世の中には、一生掛かったって知りえない たくさんの疑問が転がっている。
その一つ一つを自らが実践することで満たされていく知的好奇心。
実験とかそういった類いに惹かれるのは、そんな充実感からだ。
そして今日も俺は、裕次郎によってもたらされた情報を確かめるべく“実験”に挑む。
ハードな部活を終えた気だるい疲労感の中、コート整備の当番だった俺と平古場は、皆より遅れて部室に入った。
思ったよりも時間が掛かったらしく、他の連中の姿は見えない。
テーブルの上には「後はよろしく」と永四郎の几帳面な文字で書かれた置き手紙と、部室の鍵が置かれている。
「あー、皆もう帰ったみたいだな」
「わっさん。わんが細かい所まで念入りにやってたから」
思わず謝ると、平古場は笑いながらこちらの方を向いた。
「気にさんけー。わんも結構熱中してたし、知念のせいじゃないさぁ」
それより早く着替えて帰ろうぜ、とロッカーを開けて制服を取り出す。
それに倣って俺も隣で着替えを始めた。
帰り支度を進めながらたわいもない話をしているうちに、ふと思い出す事が一つ。
そうだ、確かめなければいけない事があった。
「平古場っ!!」
突然肩を掴まれた平古場は、その勢いに驚いたのか、切れ長の目を大きく見開いている。
「い、いきなりちゃーしたんばぁ?」
「一つ頼みがある」
真剣な声色でそう言った俺を見て、平古場も息を一つ飲みこちらを真っ直ぐに見つめる。
「ぬー?」
「ちょっと、匂いを嗅がせてくれ」
「………………はぁ?!」
「裕次郎が言ってたんばぁよ、平古場はお日様の匂いがするって。だから確かめ……あがっ!!」
俺の説明は言い終わらないうちに、平古場の拳によって中断された。
「いきなり殴るのは酷いさー」
「それはこっちの台詞やっし!人が真面目に聞いてれば、アホみたいな事ぬかしやがって!!」
「だって裕次郎が……」
「あにひゃーは頭が花畑あんに、言ってる事信用さんけー!バレンタインの時にも妙な事吹き込まれたのに、ぬーんち懲りないんばぁ?」
確かに、裕次郎は時に不思議な発言をする。
でも、黒糖味のキスも今回の事も立証出来てないだけだ。
「でもせっかくだからちょっとだけ……」
「ふらー!駄目に決まってるやっし!部活後なんだから汗臭いだけで太陽の匂いなんかしないっつーの!」
キレた平古場は一切手加減をしないから、こうなったらもう手が付けられない。
仕方ない、今日の実験も諦めるしかないようだ。
ため息をつくと平古場も息を整え「帰るぞ」と一言呟いた。
それでもやっぱり好奇心が抑えられず、平古場が横を通り抜ける際にバレないようにこっそり嗅覚を研ぎ澄ませてみた。
したのは、爽やかな制汗剤の微かな香り。
結局真実は謎のままだが、一応目的を成し遂げた俺はうっすらと微笑んだ。
(だって、裕次郎だけが知ってるなんてずるいやんに)
これがいわゆる“嫉妬”だというのは、検証するまでもない。