zzz | ナノ
『ばいばい、大好きだったよ』
明らかなスピード違反でやってきたタクシーに跳ねられた名前さんは即死でした。苦しそうに掠れた声で私に泣かないで、と告げて微笑み、静かに息を引き取ったのです。通りすがりや野次馬の方たちが囲う円の中心で、私は無我夢中で叫びました。遠くでする救急車の音が、目の前の事実を裏付けていました。
気を失っていたのか、目を開ければ視界は白で埋められていました。体を起こせば、周囲にある器具から病院であるということは一目瞭然でした。
たまたま病室の前を通りかかった看護師を呼べば、彼女は気の毒そうな顔で気遣いの言葉を掛けてくれました。
『名前さん、は』
『……付いて来て』
そのまま彼女の背を追って歩きだしました。ですが、足が上手く進みません。…きっと私は、まだ現実を受け入れることが出来ていないのでしょう。そのまま言葉を交わすことなく、隅にある個室へと通されました。
そこにいたのは名前さんの両親でした。朝見た笑顔など何処にもなく、かと言って泣いてらっしゃる訳でもありませんでした。
『柳生君』
『すみませんでした…』
『…何故あなたが謝るの?』
『名前さんが亡くなったのは私のせいです…私が、私が車に気付いていれ、ばッ…』
『泣かないで、あなたのせいじゃない』
『私が…私、が…ぁあああああああッ!』
膝を床につき、悔しい、悔しいとばかりに私は床を叩きました。彼女の両親が泣かないのは、知っているからでしょう。
どれだけ泣こうと、彼女はもう戻ってこないということを。
君がいなきゃ幸せになんてなれやしない
090806