午後の音楽室のなんと静かなことだろう。
外の喧騒と対局的なこの部屋の静けさに、木手は心地よさを感じていた。
決して大人しいとは言えないこの学校の中でも、木手の周りは特に騒々しい。まぁ素行の良くない連中の集まった部活だから、それは仕方ないけれど。
そんな訳で久々に得た静寂の中、木手は普段ははかどらない事務作業をこなしていくことにした。
しかしそんな静けさもそう長くは持たない。
バタバタと騒がしい足音がしたかと思うと、勢いよく扉が開かれる。
「お、いたいた永四郎!えらい探したさぁ。ぬーんちこんなとこに居るんばぁ?」
「…先生に楽譜の整理を頼まれたついでにちょっと部屋を借りていただけです。平古場クンこそ何でここに?」
わざとらしく顔をしかめた木手を気にもせず、平古場は「これ!」と一枚の紙を差し出す。
「出せって言われてたプリント。今日までだったろ、確か」
「えぇ、平古場クン以外はとっくに提出してましたがね」
「別に期日までに出せばいいやんに…」
一応の目的を達成した平古場は、今更ながら木手の手元にあるノートに目をやった。
「それ、合宿のメニュー表?」
「そ。部室じゃ君たちがうるさくて全然出来ないから」
「げー!こんなんぜってーキッツいだろ!無理無理作り直し希望!」
「あのね、折角集中してやってるんだから邪魔しないでくれる?」
少々不満気でありながらも一応大人しくしてはいるが、やがて静寂に飽きたのか、平古場はピアノに近づきポンポンと指で鍵盤を叩き出した。
「ちょっと。さっき掃除したばっかなんだから触んないでよ」
「ふらー。ピアノは触ってなんぼだろ」
始めは音を確かめるかのように鍵盤に触れていた指が、やがて滑るように動き音楽を奏で始める。
「え?何、平古場クン。ピアノ弾けるの?」
「んー、昔ねーねーの真似してちっとだけ習ってたから、基礎程度なら」
「へぇ、意外」
「まぁ性に合わなくてすぐやめたけどな」
それでも平古場の演奏はそれなりに様になっていた。
もったいないと呟く木手に、平古場は笑いながら言う。
「ピアノを本気でやるなら手を大事にしなきゃいけないんだと。わん昔からこんなやし、大人しくしてんのなんて無理なんばぁよ。しょっちゅう怪我して先生に怒られて」
「それで、嫌になってやめた と。」
「そゆこと」
演奏が一区切りすると、平古場は掌を木手に向けた。
「お陰様で今はこんな綺麗とはほど遠い手やさ」
元々やっていた武術に加え、日々のテニスの練習でまめだらけのその掌。
確かに大切にされている手とは程遠い。
それでもそれは、彼の努力の結晶で。
(その手の方がずっと、美しいと思いますけどね)
そう言い掛けて、やめた。
柄じゃないし、伝えなくても良い感情まで悟られては困るから。
「この道に引き込んだのは永四郎なんだからな。責任取れよー」
そう笑う平古場に、木手もつられて笑う。
「えぇ、責任とって全国へ連れていきますよ」