(知念)

―――遥か遠くの東の果てに、その楽園はあるという。




それはまだ幼かった頃の事。
どんな話の流れかは忘れたが、ニライカナイの話を父から聞いた。

ニライカナイとは沖縄に伝わる楽土の事だ。

その不思議な響きは、内向的な性格だった少年にとって興味深く、またひどく魅力的だった。

どこにあるともしれない楽園に思いを馳せる。
子供特有の無邪気さで、どうすればニライカナイに辿りつけるの?なんて聞いた事もある。
そんな時、父は笑って言ったっけ。


「お前はまだ小さいから。もっとずっと大きくなれば見えてくるかもな」


そんな話をした父も、今はもう居ない。
大きくなりたいと願った少年は、その願いを受けてか大きく育つ。


それこそ、クラスメイトから頭ひとつ飛び出るくらいまで。




…………

いつの間にか眠っていたようだ。

うっすら開けた瞼に飛び込んできた光の束に、知念は顔をしかめた。

「眩し……」

思わずそう呟くと、すぐ側に居た平古場が振り向いた。
眩しかったのは午後の日差しだけではない。
彼の綺麗な金髪に光が反射していたようだ。

「やっと起きたかやー」

その口ぶりからすると、眠っていたのは短時間ではなさそうだ。

「なま何時?」

「14時半すぎ」

「……起こしてくれれば良かったあんに」

その気はなかったが、思いきり授業をサボってしまった形になる。
真面目な性分の知念としては、少し後ろめたい気がした。

「疲れてるんだろうから寝かせておけ、って永四郎が」

屋上で皆と昼飯を食べているうちに寝てしまった知念を見て、木手がそう言ったらしい。

夕べ、下の弟が風邪をひいた。
遅くまで働く母に替わり、長男である知念が看病するのは自然な流れだ。
さすがに学校を休む訳には行かなかったが、朝練は休んで、熱が下がるまで様子を見ていた。
木手には朝練を休む際に簡単な理由を話したが、知念がほとんど睡眠をとっていない事を察したのだろう。

自分でも気づかない程疲れていたらしい。
普段は見ない夢を見たのも、疲れていたからか。

「夢を見た」

「夢?どんなよ?」

「小学校の頃の。わんがまだちびらーだった頃さぁ」
「知念ぬちびらーな頃なんて、想像つかないやぁ」

会った頃にはもうバカでかかったもんなぁ、と平古場が笑う。
風になびく髪に反射して、光が舞った。

「……なぁ、平古場は“ニライカナイ”って知ってるか?」

意外におばぁちゃんっ子な彼の事だ。聞いた事はあるかもしれない。
案の定平古場は知っていたようだ。

「東の果ての楽園、だろ?それがちゃーしたんばぁ?」

「わんな、昔 ニライカナイをこの目で見てみたいと思ってたんばぁよ。大きくなれば見えるんだと信じてた。だから神様に毎晩お願いしてたんさぁ」

体を起こし、懐かしそうに空をみる。

「わんがこんなにでっかくなったのは、そのせいかもなぁ」

しみじみ呟く知念に、平古場が思わず吹き出す。

「遠くを見渡せるようにでかくなったって……やーはキリンかよ!」


ひとしきり笑った後、平古場は知念に向き直り、静かに尋ねた。

「して、楽園は見えたんか?」

「さぁ」

未だ楽園は見えない。
それでも、手の届く世界にも 
素晴らしいものが存在する事を知念は知っている。

自分を気遣って、そっと寝かせていてくれた優しさ。
目を醒ますまで側に居てくれた優しさ。

『お前がもっとずっと大きくなれば、見えてくるかもな』

夢で見た父親の言葉が響く。


(案外すぐ側にあるのかもしれないやぁ)


平古場の金髪がなびく度、キラキラと輝きを放つ光の波。
ニライカナイに降り注ぐ光はこんな感じなのかもしれない、と知念は思っていた。



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