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風が吹いた。桜が舞った。

3年前、右も左も分からなかった頃。教室移動の度に迷子になって、先生に聞いて廊下を走り回ってた。裾を踏みそうになるぐらいぶかぶかの制服は、まだまだ硬くて、毎日アイロン掛けしてた。新品の教科書を忘れても、隣の席の女子と上手く話せなかった。そのせいで先生に怒られても、素直に謝ってた。そんな日々。

部活見学に行って、銀髪のやつと初めて話した。「お前目立つな」「お前もじゃろ」変な喋り方をするそいつは面白いやつだった。友達も多くて、モテて。いろんなことを教えてくれて、本当にありがたかった。純粋にいいやつだと思った。

周りが青く、碧くなった頃だった。そいつは俺のところに1人の女子を連れてきた。名前と呼ばれた女子は、どうやら頭が良いらしく、俺に勉強を教えてくれるらしかった。夏休み、彼女に空っぽの脳みそに数式やら英単語やらを徹底的に詰め込まれた俺は、休み明けのテストで有り得ない成績をとってしまった。勿論良い意味で。順位が掲示されて、俺は真っ先に名前の元へかけて行った。「おめでとう丸井くん」このときも俺は仁王に感謝した。2度目、純粋にいいやつだと思った。

夏も終わって、カーディガンに袖を通すようになった頃、俺は名前にコクハクされた。当時まだまだ初心で、恋愛に疎かった俺は当然戸惑った。それでも名前は俺を好きだと言った。

このとき気付いたんだ。仁王は純粋にいいやつじゃないってことに。

「お前を傷付けるかもしれない」どこかで見たドラマのように、カッコつけて言ってみた。それでもヒロインは笑った。雪が降り積もる頃、気付けば俺たちは一緒に帰るようになってた。

仁王は純粋にいいやつじゃなかった。計算高くいいやつだった。

聞くところによると、どうやら名前は入学式に俺にヒトメボレというものをしたらしい。それがどんなものかは知らないけど、半年も俺を想ってくれてたのは嬉しかった。傷付けるかも宣言をしておきながら、俺は名前を大切に扱った。名前もまた、俺を信頼してくれてた。


なのに…なんで神様って意地悪なんだろうな。俺あんたに何も悪いことしてねぇぜ?寧ろ感謝してるぐらいなのに。


入学して2年目、蝉の声が響くある日、名前は俺の前から消えた。行方は誰も知らない。どれだけ探しても見つからない。しばらくして警察が手を引いたって聞いたときは、俺と仁王で署まで怒鳴り込みに行ったっけ。結局学校に連絡されただけで、名前が戻ってくることはなかった。生きてんのか、それとも死んでんのか、それすらも分かんねぇ。俺に何も言わず黙って消えるなんてマジねぇよな。仁王なんてショックのあまり1週間学校休んだらしい。久しぶりに見たあいつは更に痩せて、くまが出来てた。俺も授業に出る気になれず、毎日屋上で寝そべった。「帰って来たら奢ってもらうからなー!」蒼い空に叫んでも返事があるはずもなく、悔しさに涙を流した。

それから1年ちょっと経っても、名前が姿を見せることはなかった。名前と仲の良かった女子たちも、次第に名前の名前を口に出さなくなった。皆、忘れていくんだろうか。それでも、周りのやつらの記憶から消えても、絶対忘れない。俺も、仁王も。いつか、俺たちの前にひょいと現れてくれる。根拠なんてないけど、そんな気がする。そうであってほしい。


「3年B組、丸井ブン太」


風が吹いた。桜が舞った。涙が落ちた。


今日、俺たちは卒業する。



空に埋もれた少年




100314






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