「姉ちゃん、早く早く!」
「ちょっ待って涼太!く、靴が…」
「ああもう何やってるんスか!ほら!」


ぐい、と姉ちゃんの手を引いて立ち上がらせると、うわあと変な声を出しながら姉ちゃんはよろめいた。それを受け止め靴を履くように言うと、「どこ行くの?」と前屈みになりながら姉ちゃんが聞く。


「秘密っスよ。でもたぶんいいところっス」
「なにそれ。教えてくれないの?」
「教えたら面白味がないじゃないっスか」


なにそれ。姉ちゃんはそう繰り返したあと溜息をついた。ポケットから携帯を取り出し時間を確認すると、予定の時刻の30分前。今から行けばちょうどいいくらいだな。
姉ちゃんはそんな俺の思惑に気づくはずもなく、夜の冷たい空気に肩を震わせ小さくなっていた。冷え性な姉ちゃんにはちょっと辛かったかな、この時間は。


「姉ちゃん、俺のマフラー使う?」
「え、ううん大丈夫。涼太が寒くなっちゃうでしょ」


鼻の頭を真っ赤にしながら姉ちゃんは笑う。うーん、やっぱこの寒さは可哀想だったっスかねぇ…。
駅に着き二人分の切符を買って、ちょうどホームへと入ってきた電車へと乗り込む。むわっとした生ぬるい空気に思わず顔を歪めると、隣で姉ちゃんが可笑しそうに笑った。


「次の駅で降りるっスよ。はぐれないようにね姉ちゃん」
「え?次の駅?」
「あ、ほらドア閉まるっスよ。コート挟まれないようにしないと」


姉ちゃんの肩を引き寄せてドアにコートが挟まれるのを阻止する。次の駅…と独り言のように繰り返す姉ちゃんに、しまったバレたかと小さく舌打ちをした。ま、いずれバレることだ。今ここで姉ちゃんに気づかれてもたいして変わらねーか…。でもやっぱ、実際に見るまで内緒にしときたいよなあ、サプライズする側としては。



***




「わ、あ…!」
「どうっスか?いいところっしょ?」
「な…何で、涼太。何でここに」
「昨日姉ちゃんがこれ見たそうにしてたから。フられたばかりの可哀想な姉を思う優しい弟に感謝してほしいっス」


色とりどりの電飾が、高くそびえる樹と辺りの壁に光る。まばゆい光を見上げた姉ちゃんは、小さい子どもみたいに歓声を上げた。
昨日、姉ちゃんが俺へと教えてくれたイルミネーション。サプライズと名目して連れてくるつもりだったのに、早々と姉ちゃんには気づかれてしまったけれど。
フられたなんて冗談で言ったつもりだったのに、姉ちゃんはイルミネーションから一度目を離し俺を振り返った。その目には涙がうっすらと滲んでいて、しまったまた泣かせてしまったと一人焦る。慌ててフォローを入れようと姉ちゃんの肩に触れようとすると、その手をそっと握り姉ちゃんは涙顔で笑った。


「ありがとう涼太、嬉しいよ。優しいねほんとに」
「ね、姉ちゃん。怒ってないんスか」
「怒らないよ。本当はね、この一週間涼太がわたしを元気付けるために色々悩んでくれてたこと気づいてた。ほんとにいつもありがとう涼太。心配ばかりかけちゃってごめんね」


そんなこと。
ない、とは言えなかった。実際俺は姉ちゃんの心配して、何かある前に俺が守ってやらないといけないとばかり思っていて。いい加減姉から離れないといけないと分かっていても止められなかった。ただ一人の大事な姉を傷つけたくなかったから。
姉ちゃんも、気づいてたのか。それでも俺を一切叱ることなく受け入れてくれてたのか。ちくしょう、全く敵わねーよ。姉ちゃんはいつもそうだ。


「涼太わたしね、もう本当に大丈夫。涼太がわたしのこと思ってくれてるから。涼太がわたしのこと元気にしてくれるから、もう悲しくないよ」
「姉ちゃん、」
「涼太、わたし涼太のこと本当にすきだよ。涼太が弟で本当によかった」


ぐし、と涙を拭いて笑う姉ちゃんに、俺までなんだか泣きそうになる。それに気づいた姉ちゃんが泣かないで、と俺の髪を撫でるから、嬉しいような悲しいような不思議な気持ちになって思わずイルミネーションへと視線を向けた。
七色の光が煌めく。その眩しさに目を細めたら、薄く滲んだ涙で光がぼやけた。来年も、ここに来れるといいな。姉ちゃんと、もう一度ここに。
はあ、と吐いた息が白く染まるのを見ていると、姉ちゃんがふと俺のコートの裾を引っ張った。振り向くと、にこにこと嬉しそうに笑う姉ちゃんが俺を見上げた。


「ねぇ涼太」
「…ん?」
「また一緒に来れたらいいね」


ああ、同じこと考えててくれたんスか。
姉ちゃんの言葉にじんわりと温かくなる心。その熱が心地良くて零れる笑みを抑えることができなかった。うん、と小さく頷くと、姉ちゃんは目を細めて柔らかく微笑む。まだ当分は姉離れなんてできそうにないな、とその笑顔を見てぼんやり思った。今、俺と同じことを考えてくれていたように、姉ちゃんも俺から離れることがなければいいのに。こんなことを思うなんて、まるで小さい子どもみたいだ。
喉の奥で笑うと、姉ちゃんがどうしたの?と俺を見上げる。姉ちゃんのこと考えてたんだよ、なんて言葉は自分の心に仕舞い込み、「何でもないっス」と言って姉ちゃんの髪をそっと撫でた。





(日)恥ずかし気に笑う君
21:30








人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -