それは本来なら褒められこそすれ、馬鹿にされるような事ではないはずなのに。
世に広まっている定説に、甲斐はいい加減ウンザリしていた。

風邪が流行るこの時期、相も変わらず元気な彼をみて、皆口を揃えてあの一言を言うのだ。


『やっぱりバカは風邪ひかないんだなぁ』
、と。


こっちからしてみれば、体調管理のなってない奴の方がよっぽど馬鹿だと思うのに。
だいたい、共に比嘉テニス部のバカツートップとされてるアイツなんか、しょっちゅう風邪ひいてんじゃんか。
故にそんなのは迷信だと言い聞かせながらも、段々自分に自信が無くなっていく甲斐だった。

「よし、たまには風邪ひいてみるか。自主的に」

風邪をひいたとなれば、皆も甲斐の認識を改めるかもしれない。
それに、普段はドライな仲間達だって、もしかしたら優しく看病してくれるかもしれないし。
試してみる価値はありそうだ。

翌日――

「裕次郎、どうした?今日はやけに大人しいやっし」

珍しく大人しい甲斐を、知念が心配そうに覗きこむ。やっぱり知念は優しい。
仮病で騙すのは少し気が引けるものの、ここで引き下がっては元も子もないので、心の中で謝っておく。

「んー、ちょっと腹が痛くて」

「まーた拾い食いでもしたんばぁ?」

「ば…!中学生が拾い食いなんかするかよ!」

「じゃ、食い過ぎかぁ」
平古場がゲラゲラ笑いながら口を挟んできた。
人を何だと思ってるんだ、くぬひゃーは!

「頭も痛いし、なんかダルいし。わん、風邪かも」

風邪、と甲斐が発した瞬間、空気が変わる。
思わず顔を見合わせてしまう平古場と知念。
三人の会話をそれとなしに聞いていた他の部員も、なんだか動揺気味だ。

「風邪って、裕次郎が?ゆくしだろ」

「ゆくしじゃあらん。体だりぃもん」

その台詞に、今まで静観していた木手が話し掛ける。

「甲斐クン、本当に具合悪いの?」

「おぅ」

少し大げさにしんどそうな素振りをして答えてみると、珍しく相手は困ったような顔をした。

「君が風邪をひくなんて、相当マズイよね。今日は部活はやめにしよう。皆甲斐クンに近づいちゃ駄目だよ。特に平古場クン。君はバカのくせに風邪ひきやすいんだから、絶対近寄らない事」

一同に頷くと、さっさと帰り支度を始める。

「あい?何で部活まで中止にするかよ?」

「いいから。甲斐クンはさっさと帰りなさい。変な菌バラまかれると困るから」

なんという冷たい主将。
病人(仮病だけど)には優しくしなさいって小さい頃に教わらなかったか?なんて心の中で毒付く。

「永四郎、そんな言い方じゃあまりにも可哀想さー。わん、裕次郎を送ってこ…」

「知念クン、」

知念が言い終わらないうちに、木手が言葉を遮る。

「いい?甲斐クンがひく風邪なんてよっぽど悪質なものだよ?!君が感染したら死ぬかもしれないよ?一緒に帰るなんて自殺行為はやめなさい」

おいおい、一体どんな極論だよ。
なんて思わず突っ込みたくなるが、知念も丸め込まれてしまったようだ。
わっさん、と甲斐に小さく謝る。

「そういう訳だから、悪く思わないでね」

半ば強引に部室を追い出され、扉の前で呆然と立ち尽くす。

「これ……本当に具合悪い時にやられたら、しんけん死にたくなるな……」


風邪だけは死んでもひくもんか!と堅く心に誓う甲斐であった。


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