誕生日という記念日に、もはやこれは一種の罰ゲームではなかろうか。
いかにも女子好みのファンシーな空間に甘ったるいクリームの匂い。テーブルにはやたら可愛らしいケーキが並べられている。
そんな気が狂うんじゃないかと思うほど乙女乙女した世界に、何故かわったーは居るのだ。
「……なぁ、裕次郎、」
いたたまれなくなった俺は声を潜め、目の前に座る裕次郎に話しかけた。
「わったー、ものすげー浮いてね?」
「気にさんけー。そんなの始めから分かっとぉーさ」
少しはコイツもこんな所にいる事を後悔してないだろうか。
なんて期待してみたが、やはり無駄だった様だ。
マイペースにケーキを口に運びながらニコニコしている。
……正直殴りたい。
そもそも事の発端は、俺の冗談まじりの失言から始まる。
「誕生日くらい、可愛い恋人と一日過ごしたいよなー」
なんてヤツの前で言ってしまったのがまずかった。
「じゃあ、わんが代わりになってやるよ!」
と斜めにかっ飛んだ発想を披露してくれたバカ犬のペースに引き込まれ、あれよと言う間にこんな場所に拉致された訳だ。
裕次郎曰く
「誕生日デートはやっぱケーキ食わないとな!」
と言うことらしい。
だからと言ってなにもこんな極端な店を選ばなくてもいいのに。
当然ながら男二人でケーキを囲む俺たちは、異端以外の何者でもない。
なまじお互い目立つ外見なだけに、好奇心混じりの他人の視線が痛かった。
「うぁ゛ー、もういっそ死にてぇー!!」
「まあまあ、たまにはこういうのも面白いやっし」
悪ノリしてきた裕次郎はケーキの苺をフォークに乗せ、目の前に差し出してくる。
「はい、あーん」
「……っふらー!!たーがやるか!!!」
本当にもう、何なんだこのシュールな展開は!
半ばヤケクソ気味に、目の前にある宝石みたいなイチゴケーキを乱暴に平らげた。
カフェを出た後も律儀に奇妙な疑似デートは続いた。
裕次郎は面白がってベタなデートスポットを巡るし、俺も寒いのを承知で開き直って付いていく。
もうどうにでもなれ!
お互いそんな気は毛頭無いはずなのに、こうして居ると本当に付き合っているかの様な錯覚に陥りそうだ。
思い込みというのは恐ろしい。
普段なら冗談でも手を繋いだりされたら殴る所だが、そんなのも気にならなくなっていた。
辿り着いたのは人気の無い海。
俺たちがいつも寄り道している、お気に入りの場所だ。
慣れない場所を転々としていた為か、一息ついたらどっと疲れが出る。
裕次郎も同じなのか、しばらく会話も無いまま夕暮れの海を見つめていた。
それはいつもの日常風景。
今日という一日が、終わる。
「凛、」
先程までの高いテンションとはうって変わって真面目な声色で語りかけられる。
振り向いた先には、いつになく真剣な眼差しの裕次郎がいた。
「誕生日おめでとう」
「……ぬーやが、今更」
「一日バカやったけどさ、これだけは真面目に言いたかったんばぁよ」
フニャリと笑った顔は、いつもの裕次郎に戻っていた。
「しっかし、今日は楽しかったなー」
「まぁ……結構恥ずかしかったけどな」
「じゃ、最後にもう一回だけバカに付き合ってな」
「へ?」
俺の返事を待たずして、裕次郎がこちらに向き直る。
そっと頬に手が添えられ、顔が近づいたと思うと……
裕次郎の唇が俺の唇に重なった。
「……っ!!」
「デートの最後の〆っつったらやっぱこれやんに?」
勝ち誇った様に笑う裕次郎が憎らしい。
不覚にもドキドキしてしまった自分が悔しくて、思いっきりの力を込めて鉄拳を下してやった。
誕生日という今日だけの、単なるお遊び。
明日からはまたいつもの日常に戻る。
それは充分承知しているが、ほんの少しだけ、今日が終わるのが名残惜しいと思った。