「ニライカナイ…?」

「うん。幸村君は知ってる?」

テスト期間で早く学校が終わったから、といつもよりも随分早い時間に病院を訪ねて来たブン太が、部屋に入ってくるなりこんな事を口にした。
ニライカナイ。
まるで呪文の響きのようなこの言葉を口の中で反復して、記憶を手繰り寄せる。

「沖縄の言葉だっけ?詳しくは知らないけど」

「そ。沖縄の海の、ずっと遠くにある楽園の事なんだって」

昨日読んだ本に載ってたんだと話すブン太。
テスト勉強はいいの?と少し意地悪な質問をすると、「息抜きだよ」と口を尖らせた。
まぁ部活に支障をきたす点数さえ取らなければ、俺は別に良いんだけどね。

「でさ、ふと楽園って何だろうって思ったわけ。幸村君にとって楽園って何?」

突然の振りに、しばし無言で考える。
現実で精一杯の中で、楽園について考えるなんてなんだか滑稽な話だ。
答えは、浮かばない。

「難しい質問だな。でも……
少なくともここは、楽園じゃないね」

神経質なくらいに真っ白な世界。
浮世離れしているようで、痛々しいくらいにリアルな空間が、悔しいけれど今の俺の現実なんだ。

「俺の事はおいといて。ブン太は?ブン太にとっての楽園はどんなところ?」

逆に振ってみると、ブン太は待ってましたとばかりに胸を張って答えた。

「俺はーやっぱ食べ物だろぃ。永遠に食べ物が無くならなくて、ありとあらゆるものが食い物で出来てるお菓子の国、みたいな!」

ブン太らしい答えに思わず吹き出してしまった。
それは楽園じゃなくてファンタジーの世界だよ、とツッコむと、えー?なんてすっとぼけた声が返ってくる。

「…っていうのも魅力的だけど、やっぱり俺の世界の中心はテニスなんだよな」
ふと真顔になり、ブン太がぽつりと呟いた。

「真田が居て、柳が居て…レギュラー皆が居て。皆で全国に。もちろん、そこには幸村君が居ないと駄目だ。」

真っ直ぐに見つめる瞳が、不安気に揺れる。

「ね、幸村君。
俺を楽園に連れてってよ」
「────」

それは、簡単に叶いそうでいて…難しいかもしれない願い。
ブン太の理想郷は、俺次第なんだ。
お菓子の国は叶えてあげられそうにないから、早く皆の待つコートに戻らないとね。


ニライカナイに降り注ぐ、君の笑顔を見るために。



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