Ordinary±(0)

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「道化」



その呼びかけに、マキナが振り返る。腕に何枚ものシーツを抱えていたので、向きも斜めに相対して相手の顔をじっと見た。



「はい?」
「我に渡し忘れているものがあるだろう」
「…? そんなものありませんが」



首を傾げて端的に答えるマキナ。恐らく予想外の回答にも動じず、偉そうに腕組みをし、踏ん反り返る金髪の男。その二人の様子を各々、別の場所で眺める男も二人。

何の動揺も表さずにじっと自分を見詰める少女に、男も余裕の笑みを崩さず、見下ろし返し、続けて言った。



「献上を許す」
「だから、そんなものはないです」



洗濯場に行こうとしてその歩みを阻まれていたマキナは“お前と戯れている暇はない”とばかりに、男の顔から視線を逸らして前へ――…は、やはり進ませてはくれなかった。立ちはだかる男の表情は、遂に剣呑な色が滲み始めていた。



「…今日は何の日だ?言うてみよ」
「今日は──…王様が北西の島国に向けて遠征するって言い出したら長老達にダメって言われて機嫌が悪かった日…かな?」
「…」



何故そんなことを知っている。とは最早言うまいが。自分でも覚えていないようなことを、まるで見てきたかのように言うマキナ。適当に言っているワケではないらしい所が始末に終えない。

ギルガメッシュが面白くない顔をしている内に、マキナはさっさと横を通り過ぎて行ってしまう。そうして洗濯場に消えていったマキナは、その内教会からも姿を消したのだった。











定期を使ってバスに乗り、最寄のバス停で降りてからは、心なしか目的地へと向かうマキナの足取りも軽快だ。

やってきたのは穂群原学園。生徒達の好奇の視線を浴びながら、それを意識に入れないように努めて先へ進む。一階分、階段を登りきったところで、その踊り場でマキナは“一人目”に出会った。赤みがかった茶髪の、スパナの似合いそうな少年だった。



「やあ、衛宮士郎。息災か?」
「あ、ああ…おはよう間久部」



表情は笑顔。だが手を上げたその動きは機械のようにぎこちなく…何故だかどうにも胡散臭いのは何でなのか。未だにフルネーム呼びだし。とはいえ、基本的に害はない少女だ。警戒心は抱かずに、士郎は少女の動向を見守った。ガサゴソ、と手提げ袋を漁った挙句、マキナはお弁当箱位の包みを取り出した。



「早速だけどこれ差し上げます。お納め下さい」
「え?あ……さんきゅ。そういや今日バレンタインデーだったな」
「はい。ソレ、色々詰め合わせな徳用です。セイバーさんと一緒にドーゾ じゃ。」



 ああ、ありがとう。アイツもきっと喜ぶ…と次に言いかけた士郎だったが、既にマキナは別れの挨拶代わりに一度手を揚げ、さっさと別の人間を捕まえに行っていた。登校中の生徒で賑わう中、堂々と行われたチョコの手渡し。士郎の横を通り過ぎていく生徒達は例外なく、士郎とチョコを凝視している。今のやりとりでは、あくまでこれが義理チョコであることなど誰の目にも明らかだっただろうが、マキナ自身が人目をひき過ぎる容姿の為、こうしてマキナが去った後も、今尚執拗に注目されるのは仕方のないことか。

漸く、自身の教室へと歩み出した士郎を…背後から黒い視線でじっと見詰めていた後輩の少女の存在に士郎は気付かなかった。否、恐らく深層意識が気づく事を拒否していた。

そうして早速2-Cの教室に辿りついた士郎は、今の光景を目撃したクラスメイト達に、或いはからかい尽くされるものではないかと覚悟していたのだが――…



「間久部!僕に渡すものがあるんじゃないか?」
「(…王様と同じようなこと言ってる)」



その心配はいらなかった。何故ならもっと刺激的な光景が此処に展開している。自分の時とは違って少々不機嫌そうにして、マキナが自分の友人と向かい合って仁王立ちしている。一瞬、“お前に食わせるチョコはねえ!”などと一蹴されるのではないかと士郎は懸念したが…意外にもマキナは先の手提げ袋を探り出したのだった。

窓辺に寄りかかってその様子を満足そうに見ている慎二を見て、彼の身に災いが降りかからんことを、士郎はささやかながら願った。やがてマキナが取り出したのは、士郎が渡されたそれより小振りの包みで…士郎のものと同様、小奇麗にラッピングがなされていた。その包みを見て、何を勘違いしたのか慎二が目の色を変え歓喜する。



