裕次郎が教室の扉の前で誰かと話している。
あにひゃー、呼び出されるの何回目だよ。
数えるのも面倒になった俺は、その様子をぼんやり眺めていた。
今日はバレンタインデー。
女たちは戦争だというけれど、それはモテる男にとっても同じである。
現に裕次郎なんかは、昼飯も落ち着いて食べれないほど、朝から呼び出しの嵐だ。
まぁ同じくらいモテる俺の場合は、勝手に机やら下駄箱やらにチョコを突っ込んでくるだけなので、至って平和なんだけど。
「あー……もう昼休み終わっちまうさー」
手に綺麗なラッピングを施されたチョコを持ち、裕次郎が帰ってきた。
「大変だな、モテ男は」
ニヤニヤ笑ってからかってやると、軽く頭を小突かれた。
「うー、貰えるのは嬉しいけど、これはちょっと困るな。わんも凛みたいに自動的に貰えればいいのに」
「いちいち愛想良く対応してっから駄目なんばぁよ」
「凛は愛想が無さすぎるから、直接渡す子が少ないんだろ。怖がらせてどうすんさー」
裕次郎が時計を見て、ため息を付きながら席に着く。
「結局、購買に行けなかったー。」
まともな食事を諦めた奴は、なんか食いもんない?と勝手に俺のカバンを漁り始めた。
「ふらー!ぬー人のカバン漁ってるんさ、馬鹿犬が!」
「お、板チョコ発見!」
俺の言葉は全く気にせず、チョコのパッケージを開け始める。
おいおい、チョコなんて手元に死ぬほどあるじゃねーか。
「人の奪い取るより、貰ったやつ食えばいいやんに」
そう呟くと、裕次郎は「んー」と曖昧な返事をしながら板チョコの欠片を口にくわえた。
「だってよー、誰のを先に食べたとか そういうので色々あるの面倒だし。それに……」
「それに?」
「やっぱ好きな奴から貰ったやつを一番に食べたいやっし」
だからコレでいい、と裕次郎は黙々とチョコを口に運ぶ。
何だコイツ、意味わかんねー。
好きな奴から貰ったもんを最初に食いたいとか言いながら、わんのチョコ食ってりゃ意味無……
ん?
わんの
チョコ……?
「……っ!!」
「うぉっ!ぬーやが凛、いきなり立ち上がって!」
今更ながらその意味が解ってしまった俺は、どうしていいかわからず、思いきり勢いよく席を立った。
「次の授業、英語だって忘れてた。フケるから適当に言っといて」
「はぁ?」
いぶかしげな裕次郎を置き去りにし、足早に教室を後にする。
顔が熱い。絶対赤くなってる。
こんな顔して授業に出れるわけねーだろ 裕次郎のふらー!
教室の入口に向かう途中、裕次郎とクラスメイト達の会話が聞こえてきた。
「お、裕次郎!何これ見よがしにチョコなんか食ってんばぁ?」
「比嘉中一のちゅらかーぎーに貰った」
「え?たーよ?!」
「凛。」
誰だと大騒ぎする奴らは一瞬ポカンとし、その後大笑いを始めた。
「ぎゃはは!!確かにちゅらかーぎーやっし!!」
……あったー、戻ってきたら絶対死なす。