。そしてそれが実現できるのはハーウェイのみ」


レオの瞳は最早14歳の少年のモノからはかけ離れて酷く暴威的だ。“獅子王(レオ)”の名に正しく相応しい。


「貴女が僕の妻となってくれるなら、貴女の身の安全はこの僕がハーウェイの名に懸けて保障します。ですが、もしも貴女が拒むというならば――」


もしも、ならば――?
その回答が聞きたかった。彼自らの口から発せられる言葉で。ハーウェイは私にどう対処するつもりなのかを。


「管理(コントロール)できない技術(かいぶつ)は人間の手に余る。ならばいっそ、失くなってしまった方がいい。お分かりですね?」


ああ、当然だ。理解している。既にそれを何人が実行に移そうとしたのだ?

全く予想を裏切らない回答だ。だがそれを聞きたかった。寧ろ曖昧に明言してこなかった今までが気持ち悪かった。


「世界を巡礼している内に貴女が死に至らしめてきた人間の数は最早十億に達した。今、僕たちがこうしている間にも増え続ける。無辜の人々を、貴女の我侭が蹂躙しているんだ。正直、テロリスト達よりも性質(タチ)が悪い」


――それがどうした。私の巡礼(とうそう)は誰にも止めさせない。

自身の表情は自分では見えないが、しかしふと眉間に皺がより奥歯をきつくかみ締めていることに気付く。もしかしたら、無意識にレオを睨んでいたかもしれない。憎しみなどは、微塵も抱いていないのだが。

そんな私の様子をどう取ったのか―レオは私と逆に、軽く息を吐き、緊張を解いて微笑んだのだった。


「――そういえば、まだ正式にプロポーズしたことはなかったですね。」


まるで今までの会話(脅し)などなかったのように。社交場で、いつも私の前でするように。レオは目前で跪き、そうして胸に手を宛て私を見上ぐ。


「ミス・マキナ。どうか僕の――」
「ふっ、ははははははは…はははははは!!」


レオの最後通牒(プロポーズ)は皆まで言うこと叶わず。突如のギルガメッシュの大笑に掻き消されたのだった。

そして、距離感が何かおかしい。レオは目の前にいた筈なのに、最早手を伸ばしても届かない位の位置にいる。その代わりにギルガメッシュの笑い声がすぐ真上から聞こえてくる。そして私の 両足が落ち着かない。ぷらぷらと宙に揺れている。

どうやら私は今、ギルガメッシュの右腕に抱えられているらしい。相手を失ったレオは、表情は変えずにゆっくり立ち上がる。


「酷い求婚(プロポーズ)があったものだ。流石の我も聞いて呆れたぞ」


“流石の”か。流石の彼も少しは自覚があるのか…ところで“離して”との意思表示にギルガメッシュの腕を押し返しているのだがびくともしない。私は暫くこの不安定な位置にいなければならないらしい。


「マキナよ、お前はつくづく男運が無いな?まあ―――我という大本命がいるのだから甲斐無きことだが」


そして未だくつくつと嗤いながらそう耳元に囁きかけてくる。つくづくって何だ。一体コイツが私の何を知ってるというのか?未だ会って10時間も経たないというのに。っていうか、大本命って何だ。っていうか、くすぐったいから耳やめてほしい。


「まだまだ青いというべきか…折角の容姿も王気(オーラ)も台無しよな?女を追い詰め、手に入らねば殺すと脅すなど、まるで醜男(しこお)の所業ではないか」


そして遂に我がサーヴァントは思いもよらぬ形で敵との戦闘を始めた。マスターからの指示もないというのに。


「伴侶となる女の思想(おもい)すら汲み取れんようでは、貴様の治世も知れたものだ」


く、汲み取っていたのですかオマエは…?とてもそうは思えないのですが…。アナタ暴君じゃないですか…。
さっき“我の考えに従うのが貴様にとって最良の選択”とか何とか。私の意見ガン無視だったのに、何このダブルスタンダード。


「そして求婚はこの女以外の者にするがいい。二度は許さん。」


妙な、プレッシャー。今度ギルガメッシュの口から放たれた言葉は、文字通り重かった。言葉の意味よりも、その口調がそれこそ暴威的だった。流石はレオもギルガメッシュも王者なのだと実感させられる。彼らの言葉は、表現あらわしようなく、抗いようなく、重いのだ。

