その音色は、やけにすんなりと心に響いてきた。


木手のようにクラシックを嗜む趣味もないし、音楽鑑賞の時間は寝てしまうタイプの人間だから、音楽室から流れるピアノの音に耳を傾けるなんて情緒は自分とは無縁なはずで。

でも、その日は違った。

放課後、たまたま通りかかった音楽室。甲斐は思わず足を止めた。
微かに聞こえる旋律が妙に気になったのだ。
物凄く上手い訳でもない。しかしたまにたどたどしく聞こえるその音がかえって耳に心地良い。

一目惚れならぬ一聴き惚れってやつだ。

一瞬で心を奪われたその演奏を誰がしているのか、当然気になりはしたけれど、甲斐はあえてその扉を開けなかった。
その演奏を止めたくは無かったから。
そっと音楽室のドアに寄りかかり目を閉じる。
そしてピアノの音が止むと同時に、その場を立ち去った。


という話を甲斐から聞かされた平古場は、内心かなり動揺していた。
甲斐から熱っぽく聞かされたその話は、決して他人事ではない。
その演奏者こそ平古場凛本人だったのだから。

子供の頃に姉の影響で少しだけピアノを習っていた事、習い事を辞めた今でもたまにピアノを弾いたりする事は友人たちには言ってはいない。
もちろん甲斐にも言った事は無いから、当然その事は知らないはずだ。
人に言えるほど上手くもないし、第一自分のキャラじゃないのは平古場自身がよく知っている。
だから学校でピアノを触るなんて事しなかったのに。

その日以外は。

別に悪いことではないが、この状況の平古場にとっては“魔がさした”という表現がピッタリかもしれない。
その日の音楽の授業で聞いた曲を、無性に弾いてみたくなった。
テスト前で部活も無く、人気のない校舎。委員会の集まりで帰りが遅くなった時に通りかかった音楽室。
深く考えずに吸い込まれるように鍵盤に指を滑らせていた。

(それをよりによって裕次郎に聞かれていたなんて……)

完全に失態だ。
そんな平古場の心情も知らず、甲斐は相変わらずうっとりとその事を語る。

さて、どうしようか と頭の中で考えを巡らす。
その演奏の主は自分だと出来れば名乗り出たくはないが、このまま黙っているのも正直しんどい。

(っていうかくぬひゃー、どんだけわんの事しちゅんよ……)

知らずに聞いたピアノの音にすら惹かれるなんて、本人が知ったらどう思うだろうか。
まるで恋愛話をするかのように頬を紅潮させて話す甲斐を眺めながら
平古場は次の一言を決めかねていた。




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