「あい?平古場……?」

昼休みも後半に差し掛かった頃。
部室のロッカーに入れたままでいた本を取りに来た知念は、そこに先客がいるのを見つけた。
とは言っても、相手は知念に気付かない。
部室の端の方にある長ベンチに横たわり、気持ちよさそうに寝ているからだ。

「何でこんな所で寝てるんばぁ?」

本当に自由奔放な奴だ。
知念の呆れた風な呟きも、眠っている平古場には当然聞こえない。
風邪をひかれては困る、とロッカーから上着を出して掛けてやる。

(じゅんに、黙ってればちゅらさんやんに……)

同性の知念から見ても、平古場は綺麗な顔立ちをしていると思う。
普段は甲斐と共にバカな事ばかりしているから忘れがちだけど。
もったいないとは思うが、それが平古場凛なんだから仕方がない。
その無防備な寝顔を見つめながら、知念は溜め息をついた。

規則正しい寝息を立てている唇に、ふと目が止まる。

そういえば、

キスは、

どんな味なんだっけ?


以前、疑問に思った事が再び頭をよぎる。
あの時は甲斐で味見しようとしたが、ほんの一瞬触れただけで結局阻止されてしまった。
ギャーギャー騒ぐ甲斐に、見兼ねた木手が助け船を出したのだ。

元々実験の類いが好きな知念のこと、疑問が沸いたら確かめなければ気が済まない。
今なら邪魔が入らないと思うやいなや、すぐに行動に起こしていた。

長身の体を丸め、自らの唇を平古場に近づける。
いつもの平古場の香りが、鼻孔をくすぐった。

なんだか知らないが緊張する。

後、ほんの数ミリ。

そして微かに互いの唇が触れた時、


ピリリリリリ……


静かな空間に電子音が響きわたった。

まるでイタズラを見つかった子供のようにビクッと体を震わせ、慌てて顔を離す。
心臓が止まるんじゃないかと思うくらい吃驚したと同時に、夢から醒める様に我に返った。

(わん……ぬーしようとしてた……?)

急に恥ずかしくなり動揺している知念の側で、何も知らない平古場が目を覚ます。

「んあ?知念……?」

まだ眠そうに目を擦り、横に置いてあった携帯に手を伸ばす。
先程の電子音の正体は、携帯の着信だったようだ。
携帯をいじりながら平古場が尋ねる。

「やー、何でここにいるんばぁ?」

「わ、忘れ物を取りに。平古場こそ何でこんなとこで……」

「あー、裕次郎と追っかけっこしててよー、ここに逃げ込んでそのまま寝ちまった」

そろそろ戻らないとあにひゃー心配すっかなぁ、と笑う平古場は大層呑気なものだ。
こちらの動揺を悟られないよう、知念は話もそこそこに部室を出る事にした。

「わ、わん、もう教室行くさぁ!平古場もへーく戻れよ」

自然と早口になり、顔も見ずドアを開ける。
やっとこの(一方的な)気まずさから解放される、そう思った時に 知念、と呼び掛けられた。

「これ、サンキュな!」

知念の上着を掲げ、満面の笑みを浮かべる平古場。
モロにその笑顔を見てしまった知念は、再び沸き上がる恥ずかしさを必死で押さえつつ、

「おー」

とそっけない返事をして、慌ててドアを閉めた。


落ち着かない。
まだ心臓がバクバクしている。

「ただ単に、実験のつもりだったやんに……」

そう、甲斐の時と同じ。
あの時とは何も変わらないはずなのに。

珍しく紅潮した顔を抑えながら、知念はこれ以上考えない事にした。

これがどういう事なのか、薄々答えは分かっている、けれど。
今はまだ知らない方がいい。



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