「あれ?姉ちゃん!」
「涼太!え?部活は?」
「今日はオフ。だから服買いに行こうと思って」


駅の人混みの中に姉の姿を見つけ駆け寄ると、姉ちゃんは教科書が入った鞄を持ち替えて笑った。また重そうなモン持って。鞄を姉ちゃんから取り上げ肩に掛けると、少し慌てて取り返そうとしたものの俺との意地の張り合いに負け、観念したようにありがとうと言った。
そういえば、姉ちゃんは今日大学が早く終わるって言ってたな。いつも中途半端な日に突っ込まれる部活のオフにも、今日は少しだけ感謝した。笠松先輩たちの誘いも断って正解だったっスね。
姉ちゃんの歩幅に合わせながら駅を出ると、店が立ち並ぶ大通りに出る。ここは姉ちゃんと俺がそれぞれ好きな店がある。買い物は大体ここへ来て、お互いの服を選んだりして……あ、やべ。俺こんなところ来るなら顔隠してくるべきだったな。


「涼太、こんな場所にそんな無装備で来て良かったの?」
「ちょっと油断したからどこか店の中に避難したいっス…」
「だよね。どこがいいかなあ」


職業柄、下手に顔を出して歩けないのが辛いところだ。うっかり囲まれでもしたら帰れなくなる。想像するだけで背筋に悪寒が走った。
きょろ、と辺りを見渡す姉ちゃんを、周りから見て一発で俺の姉だと分かる人はいないだろう。変な噂が立てば姉ちゃんに余計な火の粉が降りかかる可能性だってある。ばかな奴らのせいで姉ちゃんが傷つくなんてことがあったら、俺はどう責任取ればいいか分からない。とりあえず避難して顔隠さねーと。


「姉ちゃん、こっち」
「え?どこ?」
「そこのカフェ」


たまにはお茶でもしないっスか?姉ちゃんの手を引きながら笑うと、ちょっと困ったように姉ちゃんは笑う。俺のわがままに答えるとき、いつも姉ちゃんはこうやって笑う。そして、仕方ないなあと溜息をついて手を握り返してくれるんだ。これも、俺が姉ちゃんのことが好きな理由のひとつ。でも、たまにはわがまま言ったっていいっスよね、さんざん俺を悩ませたお返しっていうことで。



***




カフェのなるべく奥の方の席に案内してもらい、どう顔を隠そうか悩んでいると、姉ちゃんは運ばれてきた紅茶に砂糖を入れながら苦笑していた。姉ちゃんには女関係で迷惑をかけるわけにはいかないと決めているし、どうにかしてここは凌がねーと。
携帯を取り出し何かいい方法はないかと調べていると、姉ちゃんがふと何かを思い出したように鞄をごそごそと漁って黒縁の伊達メガネを取り出した。得意げに笑って俺に差し出してくるも、それ女物っしょ。いくらモデルやってるとは言えど、さすがに女物は…。


「やっぱりだめかな?」
「だめでもないっスけど…」
「涼太なら大丈夫じゃない?」
「モデルをあまり買いかぶってると痛い目見るっスよ」


差し出された眼鏡を押し返しひらひらと手を振ると、姉ちゃんは眉を寄せ納得がいかないように俺を見てきた。そうして唸りながら考えを巡らせている姿がおかしくてちょっと笑ったら、何がおかしいのと言われぺちんと額を叩かれる。いてぇ。最終的に伊達メガネを自分でつけて紅茶を啜る姉ちゃんに、俺は自分のところに運ばれてきたケーキの苺を差し出す。


「やっぱ顔隠せるもの持ってないし、変装は無理っスね。ちょっと暗くなるまで待つしかねーか…」
「わたし、サングラスとか買ってこようか?」
「いや、いいっス」


苺を嬉しそうに頬張りながら、姉ちゃんは俺の顔を見た。やっぱ、あんまり俺と似てねーよな、とぼんやり思いながらコーヒーを飲む。姉ちゃんは可愛い。贔屓目とか、弟の目線とか、そういうのは無しにしてもそう思う。口元についた生クリームを上品に拭き取る姿を見て、何だからしくもなく気恥ずかしくなってしまって俯くと、涼太、と名前を呼ばれた。内心で慌てているのがバレないようにそろりと目線を上げると、姉ちゃんは掛けていた眼鏡を外しながらにっこりと笑った。


「わたしも暗くなるまで待ってるよ。そしたら一緒に帰ろ」
「や、でも寒くなるし。姉ちゃん先に帰ってていいっスよ」
「どうせ同じところに帰るんだし、早くても遅くても変わらないよ。それに、二人で話しながら待った方が時間過ぎるのも早いでしょ?」


だからそんな遠慮しないで。姉ちゃんはそう言いながら紅茶を一口静かに飲んだ。
いつも遠慮してるのは一体どっちなんだか。心の中でぼやきながら姉ちゃんにありがとうと言う。この寒い中、姉ちゃんに辛い思いをさせるのはあまりにも可哀想っスね。帰りはマフラーを貸してやることにするか。
何となく甘ったるい気持ちになるのは、ケーキのせいか、それとも。苺、ありがとうと微笑んだ姉ちゃんにどういたしましてと返事をし、心なしか熱い顔に手をあてる。と、そのとき、姉ちゃんが紅茶のカップを置いて「ねえ涼太」と身を乗り出してきた。


「涼太。どうせ待ってるならお姉ちゃんより彼女さんのと方がいいかな?」
「だーかーらー!」


何回説明したら分かるんだこのバカ姉は!
バン、とテーブルを叩くと、その音に反応したのか周りの客がこっちを向いてきた。不覚にもバツが悪くなって俯くと、姉ちゃんはどうしたのと少し驚いたように声をかけてきた。誰のせいだ、誰の。むしゃくしゃしながらケーキを一気に頬張ったら、スポンジの欠片が喉に詰まって盛大にむせた。慌てた姉ちゃんが俺の背中を摩ると、どうしようもない疲労感が襲ってきて呼吸が整わない中溜息やつく。ちくしょう、かっこわりーよ俺…。





(金)レディー、お茶でもしませんか?
15:37










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