キスをする

ぐにゃりと、視界が揺らいだ。先程食べた昼飯に何か毒でも入っていたのだろうか、と焦るが、揺らいだのは私の頭ではなく足元だった。べべべんっと奇妙な音が鼓膜を揺らした。

「わ!」
「む?」

驚きで声を上げ、目を瞬かせる。
目の前には、先程隣を歩いていた筈の煉獄さんの顔がお互いの鼻先が当たってしまう程近くにあった。

「は、?」

目の前の煉獄さんも驚いたように、元々大きな瞳を見開き私の顔を見ていた。

私達は鬼の血鬼術かは分からないが、大人2人がギリギリ入れるであろう狭い正方形の空間に閉じ込められていた。あり得ないほどの密着度に顔を赤らめる。地面に尻を着き座っている煉獄さんの上に跨っている私。所謂、対面座だ。
ひぇ、と情けない悲鳴が口から溢れる。何故こんな体勢に。きっと私が上手く受け身を取らなかった所為だ。

「す、す、すいません。」

すぐに、退きます、と恥ずかしさと混乱で何度も噛みながら言えば煉獄さんは、むう、と唸る。
何とか、この状態から体勢を変えられないものかと動こうとするが、狭すぎて無理だった。ごそごそと、煉獄さんの上で動いていたら、あまり、動かないでくれ、と言われピタリと身動ぎするのをやめる。

「れ、煉獄さ、ん。すいません。」

どうしよう。どうしよう。師範である彼の上に乗るなんて、なんて事を。どうしよう、と、そればかり頭の中でぐるぐる周り、最速まともに状況を把握出来ずにいた。

何故こんな狭い所に閉じ込められたのか、鬼の血鬼術なのか。

必死に混乱する頭で考えるが間近に聞こえる煉獄さんの息遣いに、心臓が早鐘になり体温は上がり、まともに考える事さえままならない。ああ。未熟だ。なんて未熟なんだ、と真っ赤になった顔を俯かせた。至近距離で密着し、動く事さえ出来ない状況では赤くなった顔を目の前にいる煉獄さんに隠す事なんて出来なくてただひたすらに羞恥心に耐えるしかなかった。

「成也」
「は、はひ、」

聞いた事もないような近さで煉獄さんの低い声が鼓膜を揺らし、何とも情けない返事をしてしまう。

「いささかこの体勢は良くない。非常に良くない!よもやよもやだ!」

いくら師弟と言っても交際をしていない妙齢の男女が密室でこの体勢は非常に良くない。君も嫌だろう。すまない。
そう言った煉獄さんに、ふるふると必死に首を横に振った。

「にしても一体何が起こったのだろうな。鬼の気配はしなかったが。君は何か感じたか?」
「い、いえ、私も鬼の気配は感じませんでした」

どうしましょう。困ったようにお互い顔を見合わせた。この狭さでは刀を抜く事も出来ないので、壁をドンドンと力の限り拳で叩くが壊れそうにもない。

すると真っ白だった筈の壁に急に文字が浮かび上がった。

『接吻しないと出られない部屋』

ひゅ、と変な音が喉から鳴った。そしてドンドンと顔に熱が上がっていく。きっと耳まで真っ赤になっているだろう。顔が熱くて堪らなかった。接吻、て。誰と誰が、と思うがこの空間には煉獄さんと私の2人しかいない。
接吻、接吻。接吻。

「わ、あわ、わ、」

言葉にならない声が口から無意識に飛び出ていた。その声を聞いた煉獄さんが驚いたように私を見上げる。そして、意志の強そうな奥に赤を秘めた琥珀色の瞳と目が合った。
きっと煉獄さんも壁に浮かんだ文字を読んだ筈なのに顔色一つ変えず、じ、と私を見ていた。

「あ、あ、あの、」

すると、するりと煉獄さんの手が私の頬に触れ、確認するかのように唇をふにりと親指で押す。きゅと唇を横に結びごくり、と喉が上下した。
するのだろうか。こんな訳も分からぬ空間に閉じ込められて、訳も分からぬように、煉獄さんと接吻、しなければならないのだろうか。嫌じゃない。決して嫌な訳じゃないのだ。

「接吻の経験は?」

ぶんぶんと首を横に振る。

すまない。本当にすまない。初めては好いた人としたかっただろう。しかしこの状況から抜け出す為に、君に接吻する事を許してくれないだろうか。

ああ。優しい。本当に優しい人だ。強引にでも引き寄せて済ませる事も出来ただろうに。
頬に触れいる煉獄さんの手に自分の手を重ねた。

「れ、煉獄さんに、ならされても良いです」

君は、

そう言いかけた煉獄さんは途中で口を噤み、優しく私の首裏に手の平を滑り込ませゆっくりと引き寄せた。今まで見た事もないような近さで、煉獄さんの瞳と目が合う。その瞳は熱が篭っており、囚われたように目が離せなくなる。見たことがなかった。師範のこんな顔を。明瞭快活、ぱっちりと開かれた瞳は時折どこを見ているのか分からず、しかしギョロリとした大きな目は力強い。物事をはっきりと話し、快活とした姿しかしらなかった彼とは正反対の雰囲気。
いいか、
もう一度確認を取る煉獄さんにこくりと頷き、その身に全てを委ねた。覚悟を決め、目を閉じる。

触れた唇は、想像よりも柔らかく、そして少しかさついていた。

唇が離れ、おそるおそる目を開ければ黄金色の髪の毛から覗く耳を紅色に染め、気恥ずかしげに私から目を逸らしている煉獄さんの姿が映った。口付けする前はあんなに余裕そうだったのに、この態度の差はどうしたのだろう。きゅぅと心臓が締め付けられる。
可愛いらしい。
師範であり、自分よりも年上の男の人にも関わらず、煉獄さんが堪らなく可愛い、と思ってしまった。
釣られるように、私も頬を赤く染め俯く。

そして、また様子を伺うように視線を上げれば、ぱちりと煉獄さんと目が合った。

「あ、う…、」

真っ直ぐにこちらを射抜くように見据える金色の瞳。

再び引き寄せられ、今度は先程の比べたら強引に唇を奪われた。

「んぅ、っ」

荒々しく、堰き止めていた何かが決壊したかのように私の唇を貪る煉獄さんの口付けに翻弄される。何度も角度を変え、唇の柔らかさを堪能するかのようにはむはむと唇を軽く噛まれ、いつの間にか、腰に腕を回されていて抱きしめられるように引き寄せられた。唇だけじゃなくて体までもピッタリと密着しながらの接吻に私の頭の中はキャパオーバーだ。

「れ、んごく、さん、は、んんっ」

するりと口内に滑り込んで来た煉獄さんの舌が私の舌を絡みとり擦り合わせる。
まって、まって。まって。こんなの、知らない。口付けが、こんなにも生々しいものだと思っていなかった。唇を合わせるだけじゃないのだと、この時初めて私は知った。困惑し、逃げる舌を追われ、吸われ、甘噛みされる度に背筋がぞわぞわとして、縋るように煉獄さんの羽織をぎゅと握る。

「ん、んっ、は、ん、」

解放された頃には唇がじんじんと痺れており、頭もグラグラと揺れ体には全く力が入らなかった。くったりと、その体を煉獄さんのからに預けていると、再び、べべべんっ、と奇妙な音が鼓膜を揺らす。

ああ、やっとこの空間から出れるのだと、安心するのと共に、先程のやり取りを思い出し、とんでもない事を煉獄さんとしてしまったと思った。





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