黄瀬女体化



青峰っち!青峰っち!と何が楽しいのか、飽きもせずに後ろをちょこちょことついてくる犬みてぇなやつが最近、姿を見せなくなった。否、部活中には見るし話もしたりする。まぁ、あいつがマネージャーだから当たり前なんだけど。
だけど、前までは昼休みや部活以外の時間にも引っ付いてきたっていうのに、それがめっきり無くなった。
昼には屋上で一緒に昼飯を食っていたのに、それにも来なくなった。
最初はただ忙しいだけだろうと思って気にしてなかったけど、もう3週間もその状態が続いている。


すっげぇむかつく。
もしかしたら俺に何かしら原因があるのかもしれないけど、それでも避けられているとしか思えない行為には腹が立つばかり。
そこで、俺は黄瀬と一緒にいることを結構気に入っているんだ、ということに気が付いた。
避けている理由が何かは知らねぇけど、取っ捕まえて全部吐かしてやる。










□□□□



意気込んだのはいいが、何をすればいいのか。
とりあえず、黄瀬と特に仲の良いテツとさつきに聞いてみることにした。




「なぁ、テツ。お前最近黄瀬と話した?」
「…何言ってるんですか、青峰くん。部活の時に色々話してるじゃないですか」
「ちげーよ。昼休みとかのことだよ」
「それは、まぁ、………昼食は一緒に食べていますし、話はしますけど?」

何故そんなことを聞くのか分からない、といった感じに眉を寄せ、訝しげに見てくる。が、そんなことを気にしている場合じゃない。
今、テツが言った言葉が俺の頭の中をぐるぐると駆け回る。
どういうことだよ。
一緒に食ってる?テツと?二人で?
意味わかんねぇ。何でか知らねぇけど、無性に苛々する。
今までは。今までなら、なにかしら用事があろうと、必ず屋上に来てたっていうのに。なんで、今更。
胸のなかに黒い靄がかかってすっきりしない。


「喧嘩してるのかは知りませんが、早く仲直りしてくださいね」

呆然としている俺をよそに向かいに座っていたテツが、立ち上がり一言。テツの顔はいつもと同じ無表情だ。
その言葉に返事をする気にはなれず、チャイムが鳴るまで、その場所を動けなかった。


気を取り直して、次に向かったのはさつきのところ。
あいつは黄瀬と仲良いし、なんか色々知ってんだろと思ったからだ。

「あっ、大ちゃん!」

さつきの教室に向かう途中、歩いていると後ろから滅多に聞かない呼称で呼ばれた。振り返らなくても誰が言ったかなんて分かりきっている。こんな呼び方をするのは幼馴染み以外いない。寧ろ、こいつ以外の奴が呼んできたら鳥肌が立つほど気色悪い。


「珍しいね、こっち側の教室くるなんて」
「あー、まぁな。…つか、お前に聞きたいことあんだけどよ」
「…ふふっ、きーちゃんのことでしょ?ほんっと、青峰くんてば、分かりやすいのよねー。顔にきーちゃんの事が気になって気になって仕方ありません。って書いてあるんだから!!
青峰くん、実はヘタレだから、うじうじ悩んでるんでしょ?尊敬してくれてるきーちゃんに格好悪いところ見せないように毎日健気に頑張ってたもんね?まぁ、それだけが理由じゃないと思うけど。大ちゃんが気付いてないだけで。きーちゃんの話聞いてきてあげる!」


お礼はテツくんとのデートのセッティングでいいから!と、ここまでノンブレスで喋った達成感からなのかドヤ顔をしているさつきを殴りたくなる。
なんで。なんでこいつがそんなこと知ってんだよ。



私はきーちゃんと話してくるからと、嵐の如く立ち去ったさつきにうんざりしながら、自分の教室に向かう。
確かに、さつきの言ってたことは当たってる。
最後らへんはちょっと意味分かんなかったが。
初めて人に憧れられたから、結構っていうか、めちゃくちゃ嬉しくてそんな奴に格好悪い姿なんか見せられないって思って、黄瀬の前ではいつも本気でバスケをしていた。
新しい技を見せると今のどうやったんスか?!と瞳をきらきらさせて、詰め寄ってくる姿を気に入っていたから、無駄に張り切ってみたりもしたな。そういや最近はそれもなくなってたっけ。
考えれば考える程、黒い靄が胸の中に広がっていくばかり。

