試合が終わった。
わったーの全国大会が。
ホテルに戻った比嘉中テニス部の連中は、それぞれ思い思いの時間を過ごしていた。
部屋で雑誌を捲りながら時間を潰していた俺は、時計の針が5時を指すのを見届け、ベッドから立ち上がる。
「一時間か……」
凛がコンビニに行くと一人でフラリと出ていったのが午後4時。
そろそろ迎えに行くか、と携帯と財布をポケットに突っ込み、部屋を後にする。土地勘はないが、それは凛とて同じ事。
居場所はなんとなく目星がついていた。
都心の中にあるホテルから歩いてしばらくすると、川が見える。
およそ自然とは言い難い人工的な風景ではあるが、コンクリートジャングルと呼ばれるこの世界の中ではまだマシ、というか落ち着ける場所だ。
自然の中で育ったわったーにとって、高層ビル群がそびえるこの土地は居心地が悪い。
一人になりたいとしたら、こういう場所を選ぶんじゃないかな。
やはり、凛はそこにいた。
「り〜んー」
バカみたいに明るい声で、後ろから抱きつく。
凛は一瞬驚いて俺を見たが、すぐに川面の方に向き直った。
「そろそろ帰らんと、風邪ひくぜ?」
「こんな時期に風邪なんかひくかよ、ふらー」
暑苦しい、ウザい。
悪態を付くのはいつもの事。こいつは全く素直じゃない。
本当に、素直じゃないんだ。
しばし無言で抱きしめていると、少しの沈黙の後、凛がぽつりと言った。
「……泣いてるとでも思ったか?」
「……少し」
凛が一人になりたがるのは、そういう時だ。
皆の前では絶対に弱音を吐かない。
落ち込んだ時や泣きたい時、凛は一人海へと向かう。
負けず嫌いで意地っ張りな凛の性格は長い付き合いで充分承知しているから、俺はあえて気付かぬ振りをしていたけど。
そんな俺に、凛も気付いていたみたいだ。
別に泣いてた訳じゃねーけどさ、と静かな声で凛が続ける。
「都会の人間は、こんな所くらいしか 泣く場所がないんかなぁ」
「ぬー、うちなーが恋しくなった?」
「……ちょっと海が見たくなっただけだばぁ」
凛の拗ねた様な言い方が妙に子供っぽくて、俺は思わず笑ってしまう。
「そんなホームシックの凛君に、わんからプレゼント」
携帯をポケットから取りだし、得意気に画面を見せる。
「ぬーがよ?」
うさんくさそうな顔をして覗きこんだ凛だが、携帯画面を見た瞬間、表情が変わった。
「これ……うちなーの海か?」
「そ♪こんなこともあろうかと、こっちに来る前に動画で撮っといたんさぁ」
携帯から微かに聞こえる波音に耳を傾け、二人でしばらく画面の海を見つめる。
再生が終了すると、凛は顔を上げ、俺に笑いかけた。
「にふぇーでーびる、裕次郎。なんか元気出た」
「ん、じゃ帰ぇーるか」
そろそろ飯の時間だしな、と立ち上がると 凛もそれに倣う。
人気がないのをいいことに、繋いだ手から伝わる凛の鼓動。
それは先程見ていた海と同じリズムを刻んでいた。