ーー教室と言う名の水槽に、ぽつんと漂う己は一匹の金魚。


休み時間独特の周囲の喧騒が、ぼんやりと鈍い音声に聞こえる。
それはまるで水の中に居るようだ、と平古場は自席に座ったまま考えていた。
時折絡みに来るクラスメイトを適当にあしらいながら、机に身体を預ける。
息苦しさを感じて深呼吸をしてみるが、肺に空気が半分しか届いていない様な感覚でどこかすっきりしない。
2、3回同じ様に深呼吸を繰り返し、やはりそれが無意味な行為だと諦めると、上げていた顔を再び伏せた。 

今まではこんな息苦しさを感じた事はなかったのに。
水の中の酸素を知った金魚は、いつしかその存在を意識してしまう様になってしまった。
酸素がなければ当然呼吸は出来ない。
その感覚を持て余す様にもう一度、口を小さく開けた平古場は、本当に金魚になったみたいだ とぼんやり思った。


教室の扉が勢いよく開き、よく聞き慣れた声が響いた。
平古場は再び顔を上げ、その声の主がこちらに向かって来るのを待つ。

「凛、おはよー」

甲斐がにっこり笑い、平古場の前の席に座る。

それが合図であるかの様に、急に呼吸が楽になった。
一気に肺が新鮮な空気で満たされる。
ああ、我ながらなんて単純なんだろう。

「裕次郎、」

「ん?」

「ウサギは寂しいと死ぬんだろ?」

「?うん」

「金魚も、ちゃんと世話しないと酸欠で死ぬんばぁよ」

唐突に始まった平古場の話に甲斐は首を傾げるが、少し考えた後合点がいった顔をし、再び微笑んだ。

ニコリと笑い、平古場を手招きする。
内緒話をする様な仕草に平古場が顔を寄せると、他のクラスメイト達には気付かれない絶妙な位置で不意に唇が重なった。

「人口呼吸。」

何か言いたげな平古場に、甲斐はしれっと言い放つ。

不意を付かれ上手い切り返しが出来ない平古場は「ふらー」と小さく呟くしかなかった。


教室と言う名の水槽に、ぽつんと漂う己は一匹の金魚。
そして悔しいけれど、君と言う酸素がないと暮らしていけないのだ。


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