「どういうつもりですか、シン。操觚者といえど不法侵入者ですよ、シンドリアの機密をみすみす投げ得るつもりですか」

「お前なぁ、あんな若くて世間知らずそうな子がスパイだとでも言いたいのか?機密は厳重に保管してあるし、悪い噂だとしたら外交でシャルルカンやスパルトスが拾ってくるだろう」

「甘すぎるんですよ、あなたは」

「そう怖い顔をするな、ジャーファル。どうだ、お前ももう25だろう。あのお嬢さんはなかなかの容姿だったし、きっと年頃だろう。これは王宮でお前とあの子の新たな夫婦が誕生する良い機会なんじゃ「黙れ仕事しろ」



***




「うっわー!すごーい!」

「でしょー?シンドリア自慢の図書館なの!」


ヤムライハさんに連れてきてもらったのは、黒秤塔の大きい図書館。床から天井、壁の端から端まで敷き詰められている棚に重なる資料の山。そして古い本の独特な匂いと綺麗な装飾が何ともミスマッチで、それでいて綺麗で思わず見惚れてしまった。すごい、こんな立派なところ初めて来た!そう言って興奮するわたしを見て、ヤムライハさんはおかしそうに口元に手をあてて微笑んだ。うう、綺麗すぎる。
ヤムライハさんとは、用意された客室で(これまた立派なお部屋だった)マスルールさんとピスティちゃんと食事をしているときに訪ねてきてくれて、知り合った。ヤムライハさんはあのマグノシュタット出身の魔導師さんらしく、水を使った魔法を見せてもらって思わず感激してしまった。魔法のことは本でしか見たことがないから、実際に見せてもらうとやっぱりとても参考になる。ヤムライハさんの人柄もあってか、すっかり打ち解けたわたしを彼女はこうして研究の合間に王宮内を案内してくれる。とても嬉しいしありがたいんだけれど、その、ヤムライハさんが綺麗すぎて隣に並ぶのが少し恥ずかしかったりもする。


「ナマエ、あんまりはしゃぐと転ぶわよ」

「ヤムライハさん、シンドリア国ってすごいんですね!来て良かった!」


そんな大袈裟な。ヤムライハさんはそう言って苦笑したけど、大袈裟なんかじゃ全然ないのに。山のような資料や書物を見上げ、わたしはほう、と感嘆の息を漏らす。
すごいなあ。まだ建国してからそんなに年月は経っていないはずなのに、この資料の山。シンドリアはまだまだこれから成長していく国なんだろうな、とぼんやり思った。
一人で感動していると、ひゅん、と空気を切る小さな音が聞こえた。なんだろう、と振り返ると、目の前に分厚い本が飛んでき、え?「ひぇっ!」


「な、な、な、ヤムライハさん!?と誰!?」

「シャルルカン!何しに来たのよ!」

「うるせー!客が来たって聞いたから見に来たんだよ!」


空気の抵抗を思いきり無視して飛んできた本を間一髪でかわすと、突然ヤムライハさんの怒ったような声が聞こえてきた。ばくばくと飛び上がる心臓を抑えながら振り返ると、誰か分からないけど色黒のお兄さんが増えてるて、しかも何故かヤムライハさんと喧嘩してて。え、なんで!
け、喧嘩は良くない!から止めなきゃ!でも、本とか机とか(机!)飛んできて、うわヤムライハさん魔法使い始めた。お兄さん逃げてー!…ってあれ、お兄さん剣抜き始めたよ。何なの、何なのこのひとたち!これ普通の喧嘩じゃないの!怪我人出ちゃう誰か助けてー!


「ひえっ」


ヤムライハさんの魔法と、お兄さんがスパスパ切った椅子とか机とかが飛んできて咄嗟に本棚の影に隠れたけど、そのうち絶対巻き込まれる!逃げたいけど扉はずーっと向こうだ。どうしよう!?
そうこうしている間にもヤムライハさんと色黒お兄さんとの喧嘩は徐々に激化していっている。このままじゃ、わたしの身も危ない。
よ、よし。ここは隙を見て全力で扉まで走ろう。今まで数多の…、…何度かの修羅場を乗り越えてきたわたしなら行ける!はず!


「い、今だ!よし行こ、ぐえっ」


ヤムライハさんとお兄さんが喧嘩しながら移動し始めた隙を見て、本棚の影から走り出そうと身を乗り出した…はずだったのに、急に身体に締め付けられるような感じがしたと思ったら、ずるずると引っ張られ始めた。な、なに!


「な、縄…?」


身体の違和感に恐る恐る視線を落とすと、赤い縄がいつの間にか腕とかお腹に巻きついていた。しかもこれ、何だかすごく、重い。じたばた藻掻いてみたけど解ける様子はなくて、でもヤムライハさんたちが怖かったから大人しく引きずられていたら、書物庫の奥の資料室みたいな扉の前でぴたりと止まった。同時に身体の縄がするりと解かれる。


「怪我はありませんか?」

「う、わ」

「助けてもらっておいて、その反応ですか」


ほう、と安堵の息をつくと、わたしの後ろからちょっとぶっきらぼうな声が降ってきた。その声に振り返ると、赤い縄を腕へと巻いて収める、まさかの人でなし男がいて。予想外のことに思わず顔をしかめたら、奴は心底呆れたように溜息をつく。


「全く、貴方が来たおかげで八人将たちが物珍しがってしまって仕事になりませんよ。ただでさえ今は忙しい時期だというのに」

「八人将?」

「説明はあとです」


奴はそう言うと、カフィーヤをひらりと払い赤い縄をヤムライハさんとお兄さんに向かって差し向けた。空気を切る音をさせながら飛んでいく縄が、二人の腕と身体を一瞬のうちに捕らえていく。捕まった二人は為す術もなくそのまま地面に這いつくばる体制にさせられて、ずるずると引っ張られて、ひとでなし男に(以下省略)








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