誕生日はいつも通りの日常で良い、とあいつが言ったから、特に何をするでもなく一日が過ぎていった。
いつもの様にキツイ練習を終え、馬鹿話で盛り上がり、部活後の空腹を満たすためにちょっと寄り道なんかしたりして。
本当に何ひとつ変わらない日常風景。
それで満足だなんて、実に謙虚というか慎ましやかな奴なんだなぁと思う。
まぁ、それがこの男――知念寛という人間なんだけれども。
本人がそれを望んでいるんだから仕方がないが、祝う側としてはちょっとだけ、物足りない。
「なぁ、知念」
「ぬー?」
「やーさ、本当に何も無いんばぁ?」
帰路の違う裕次郎達と別れ、二人きりで歩いていた海岸沿いの道。
海を眺めていた知念が、俺の中途半端な問いかけに首を傾げた。
「無いっ、て?」
「誕生日。」
短くそう告げると知念は「あぁ」と言い、こちらに向き直る。
何度となく聞いた言葉だ。
きっとまたかと思っているんだろうな。
「なんかさ、これが欲しいとかこれをして欲しいとか一つくらいねーの?今日なら少しくらい我侭聞いてやるよ」
俺の言葉に、「あー」とか「うーん」とか曖昧な返事をする知念。
別に困らせたい訳じゃない。
押し付けの善意なんて無いほうが良いなんてことは頭で分かっているんだけど、それでも懲りずに聞いてしまうのは……
あぁ、そっか。
自分でも気付いてなかった事実が明るみに出る。
「あー、わっさん。これってただのわんの自己満足やっし」
「?」
俺が頭の中で巡らせていた考えなんて当然知る由も無く、知念の頭にはクエッションマークが浮かんでいる。
説明するのは少々気が引けるが、これじゃ訳わかんねぇだろうなぁと観念して口を開いた。
「様するにだな、知念になんかしてやりたいっていうのももちろんあるんだけど、ただ単にわんが知念の喜ぶ顔がみたいっていうか……」
なんだか照れくさくて我ながら支離滅裂な事を口走ってしまった。
だがそんな拙い話からも知念は俺の意図を汲み取ってくれたようで、くすぐったそうな笑顔を浮かべた。
「そういうことなら、ひとつだけ」
「おお、何かよ?」
気恥ずかしさで逸らしていた視線を向けると、いつの間にやら知念の顔が至近距離にあった。
そしてほんの一瞬、お互いの唇が重なる。
「くわっちーさびたん」
「なっ……!」
予想外の展開に驚く俺に、知念がニヤリと笑う。
ああ、なんという憎たらしい笑顔。
確かに喜ぶ顔がみたいとは言ったけど、なんか腑におちない。
ムカついた俺は知念の胸倉を掴み、先ほどよりももっと深い口付けをしてやった。
驚いた顔の知念に、今度はこちらがニヤリと笑う番だ。
「どうせなら、これくらい貰っとけよ」