今年もこの季節が去っていく。
まだほんの少し夏期休暇を残した八月の終わりのある日。
補習を受けるために学校に来ていた平古場は、授業が終わるとすぐに屋上に向かった。
海が見え、何より静かな屋上は、一人になりたい時に最適な場所だ。
日陰になている場所を見つけ、そこに座り込んだ。
自販機で買った炭酸水のペットボトルを開け、半分程流し込む。
心地よい刺激が喉を伝わった。
炭酸の泡の音が、やけに大きく響く。
夏の終わりはいつもそうだ。
パチパチとはじける音を聞くとなんだか物悲しい気持ちになる。
ペットボトルを置いた灰色の床に、水滴の輪が出来た。
常夏の沖縄とはいっても、季節は移り変わっていく。
緩やかに夏は去り、秋へ冬へと流れていくのだ。
別に夏が特別好きな訳ではない平古場だが、こうして終わりに近づく夏を意識した時何とも言えない感覚を覚える。
なにか心にぽっかりと穴が開いたような、名残惜しさ。
その見えない穴に響くかのように炭酸の泡の音が聞こえた気がした。
「凛、」
気付かない内に甲斐が側にいた。
全く気付いていなかった平古場は、不意を付かれ心底驚いた顔で彼を見た。
その様子を見て、甲斐が苦笑する。
「ぬー、そんなにボーっとしてたんばぁよ」
「別に。ちょっと考え事してただけさぁ」
「ふーん」
平古場の隣に腰掛けた甲斐は、置いてあったペットボトルを手に取ると、そのまま口を付けた。
半分ほど飲み干すと「ぬるい。」と呟く。
「やー人のモン飲んどいてその言い草……」
呆れる平古場を気にする風でもなく、ボトルを手の中でくるくる回す。
「凛がソーダ水飲むのって珍しいな」
「この時期になると飲みたくなるんばぁよ」
「あー、分かる気がする。なんか夏の飲み物って感じだよな」
その答えを聞いて甲斐も同意した。
「なぁ、」
「んー?」
「来年の夏はわったー、どうなってるんだろうな」
甲斐も平古場も中3だ。来年にはこの比嘉中に2人は居ない。
やけに感傷的になってしまうのもこういう理由からなのかもしれない。
平古場の呟きのような問いに答えはせず、甲斐は手に持っていたボトルの中ににポケットから出した小さな黒糖を入れた。
ボトルの中の炭酸水が激しく泡立つ。
「ちょっ、なにやってるかよ?」
「来年の事はわかんねぇけど」
一呼吸置き、泡の勢いが落ちた炭酸水を一口。
「またこうやってバカやって…一緒にソーダ水飲んでダベってれば良いよな」
そしてにっこり笑うと、「はい!」とペットボトルを平古場に手渡す。
「ふらー。こんなの飲めないあんに」
つられて笑った平古場を見て、甲斐は満足そうに頷いた。
「な、これからカキ氷食いに行かね?凛の奢りで」
「はぁ?!食いに行くのは構わんけど、何でわんの奢りなんだよ!」
「……わん、今日誕生日やっし」
何で覚えててくれないんだよと不貞腐れる甲斐に、平古場は思わず笑ってしまう。
「わーったわーった。わんが奢るから機嫌直せ」
甲斐の背中を叩き、屋上を出ることを促す。
お互い何味を食べようかと話し合いながら、階段を競うように下りていった。
夏はもうすぐ終わる。
でもカキ氷が美味しいと感じるうちは、もう少しだけこの季節と共にいれるんだと思ったら少しだけ気が楽になった。