あー…くそ、また苛々してきた。
何なんだよ、これは。
そんな蟠りをつっかえたままむかえた部活。
黄瀬は来ていたが話しかけてくることは、やはりなかった。かと言ってこっちから話し掛ける気にもなれず、このことは一旦忘れようとバスケに集中する。
部活の間、黄瀬が俺の方を見ることはなかった。





次の日、教室で机に突っ伏して寝ていた俺の元にさつきが来た。

「あのね、きーちゃんの事なんだけど…」

言葉を切り、「あー」やら「うー」やらただの音を発しているさつきに、いつもなら言いたいことははっきり言ってんのに、言い淀むなんて珍しいなと頭の隅っこで思ったが、次に浮かんだ考えにそれどころじゃなくなった。
これは本格的に黄瀬に嫌われたんじゃないか。
そういや俺、黄瀬が俺のこと嫌いになるとかあり得ねぇとか思って、結構雑な扱いしてたよなー。やべぇな、今思い返してみると。そりゃ嫌われるわ。



「あっ、きーちゃんね、別に大ちゃんの事嫌いな訳じゃないらしいの!だから落ち込まないで。ね?」
「…別に、落ち込んでねぇけど」
「そっか、うん。それでね、ちょっと詳しくは言えないんだけど、さっき言った通り嫌いではないんだって。寧ろ、…うん!」
「おー?ま、ありがとな」

自分より低い位置にある頭に手を置くと、驚いたように目を見開かれた。

「ほんと、きーちゃんのことになると素直になるんだから」

ぼそりと何かを呟いた気がしたが、黄瀬に嫌われてないと分かってテンションが上がっていた俺は特に聞き返すことはしなかった。


さつきの話を聞いて、次に何をするかなんて決まっている。ぐだぐだしているのは俺らしくない。考えても分からないんなら直接聞くまでだ。
思い立ったが吉日、だっけか?そんなような諺をこの前、珍しく真面目に受けていた授業で習ったような気がする。
まぁ、そんなこんなで昼休みに黄瀬の教室に行ってみることにした。教室の扉を開けるため手をかけようとした瞬間、扉が自動的に開いた。と、同時に体に何かがぶつかった。

「うおっ」
「わっ?!」

ぶつかってきた金色が後ろに倒れそうになる。
驚き、一瞬の間体が固まったけど、持ち前の敏捷性でその腕を掴み、相手の体勢を立て直す。

「大丈夫か?」
「わわ、すみませんっス。ありが……あ、あああ青峰っち?!」
「おう」

ずっと下に向けていた視線を金色、基、黄瀬が上へと上げ俺だと分かった瞬間に何か化け物を見たような顔に変わる。
なんだ、その不細工な顔は。じぃっと見続けていると、黄瀬の顔が徐々に赤みを帯びていく。まるで茹で蛸だな。くくっ、と笑うと眉間に皺を寄せてキッと睨んできた。長い睫毛がふるふると震えている。

「…離してほしいっス」
「あ?」
「腕、離してほしいっス」
「やだ」
「は?って、ちょっと何処行くんスか?!」

掴んだ腕をそのままに歩き出した。後ろできゃんきゃん何か吠えているけど無視を決め込んで、歩き続ける。今の時間帯、人が居ないところは。屋上ぐらいか?
ずかずかといつもより、少し歩幅を小さくして歩く。ついでに速さも落とす。黄瀬が歩きやすいように。
自分がここまで相手に歩調を合わせるなんて今まであったか。俺がこれほどまでに気を遣ってやる奴なんて黄瀬ぐらいだろう。


かつ、かつ。
階段を登る音が響く。会話はない。いつもならどうでもいい話ばっかしてきたくせに、えらい違いだ。
そういえば、最近は黄瀬の事を考えてると『いつもは』、『いつもなら』と前の黄瀬と今の黄瀬の自分への態度を比べるようになったな。
懐かれていた奴に急に素っ気ない態度を取られたら少なからずショックは受けるもんだろ。
気に入ってたんだ。あいつの隣を。人の気持ちも気にせず、ずかずかと入ってくるくせに、でも本当に立ち入って欲しくないとこには入ってこない。そんなところを。
居心地が良くて、それに甘えすぎていたのかもしれない。あのふにゃふにゃと破顔した顔を見てると、安心して、なにかぬくぬくと心が温まる。だけどその笑顔が他の奴等に向けられていたら、物凄くむかつく。


屋上につながる錆び付いたドアを開ける。
あぁ、そうか、これが――――――、







多分続きます。

2012/11/10

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