「じゃあ、ここで15分休憩だー。水分補給しろよー!」


キャプテンのその指示に大きく深呼吸し、何時間ぶりかに地面へと腰を下ろした。
今日のジョギングコースはいつもの砂浜ではなく、一昨日あの女に案内された旅館の裏山だ。高尾がキャプテン達に一昨日のことを話したところ、急遽コースが変更となった。恐らく気分転換も兼ねてだろう、確かに見慣れた砂浜のときよりも身体が軽く感じているのは事実だ。眺めの良いこの山の中腹は、砂浜よりも断然涼しく、体力の消耗も普段より緩徐になる。コースの変更は、心身共に有難く感じた。手に持ったボトルのドリンクで喉を潤しながら、一人そんなことを考える。


「あーーー疲れたなー真ちゃんーーー」
「……暑苦しいから離れるのだよ、高尾」
「そんなこと言ったってさー、疲れたモンは疲れたんだよー」


ドン、と背中に重みを感じて首だけで振り返ると、だらしなく手足を投げ出した高尾が俺に寄り掛かっていた。何だこいつは、鬱陶しいにも程がある。言っても聞かないので、苛立って勢いよく立ち上がると、高尾は全体重を俺に掛けていたためか奇声を発して背中から地面へと倒れ込んだ。大人しく離れていればそんな目に遭わずに済んだのだ、馬鹿が。
ゴロゴロと転がりながら痛みに悶絶している高尾を無視し水分補給をしていると、突然奴はぴたりと止まり何かを考えている様子で一点を見つめ始めた。そして目線だけ俺へと向けると、「なぁ真ちゃん」と珍しく真剣な声音で俺を呼ぶ。


「俺さ、ずっと気になってたんだけど。真ちゃんって、あの子のことどう思ってんの」
「誰のことをだ」
「だから、なまえちゃん」


…何故あいつの話がここで出てくるのだ。 いや、俺が気になって。 意味が分からん、何を気にすることがある。

いきなり何を言い出すのだ、こいつは。溜息をつき流れてきた汗を拭うと、そんな俺とは裏腹に高尾は仰向けに寝転んでぼんやりと空を見つめた。いつになく真剣だな、とその様子を見て思った。しかし、こいつの質問の意図が全く見えない。暑さと疲労でとうとうおかしくなったのか。


「だってさぁ真ちゃん、なまえちゃんにあれだけ色々してもらってて、何とも思わないわけ?」
「…少なくとも、有難いとは思っている。それ以外に何があるのだ」
「俺が真ちゃんの立場だったら、好きに、なってる。たぶん」


……この馬鹿は本当に何を言っているのだ。突拍子もない発言に、らしくもなく呆気に取られた。まさか、惚れた腫れたの話題がこいつから出てくるなんて思いもしなかった。というか、こいつにそのような類の話題が出来たことをまず評価したい。いや、それよりまず、何でこいつはそんなことを突然言ってきたのだ。


「お前、あの女に惚れたのか」
「……まぁ、あんだけ色々してくれりゃ自然と意識はするっしょ。でもさ、」


俺、遠距離とか無理だし!そう言ってくしゃりと笑った高尾が俺を見上げる。予想外なことの連続に言葉が見つからない俺を得意げに見たあと、上半身を起こして高尾は背を向けた。肩についた草を払いながら、大きく息を吐いて真ちゃん、と少し掠れた声を出す。


「真ちゃんはさ、もっと素直になった方がいいって」
「……意味が分からん、俺は自分に正直に生きているのだよ」
「黄瀬クンからも、真ちゃんはその手の話題には鈍いって聞いちゃいるけど、」


俺らがここに居れるのって、あと一週間もないんだぜ。そう言ってゆっくり立ち上がった高尾は俺を振り返り、肩を力一杯叩いてきた。日に焼けた肌に強い刺激が来て、何とも言えない痛みが襲ってくる。怒りと痛みで悶えていると、高尾は馬鹿みたいに笑いながら大きく伸びをした。あーあ、と何かを吹っ切るように言ったあと、「なまえちゃん、今日の夕飯何にしてくれんのかなぁ」とうわ言のように呟いた。


「なまえちゃん昨日の花火のとき、お汁粉うまく作れるように練習するって意気込んでたぜ」
「それは聞いたのだよ」
「良かったな、真ちゃん」


そう言い残し、キャプテンの集合令に高尾はのろのろと歩いて行く。結局あいつは何が言いたかったのだ。それより黄瀬、あの馬鹿は高尾に何を吹き込んだのだ。
素直になれと言われても、何をどうすれば素直だと言えるのだ。少なくとも、俺は自分に正直に生きているつもりだ。高尾に指摘をされるようなことはしていないはず。なのに、何故突然あいつは改まってあんなことを言ったのだ。全くもって不可解なのだよ、黄瀬といい高尾といい、俺に何か恨みでもあるのか。
考え込んでいると、緑間ァ!と怒号が聞こえ、ふと我に帰った。顔を上げればキャプテンがこちらを見て憤慨しており、肩を落として俺は歩き出す。練習中に余計なことを考えるのはやめだ。疲れが増すだけなのだよ。全員揃ったことを確認したキャプテンが走り出し、それについていくと高尾が何か言いたげにこちらを見た。しかし結局何を言うこともなく、木村先輩へと無駄に絡みながら走る。あいつの意図が何なのかはどうでもいいが、何故俺にあの女のことを言ったのだ。本当に、どいつもこいつも意味が分からん。


・・・



「なまえちゃーん!たっだいまー!」
「あ、おかえり高尾くん!皆さんもおかえりなさい」


練習を終え、陽が傾きかけた頃に宿舎へと戻ると、既に夕食の支度が出来ていた。食堂から薫ってくる匂いに部員たちが歓声を上げる。バタバタと各々の部屋へと荷物を投げ捨て、我先にと席に着いた奴らを見て思わず呆れた。こいつらは、どうしてこうも単純なのか。心無しか痛む頭に気のせいだと念ずると、「あ、真ちゃん」と女が後を追いかけてきた。


「おかえり。あのね、昨日お汁粉練習してきたんだ」
「…後で貰う」
「うまくできてるかは分からないんだけど、」


そう言って申し訳なさそうに笑う女を少し黙らせるため、今日のラッキーアイテムだった猫のぬいぐるみを手渡す。これ可愛いね、とぬいぐるみを見つめる女に、夕食後まで預けておくと言うと、見るからに嬉しそうに顔を輝かせた。こいつも本当に単純な奴だ。
女がエプロンのポケットへぬいぐるみを大事そうに入れたのを見届けると、俺も一旦食堂を出て自室へと荷物を置きに向かう。この暑さで正直腹が減っているわけではないが仕方ない、あいつのためにお汁粉は食べてやろう。食堂から響く喧騒をどこか遠くで聞きながら、そんなことを思った。




「……甘さが足りん」
「えええ!真ちゃんどれだけお砂糖入れたら気が済むの!」
「うるさい、不合格なのだよ!」
「わたし真ちゃんが太ったって知らないからねー!」




八日目 | 休憩中の裏山にて。







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