とびきり寒い日の木手永四郎



 部屋の中が一段階、ぐっと暗くなる瞬間がわかる。
 太陽が傾きかけて部屋の中に入る日光が少なくなるせいだった。昼下がりの読書――半分くらいはスマートフォンをいじりながら――には、少し暗くなってきたかなと感じるくらいの室内。
 そんなとき視線を横にやると、一人涼しい顔でソファでくつろぐ永四郎の姿が目に入った。

「沖縄は冬でも暖かいって聞いたのに」
「何事にも例外はあるんですよ」
 実際今日はいつもよりずっと冷え込んでいるけれど、永四郎にそれを告げたのはわざとだ。あわよくばこっちを向いてくれないかななんて、不埒な考えが頭をよぎらなかったとは言わない。
 薄々わかってはいたけれど永四郎の声は素っ気なく、手元の雑誌から目を離すこともしない。
 それでも一応は返事をしてくれるだけ優しい。そんな風に思ってしまうのは、やはり惚れた弱みだろうか。
「永四郎」
「なんですか」
 呼べば返事があることの幸福を噛みしめる。
 こんなことで嬉しくなるだなんて、告げたら永四郎は笑うだろうか。
 駄々をこねて甘えて呆れられたい気分になって、私はもう一度彼の名前を呼んでから自分の本とスマートフォンを傍らに置いた。
「寒いからくっついてもいい?」
 もう既に寒さなんてただの口実になっていたけれど、とにかくかまわれたい気分になってそう言った。
「寒いなら毛布にでも何でもくるまってなさいよ」
 辛辣この上ない返事である。
 諦めて、永四郎の言う通りベッドで布団にくるまってふて寝でもしてしまおうか。起きたら永四郎の気分も変わっているかもしれないし。
 そう思って立ち上がろうとしたら、こちらをじっと見る永四郎と目が合った。さっきまでは手元をずっと見つめていた視線は、今は私の姿を捉えたまま。無言を貫く永四郎の口よりもずっと雄弁に何かを訴えかけている。
「永四郎」
「なんですか」
 もう何度も繰り返されたやりとりだけど、不思議と飽きることはない。
「永四郎といちゃいちゃしたい気分で、寒いからって口実にしたらいけるかなと思ったら失敗したんだけど、くっつきたいからくっついてもいい?」
 そこまで言うと、数秒沈黙を保った後にようやく永四郎は口を開いた。
「よくできました。おいで」
 そうして満足そうに両手を広げた永四郎の腕の中に、私はもちろんすぐさま飛び込んだのだった。



 そして。
「言っておきますけど、俺を放ってスマホいじってたのはあなたの方が先ですからね」
 どこか拗ねた口調の永四郎と、そこからは私の望み通りたくさんいちゃいちゃした。

2021/03/21 up
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