「いいっスか?遅くなるときは必ず連絡入れること、電車が遅れたりしたら真っ先に俺に言うこと、出掛けるときはどこに行くのかちゃんと言うこと、それと…」
「あ、あの、涼太?」
「まだ途中っス!」
「ご、ごめん。でも、あのね?どうしたの急に?」


急にじゃないっスよ。前から言おうと思ってたけど姉ちゃんが遠慮すると思って言えなかったことっス。最近はすぐに陽が暮れるし、物騒なニュース多いし心配なんスよ。おまけに姉ちゃんの大学と俺の高校は距離あるから迎えに行きたくても行けないし、大学なんて変な輩が多いからドジな姉ちゃんを野放しにしといたら何があるか分かんねえ!そうだよ、野放しにしといた結果がこれだろ!だから俺の心配は当たるんスよ!だからここらで一回確認しときたかったんス!
…なんて言えるはずもなく、目をぱちぱちとさせている姉ちゃんに大きく溜息をついた。人に向かって溜息つくなと頭を小突いてくる姉ちゃんに、誰のせいだと叫んでやりたかった。


「…とりあえず、姉ちゃん放っておいたら何するか分かんねーから言っただけっス」
「え?わたし涼太の中でどんな扱いされてるの」
「そりゃこんなふうに言いたくもなるっての!第一姉ちゃんは危機感が足りなさすぎっス!あと男を見る目もない!」
「ひ、ひどい!フられたばかりの姉に向かってその言い方!」


だから男と付き合うときは必ず俺に紹介してからにしろってあれほど言ったじゃないっスか…!
姉ちゃんは俺の言葉にすっかり不貞腐れて一人でソファに寝転んでしまった。こら、俺の座るところ開けろ。ぐいぐいと姉ちゃんを押しやり少しだけ空いたソファのスペースに入り込むと、姉ちゃんは「ばか涼太」と小さく呟いた。あ、しまった泣きそうだ。


「なにも泣くことないじゃないっスか」
「泣いてない!」
「ごめんって。でも俺は姉ちゃんのこと一応心配してるんだから、それは分かってほしいっス」


ぽす、と頭に軽く手を置くと、姉ちゃんは恨めしそうに俺を睨んだ。おー、怒ってる怒ってる。
一旦立ち上がりキッチンからデザートのプリンを取ってソファへと戻る。俺のプリン食べていいから機嫌直してくれっス、と姉ちゃんに差し出せば、のろのろと身体を起こしてありがとうと不服そうに受け取った。昔から、機嫌を損ねたときにデザートを与えれば大抵けろっとするのがお決まりだ。本人は自覚がないんだろうけど、俺は姉ちゃんの機嫌を治すくらい朝飯前っスよ。ほんと、まだまだお子様だ。


「とりあえず、さっき俺が言ったことは守ってくれっス」
「えー…」
「プリン返せ」
「わ、わかった守る!守ります!」


正直、何かあって連絡をもらったところで俺も部活があるし、モデルの仕事もあるから駆けつけてやれるかどうかも分からない。それでも姉ちゃんにどこでなにがあったか把握できないよりはマシだ。
幸せそうにプリンを食べる姉ちゃんに溜息をつき、髪を撫でると、涼太も食べる?とスプーンに載ったプリンを差し出してきた。俺はいいよと首を振り、ソファから立ち上がって思いきり伸びをする。
姉ちゃんが遠慮する気持ちも分かる。俺は友達でも彼氏でも何でもない、ただの弟。家族は一番近くにいるようで実はその正反対だと誰かが言っていた。俺は、姉ちゃんのことを全く分かっていない。姉ちゃんも俺には自分のことをあまり話さない。つまり俺たちの距離はとても遠いんだ。家族なんてそんなもの。
虚しいな、リビングの扉を開きながらそんなことをぼやく。


「涼太、いま何か言った?」
「プリン食ったらちゃんと歯磨けって言ったっス」
「はーい」


この姉ちゃんの遠慮癖が治れば、また何か変わるのだろうか。そのときは、一番に俺を頼ってくれるのか?友達でも彼氏でもなく、弟の俺に。
だめだ、考えるのはやめよう。俺はただ、姉ちゃんが傷ついたりしないで笑ってくれたらそれでいい。それ以上を求めるのは、ただのわがままだ。
ちくりと小さく痛んだ心臓に気付かないふりをする。こんな感情、知らなくていいんだ。誰よりも先に俺を頼って、泣いてほしいだなんて。扉を閉め肌寒い廊下を歩く。何で家族なんだろうな、ぼんやり思ったその疑問は、誰に答えをもらえるわけでもない。そして俺も、誰に訊ねることなく気付かないふりをしていくのだ。



(水)どうしようもないのは事実だけど
20:46






第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -