歩きながら、目を細める作業を続ける。視力が悪いのは本当に不便で、大雨の中傘を持たないわたしは必然的に眼鏡を外している為遠くのものが見えない。じい、と。それでもこっち側に向かって歩いてくる男女を見詰めた。男のほうは分かってる。彼氏だ。隣の子は、だれ。わたしはビニール傘をふたりで分け合う彼氏と茶色い髪の女の子の横を通り過ぎた。彼は一瞬驚いたように目を見張ったあと、こちらを見た。目が合う。でもそれは本当に刹那的な瞬間で、すぐに視線は前に戻った。でも見えていると思って無言で口を動かす。「×ね」。音の出ないその言葉は彼に届くだろうか。
どうやら届いたらしい。後ろで彼の持っていた傘の落ちる音と女の子の「どうしたの?」が聞こえた。わたしは振り返らない。さあて、彼は明日学校でどうする気なんだろう。そしてわたしはどうすればいいのか、いま決めた。





高尾は曖昧な視線を動かして「ごめん」と呟いた。泣きそうな顔を、お前がするのはおかしいだろ。わたしは喉から出かかったそれを胃に落として口を開いた。

「浮気癖は治らないみたいだね」
「…えー、と」

言い訳はもう使い果たしたくせに。付き合って8カ月、わたしはよく耐えたと思う。彼は素敵な彼氏だけれど、それはわたしにだけ見せる顔じゃないことは2ヵ月目で発覚した。やめて、とやんわり言い続けた3ヶ月目。無駄だと知った4ヶ月目。冷たく凍っていく5ヶ月目。やさしくなった6ヶ月目。嫌われたくないと思った7ヶ月目。すべてを思い知ったいま、8ヶ月目。もういいんじゃないかな。温かかった春の日差しはいまや冷たい雪に変わった季節。わたしの思いも乾いてしまった。彼の思いもそんなもんだろう。

「たかお、」

だからわたしは口を動かす。別れを切り出したわたしに高尾はその目を細めて唇を噛んだ。だから、なんで。お前がそんな顔をするんだ。わたしも同じように泣きそうになるのは彼につられたからだと誰もが納得してくれる言い訳を吐き出して最後にすこしだけ彼の指先に触れた。同じ温度のそこに溶け込めればいいのにとか未練たらたらなわたしはいますぐ消えればいいと思った。涙が落ちて床を汚す。





彼女のきれいな爪が好きだった。けど、あの子の細い肩もすきだったし、また他の子の唇がすきだったのも事実で、自分でも愚かだと思うけれど俺は浮気をやめれなかった。言い訳は使いはたしてしまって言い逃れもできない。彼女が残した指先の感触だけがどうしようもなく俺を急かす。いま追い駆ければ間に合うかもしれない。そう思って足に力を入れるのにそれはまるで動かなくて。どうやら想像していた以上に彼女に別れを告げられたことがショックだったみたいだ。はじめて見る、後悔という二文字が俺を嘲笑うように宙に舞っていた。彼女の涙の痕だけがいまの俺を見ている。悲しいのか寂しいのか分からない曖昧で確実な痛みが心臓を抉っていた。吐き出せない好きが喉に詰まって息ができなくなった。



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