例えば、俺が裕次郎みたいな性格だったら。
あるいはあいつが田仁志みたいな奴だったら。
きっとこんなくだらない事で悩まないんだろう。
たった一言の勇気が出ないままタイミングを失ってしまった一週間前から、俺の時間は止まっている。


「ちねーん、メシ食おうぜー」

「おー、ちょっと待ってれ」

昼休み。
慌ただしく教室を去る裕次郎を後目に、のろのろと教科書を机にしまった俺は、昼飯の入ったカバンを持って6組へと向かった。
声を掛け入り口でしばらく待って居ると、知念も身支度をしてこちらに駆け寄ってくる。

「最近裕次郎と一緒じゃないんばぁ?」

「あにひゃー委員会の引継とか色々あるらしくて、ここのところ構ってくれないんばぁよ」

つまらなさそうに言っては見るが、正直裕次郎が居ないのは好都合だった。
今はとにかく、このチャンスを邪魔されたくない。

「まぁたまには静かでいいやっし」

そんな知念のフォローを曖昧に受け入れ、俺たちはいつもの屋上へと連れだった。


「うー、ひーさん」

沖縄とはいえ、2月の屋外はまだまだ寒い。
気温を考えると正直あまり居心地のいい場所では無いが、他の奴らに邪魔されないのは何よりありがたい。
知念も異論は無い様で、弁当を広げ始めていた。
俺もあらかじめ買っておいたパンの袋を開け、たわいもない会話をする。

「なぁ、そういえば知念は今年チョコ貰ったんばぁ?」

「あぁ一応。平古場には到底及ばんけど」

「へー。どんくらい?」

「家族も含めて5個。まぁそんなに甘い物好きでもないし、これくらいが一番丁度良いかな」

「ふーん……」

俺は手元にあるカバンをちらりと見た。
今、このカバンの中には一つの爆弾が入っている。
爆弾の名はチョコレート。
バレンタインという旬をとっくに過ぎてしまったソレは、今や扱いに困る凶器へと変わってしまった。
それでも手放せないのは、やはり未練というか諦めきれない名残惜しさから。
裕次郎みたいに「友チョコ!」なんていって気軽に渡してしまえば良かったのに。
田仁志みたいに深く考えずに食べ物とあれば貰ってくれるような奴であれば良かったのに。
どうにもならない考えがループする。

「どうかしたかやー?」

黙りこくってしまった俺に、知念が問いかける。
どうもこうもない。正直に言える程素直ならば、こんな事で悩んだりしないだろう。
こちらから言える言葉は「何でもない」の一言だけだった。

たぶんこんな態度を訝しげに思っているだろうが、優しい知念は言及して来ない。
今日も何も出来ぬまま終わるのかとため息をついた時、知念の手に俺のカバンが握られている事に気づいた。

「おい、知念……」

慌てて取り返そうとした瞬間、あろうことか知念はカバンの中身をぶちまけた。

「ちょっ、おまっ……!他人の物にぬーしてんばぁよ…!!」

床に散乱した私物をかき集めようとした俺を遮り、一つの小箱を手にする知念。
シンプルだが綺麗にラッピングされたそれは明らかに贈答用の物で、言い訳は出来ない。

「上の空の原因はこれか」

「…………」

「好きな人から貰った物、とか?」

「……あらん」

「じゃあ誰かから渡してくれって頼まれた物?」

無言で首を横に振る。

「じゃあ…「もういい」

なんかもう面倒になってしまった俺は、まだ質問し続ける知念を遮り全部話す事にした。

「やーに渡そうとして先週わんが買ったものだよ!ずーっと渡そう渡そうと思ってたのになんか変に緊張しちまうし、やーは別に甘いもん好きじゃないとか言うし!挙げ句こういう形でバレるとか最悪やっし。あーもーわんしんけんカッコ悪ぃ…!」

「……っ」

一気にまくし立てる様に白状した俺をポカンと見つめた後、知念は声を殺し笑い始めた。

「……!何で笑うんだよっ!」

「わっさん。別に平古場の行動がおかしかったとかじゃなくて、わったー似た者同士なんだって思って…」

そういってまだ笑いの余韻を残したまま、知念もカバンから何かを取り出す。

「それ……」

「ん。チョコ」

放り投げられ受け取った小さい箱は、やはり同じ様に綺麗なラッピングが施されていた。

「わんもなんとなく渡す機会が掴めなくて。しかもわんのが重症。それ、賞味期限今日だからすぐ食えよ」

今度はこちらの方がポカンとする番だった。
俺が悩んでいたこの一週間を、知念も同じように過ごしていたなんて。
嬉しいような馬鹿馬鹿しいような。

「やしがズリィぞ知念」

「ん?」

「気づいた時点で普通に教えてくれれば、わんもこんなみっともない渡し方しないですんだあんに。自分だけカッコつけやがって!」

俺の申し立てに知念がニヤリと笑う。

「だって、自分から言い出したら負けだと思ったんばぁよ」

本当にムカつく。こういう考え方も似てるなんて。

ともあれ、俺のカバンの右端にあった爆弾は無事甘いお菓子へと変化を遂げた。
渡したチョコの賞味期限が実は昨日だったって事は、この際黙っておくことにする。


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