レオは静かにギルガメッシュを見据える。そしてガウェインは、今度こそ目に剣呑な色を浮かべて牽制しにきている。重心を落とし、いつでも剣を抜けるようにして。しかし、ギルガメッシュは憚りなく続ける。


「この女は我が宝物庫(くら)であり、人類の黎明期より既に我が手中(エアンナ)に在る。我の財を奪おうとは、それ即ち我に対する最大の不敬ぞ。」


―――。本当に、ワケの分からないことを言う。この人は。“何年待っていたと思っている”とか、“貴様のことは、貴様よりも我のほうがよく知っている”とか。“我が半身”とか。

本当に、まるで本当に私の知らない私を知っているかのような発言。だからこそ、私を誰かと勘違いしているんじゃないかという疑問が払拭できずにいるのだが…。


「あの、えっと、私あなたのものでもないんですけど…」


無言を肯定と捉えられても困るので、とりあえず否定するも、たわけと一蹴されてしまった。話し終えるまではギルガメッシュを見つめていたレオだったが
いざ終わると 彼は気を取り直したかのように、改めて“私”に向き直る。


「マキナさん。貴女の力は安定した絶対的権力のもと制御されなければならない。貴女は、人類の願望を、未来を形にしかなえてきた…それこそ“小聖杯”なのですから。このムーンセル同様にハーウェイが管理しなければ。」


ある意味、ギルガメッシュの言葉を無視するような振る舞いだ。この世界最古の英雄王を称する男に対し、まるで取るに足らぬ民草への態度の如く。そしてそこに、ギルガメッシュが更にの追い討ちをかける。


「案ずるな小僧。この女は我が管理する。コレは貴様の手にすら到底負えん代物だ。」


はあ、と溜息を吐くレオは珍しく、僅かに。ほんの僅かな違和感程度の苛立ちの色を滲ませる。相手がギルガメッシュだからだろう。気圧されることはなくとも、流石のレオも歴史に名の残る英雄を前にしてはストレスを感じざるを得ないということか。


「人類最古の英雄王…ギルガメッシュ。貴方の偉大さを疑う余地はありませんが、既に役目を終えた死んだ貴方がそのような野心を抱くのは健全ではありませんね」


死人が現在(いま)に口を出すなという反論は尤もだが幾分辛辣だ。今ココに私に沸き起こったのは焦燥である。考えようによっては、立て続けの不敬。その言葉は、今度こそギルガメッシュの怒りを買いやしないか――…

だが。


「………」


見上げたギルガメッシュは、何故か不敵そうに笑んでいた。眉一つ傾げることなく、先程から殺気は顕に、だが、悠然とレオを見下ろしていた。

その笑顔の意味は何なのだ?よもや、彼が“死人”ではないということはないだろう…?ギルガメッシュ王は、生を終え、次代の王に国を譲った筈だ。

笑顔の意味は、私にも、勿論レオにも分からないだろう。今やの一触即発の場の空気に、このまま争うのは得策ではないと判断したのか。


「興が削がれてしまいましたね。続きはまた今度にしましょうか」


主君の合図一つあれば今にも飛び掛りかそうな気迫のガウェインを制し、改めて私に笑いかけるレオ。


「今度こそ僕のことを名前で呼んでくださいね、マキナさん」


それでは。と軽く会釈してレオとガウェインは音楽室を去る。その後姿を見送り、戸を閉めたところで一度音楽室を施錠(ブロック)した。今、新たな侵入者は御免蒙る。


「あのさ、ギルガメッシュ」
「む?」
「そろそろ降ろしてくれませんか?」


私は鳥ではないのでそろそろ地に足を着けたいのだ。


「ああ。」


そしてギルガメッシュは、意外に私をそっと床に降ろしてくれたのだった。思わず黄金の鎧に手を突いてバランスを整えても何も言わずに。


「……………。」


レオからのギルガメッシュ評は、結局大したものが得られず。『偉大な世界最古の英雄王』という触れ込みは単なる自称でないのは確からしいが…


「何だ?」


何を考えているんだろう。
何故、私のところに召喚されてきたのだろう。
この人は。


「……時々ワケわかんないこというよね。ギルガメッシュ」


依然、悠然と哂うギルガメッシュは口を割りそうに無い。


「時々?貴様にとっては常にであろう。貴様が我を真に理解するにはまだ日が浅すぎるからな。」


そうか。
聖杯戦争が終わるまでには少し理解できているといいのだが。


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