「ハッ……まさかとは思うけどコレ、本命ってや…」
「はい、コレ ワカメチョコ。 オラ食えよ今すぐに 謹んで喰え」
「もが!?」



あろうことか、間久部マキナという魔女は、その箱を間桐慎二に手渡すかと思いきや、彼の口に押し込み始めたのだった。そしてその勢いもかなりのもので、ぐいぐいと押された間桐慎二はあわやこれ以上押されれば窓から落下しかねないほどにエビ反っている。と、いうか。ワカメチョコとは一体なんなのか。ワカメのピューレでも入っているのか、それともワカメを象っているのか――“ダンボール肉まん”なんてものがこの世に存在するのだから 厚紙で包まれたチョコなんてチョコまんみてーなもんだろとでも言いたげに、間久部マキナは容赦なく、間桐慎二の口の大きさも考慮せずに箱を押し付ける。



「ああ…いいね…。年下じゃないって素晴らしいね」



やがて、飽きたのか。それとも時間が勿体無いと判断したのか――間桐慎二の口の拡張工事を諦めた間久部マキナは…そんな、謎のセリフを残して。そして清清しい顔をして教室を後にしていったのだった。士郎は、口がヘンな形に広がって未だモヒャモヒャ言葉にならない声を発している慎二にドンマイ、と労わりの言葉を掛けてやった。









「一成!…さん」



さて。次に間久部マキナの犠牲になるのは誰なのか…運悪くも捕まってしまった“3人目”は、穂群原の歩く良心こと柳洞一成だった。そして――…何の名残か一度間違えて名前を呼び捨ててしまったマキナは、慌てて敬称を付けてから、一度気持ちを落ち着かせるように深呼吸した。思わず呼び捨てにしてしまったのも、マキナが彼に少なからず親愛の念を抱いているから…なのだが、そんな念を抱かれる覚えはこのお寺の子には一切無いのである。

一瞬、間違いなくい呼び捨てにされたことを不審に思いつつも、しかしまだ付き合いの浅い彼女に対して、遠坂凛と同じように扱うのも如何なものか。一成は歩みを止め、彼女の到来を黙して待った。



「いつもお世話になっております」
「これはどうもご丁寧に…」



しかも、笑顔で自分の前まで走りよってきたかと思えば、相変わらず世話らしい世話もしていないというのに、この態度だ。深々とお辞儀をしたマキナに、一成も釣られて一礼を。そしてまるで取引先に菓子折りを手渡すような動作で差し出されたソレを、一成も何の違和感も無く受け取ってしまったのだった。頭を上げたところで、やっとそれがなんなのか悟った一成だったがもう遅い。



「お茶が好きそうだっていう偏見から宇治抹茶をふんだんに使ったチョコです」
「まさか…間久部さんの手作りですか?」
「ええ、そういうの嫌いだったらスミマセン、狗にでもやってください。あ、鳥はダメですよ!」



“嫌ではない、ありがたく頂戴する”と言った一成の返事を聞くのもそぞろに、既にマキナは手を振りながら去っていっていた。狐狸にでも化かされたような顔をしたまま、一成はマキナを見送り、そうしてその後、手渡された包みを見遣った。



「(相変わらず掴み所の無い女人だな…)」



ああして一成の前では礼儀正しい彼女だが、そんな彼女が…かの遠坂凛と同様に、裏の本質があるだろうことを一成も感じている。裏…というよりは裏と表がごちゃまぜになったような人間性。“茶が好きそうだという偏見がある”と正直に白状してしまうところなど、可愛げが無いとは言えない。とはいえ、それが好意に繋がるようなことはなく、あくまで“悪女にしては正直で感心”という程度なのだが。

首を傾げつつも、その悪女からのプレゼントを無下にすることはなく、聢と手にしたまま一成が教室に入ると――…



「まさかお前が本命だっていうのか…!?」



どうやら自分のよりも装飾が高級そうに見えたからなのか。見当違いな怒りをクラスメイトから向けられ、一成は続いて眉根も傾げる。そもそもこの間桐慎二という男は、別に彼女が好きなわけでもないだろうに…相変わらず一般常識とは乖離した価値基準を持っているようで度し難い。



「そんなワケがあるか、彼女に婚約者がいるのはお前も知っているだろう」



“婚約者”という単語を聞いて、士郎は苦笑いをする。あの、ありとあらゆる意味で問題アリアリな婚約者の顔を思い出しつつ、戻らない彼女が次に誰をターゲットに奔走しているのかを考えた。


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