お腹が空きすぎて道端で倒れ、不法侵入者と間違われて連行され、八人将さん同士の喧嘩に巻き込まれ、鳥の上で失神。
こんな醜態晒したなんて知られたらお嫁に行けない。父よ母よ、親不孝な娘でごめんなさい。わたしは一生独り身のまま寂しく人生を終えるのです……「大丈夫ですか?」「はっ!」
故郷の両親を思い干渉に浸っていると、突如ひんやりしたものがわたしの肌を刺激した。うひゃーつ、冷た!ってあれ。ゆ、夢?
額に触れたものにびっくりして身体を起こすと、はらりと膝の上にタオルが落ちてきた。あ、冷たかったのはこれだったんだ。お、驚ろかせないでー!……でも、一体誰が。
「少し落ち着きましたか」
「う、わぁ」
「…だから、助けてもらったのにその態度は頂けませんね」
ひんやりと冷たいタオルを見つめながら考えていると、目の前のそれは急に伸びてきた手にするりと取り上げれられた。驚いてその先を追うと、ベッドの中にいるわたしの傍らに、呆れたように溜息をつくひとでなし男がいて。しまった、あからさまに嫌な顔しちゃった。って、あれ?助けてもらった?
「あれ、わたし何でここに」
「あのあと、ピスティから貴方を保護してここまで運んできたんですよ。全く、ピスティやシャルルカンは悪ふざけが過ぎます」
「運んで…!?」
そ、そんな!初めて抱っこしてもらう男性は結婚するひとって決めてたのに!しかもよりによってこのひとに助けてもらうなんて…!
気を失って人でなし男に運ばれている自分の姿を想像したら、悔しいような情けないような気持ちになって思わず頭を抱えた。もう本当にお嫁に行けない…!
「何ですかその不服そうな顔は」
「……何でもないです」
拗ねて唇を尖らすわたしに、人でなし男はまたひとつ溜息をついて、氷水にタオルを通す。水をきったあと、ぺちんとわたしの額に置くと「不法侵入者などと言ってすみませんでした」と小さく言った。
唐突に呟かれたその言葉の意味をすぐに理解できず、え。と見上げれば、照れ臭そうに、それでもちょっと拗ねたように眉をしかめた顔がカフィーヤで少しだけ隠れてた。……もしかしなくても、恥ずかしがってる?謝り慣れてないのかな。それとも、女の子苦手とか?あ、あれ。わたしどんな反応すればいいんだろ。
「…何か食べるものを取ってきますね」
「あ、あの!」
立ち上がって扉へと向かう背中に慌てて声をかけると、若草色のカフィーヤがふわりと翻る。振り向き真っ直ぐにわたしを見たその黒目がちの瞳を捉えたら、なんだかわたしまで照れ臭くなって額のタオルを思わず掴んだ。
「……ありがとう、ございます」
ジャーファルさん。尻つぼみになってしまった自分の声に、訳も分からず赤面してしまって毛布に潜り込んだ。こんな、つもりじゃなかったのにな。不覚にも上がってしまった体温には、この毛布は少し熱い。そんなことを考えながら場を凌ごうとするも、わたしが思うよりも時間というものはゆっくりと過ぎるようで。少しだけ流れた沈黙のあと、布団の外にいる人でなし男が小さく噴き出す声が聞こえてきた。びくりと身体が跳ねてしまって慌てて布団に潜り直すと、「謝肉宴、あとでご案内しますね」とジャーファルさんは穏やかに言った。
少し待っててください。そう言って彼は扉を閉め部屋を出ていく。遠ざかっていく足音を聞き遂げてから、わたしは枕から顔を上げた。…なんだ、人でなしでも何でもなかったんだ。
真面目なひと。閉まった扉を見つめて一人呟く。火照る顔に冷たいタオルが心地良い。
いいひとなんだ。ただ少しだけ不器用なだけで。
もうちょっと話せたら、仲良くなれるかな。もっと色々あのひとのこと知りたいなあ、なんて、わたしらしくもないことを思ったりして。