from Mayhem(reboot):01


「……………。」


ゆっくりとその身を起こす。
思い出す。“自身の髪が長かったこと”。そして、気を抜くと凄いことになることを。
思わず後頭を抑えるが、幸いきわめて行儀よく眠っていたらしい。
簡単に手櫛で整えるだけで、人目に触れても恥ずかしくない髪型に収まった。
そうだ、ここからはアバターを慣れ親しんだ自分本来の姿に変えたんだった。

あまり寝心地の良くないベッドに眠っていた自分の目にまず飛び込んだのは
清潔感のある生成りのカーテンに差し込む光。
聞こえるのは学校の校舎特有の喧騒。

私はムーンセルの聖杯戦争に参加した。
予選を勝ち残り、本選に進んだ記憶がある。
だからここは本選会場なのだろう。場所は全く同じ校舎のようだが――確かに明らかな違いがある。
参加者(ゲストユーザー)に許されている権限(パーミッション)が、予選の時より増えている。



 “おめでとう、間久部マキナ”



そんな陰鬱な声をした神父の祝福に――



  “光あれ――”



差出人不明の祝辞を受け取ったことも覚えている。
間違いない。私はようやくスタート地点に立ったのだ。

――しかしなんだろう、やけに違和感を感じる。

何かのプロトコルに酷く手間取った気がする。
時差ボケのような感覚だ。
ブランク・セグメント(空白)の時間があり、その間に何をしたのかが思い出せない。
そう、頭を抱えていると――


「あ…センパイ。目が覚めたんですね」


シャッ、とカーテンが引かれる軽い音がして、
その向こうに白衣を纏った小柄な少女が顔を出す。
彼女は――自分、間久部マキナを見るや否や、
最初心配そうだった顔を見る見るうちに綻ばせていく。
そう、彼女が本当はAIであるということも忘れてしまうような笑顔だった。

彼女はゆっくりと歩を進め自分に近づくと、顔を覗きこんできたのだった。
間桐桜、彼女は参加者たちの健康管理(ヘルスマネージメント)AI。
網膜走査で中(パーソナルデータ)の状態を確認しているに違いない。

しかし、なんだろう。
元々愛想は良い少女のNPCだったが、
こんな零れるような笑みを浮かべてくるような子だったっけ?
予選と本選で仕様変更があったのかもしれないが…。


「大丈夫ですか?保健室に入った途端、センパイ倒れてしまって…」


保健室で倒れた…?そうだっけ。
本選の参加者情報登録以降の記憶が正直言って思い出せない。


「でも、倒れるにしてもここまでたどり着いてから意識を失うなんて…センパイらしいです」


記憶をどうにか呼び覚まそうと集中しすぎて、
彼女の言葉を聴いていなかった。
ハッとしてまた桜に視線を合わせると、
何をどう勘違いしたのか、桜は少し顔を赤らめ狼狽しはじめる。


「えっと…その、安全な場所にたどりつくまで持ちこたえたところ…っていうか…
 その抜け目のないところ、完璧主義者なところがセンパイらしいっていうか…
 あっ悪い意味じゃないんですよ?それに――…」


独り言のように、しかし自分を上目遣いで見つめたまま
桜はもじもじと言ったのだった。


「私のいる保健室を“安全な場所”と
 センパイが無意識に思ってくれていたなら…凄くうれしいなって」


……む?
なんだろう、羞恥で顔を赤らめていたのかと思えば
何だかそれ以外の理由が
彼女の頬を赤く染めている気がしなくもないんだけど…
いや、きっと 気のせいだろう。
彼女は全てのマスターに平等な上級AIのはず。
きっとセラフがマスターのメンタルに
より良いケアを与えるために付加した設定だろう。

それはそうと、そろそろ起きようか。
目覚めたのにいつまでもベッドの中に座った状態で
話を続けるのも、彼女に失礼な気もするし。

そう思い、腕を支えにして上体を前屈みにした時に、ふと気になることがあった。
胸元に手を宛てる。


「どうしたんですか?先輩」
「―――…」


――ない。
ココにある筈のものが、“やはり”無い。


「…桜、私、ペンダントどこかに落としてなかったよね」
「先輩の――…?いえ、先輩がココに来た時には何も…」
「そうか、ありがとう」


着けてなかったのなら、やはりココには持ってこれなかったのだろう。
予選の時にも確かに無かった。
ただ、それは予選での使用制限を超過していたが為に
一時的に取り上げられたのだとばかり思っていた。

それも当然か。
何しろアレは、このムーンセルと同じ素材である“光子(フォトニック)純結晶”。
人間一人分の霊子データを優に超える容量の蓄積きおくだ。
元よりダメ元で霊子化して持込を試みたものだし
アレがなくても聖杯戦争に支障はない。
ただ、常に身に着けていたものだから、無いと少し落ち着かない程度だ。


「――ダメです。SE.RA.PHの管理ネットワークに問い合わせましたが
 ロストデータの中にはセンパイの固有IDを持つもの、
 ペンダントの形状のものともに見つかりませんでした。」
「…わざわざ調べてくれたの?、管轄外なのにごめんね」
「い、いえっ…!センパイの為ならこれ位のこと――…」
「――ありがとう」


桜は、何か失言でもしたかのように、ハッとして口を押えたかと思えば
慌ててその両手を目の前でぶんぶんと振り、苦笑いで取り繕おうとする。


「で、でもっ!すっかり調子が良いみたいで安心しました。
 これならちゃんと、すぐにでも活動できそうですね!」


気を取り直した桜から、続いて現在の状況について簡単に説明を受け、
情報端末、そしてマイルームへの認証鍵を貰う。
監督役AIである「言峰綺礼」に会い、聖杯戦争のルールも確認するよう言われた。


「それはそうと――…センパイのサーヴァントが
 屋上でセンパイのことずっと待っているみたいなので、
 早く会いに行ってあげてくださいね。
 本当はマイルームにセンパイを連れていきたかったみたいなんですけど…
 まだセンパイに認証鍵IDを渡す前だったから入るに入れなくて」


―――――――
―――――――
――――…?


「でも、マイルームで休むより、
 健康管理AIである私がセンパイを直接診た方が早く回復しますから
 結果としては、よかったと思うんですけど…」


一瞬聞き間違いかと思ったが、どうもそうは思えない。


「えっ――…サーヴァントって…?」


サーヴァントが待っているって、どういうことだ?
間久部マキナにサーヴァントはいないはずだ。


「まさかセンパイ――…記憶に混乱が起きていますか?
 もしかしてSE.RA.PHからの返却に不備が…!?」


不備、不備といえば確かに僅か1セグメント程度のブランクは気になるといえば気になるが
そもそも返却以前に予選時に自分は記憶を取り戻していたワケだし、関係ない気がする。


「いや、そういうわけじゃ……ないと思うんだけど…」


しかしこの様子だと桜もこの謎の真相は知らないようだし
まずは行くだけ行ってみようか、屋上に。


「ありがとう、とりあえず行ってみるね。桜」


自身の寝ていたベッドを整えようとすると、慌てた桜に制止された。
自分がやっておくから、と、背中を押されて保健室を出たのだった。


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