「あれ、姉ちゃん帰ってきてたんスか」
「あ、うん…おかえり涼太」
「元気ないっスね。風邪?」


リビングの扉を開けると、薄暗い部屋の中に小さな影が見えた。電気も付けずに一体なにをやっているだろう。いつもなら俺が帰ってきたときには、真っ先におかえりって玄関まで飛んできて、俺が着替えたあと一緒にテレビ観て、そんで。
ぱちんと電気をつけてソファに座り込む姉ちゃんの額に手を当てる。熱は無いみたいだけど…風邪とかではないのか。もしかして、食中りとかか?ほんと姉ちゃんドジだから、「涼太、ごめん離して」「ほんと、どうしたんだよ姉ちゃん。何でそんな元気ないんスか」

優しく俺の手を離す姉ちゃんはやっぱりどこか変だ。いつもみたいに笑ってないし、声も何となく沈んでる。大学で何かあったのか?それかバイト先?あ、でも今日は姉ちゃんバイトないか…、じゃあなんだ?


「姉ちゃん?何かあったら俺に言えっていつも言ってるっしょ」
「…うん、」
「ンな暗い顔して何でもないって言われても、俺信じねーよ?ほら、言ってみ」


姉ちゃんの前に屈み髪を撫でると、突然姉ちゃんは唇を噛み締めた。と思ったら、じわじわとその目に涙が滲んできて、「っ、りょうた。わたし、ふられちゃったよ」と掠れた声で呟いた。


「……え、なに。ふられたって、姉ちゃん彼氏いたの」
「うん、ごめん黙ってて。でも言えなかったの、言ったら涼太、心配するから」
「ふられたって、姉ちゃんが?」
「…うん。ほかに好きな子ができたから、別れてほしいって、さっき」


ぽろぽろと涙を流すも、決して声を上げて泣くことはせず唇を噛みしめる姉ちゃんに心臓を抉られるような感覚を覚えた。
なんだよそれ。彼氏って、姉ちゃんに彼氏がいたなんて全く気づかな、…っていうか待てよ。ほかに好きな女ができたから姉ちゃんをフった?なんだよそれ、そんなの、


「…そいつ、名前は」
「え、なに涼太、待って!涼太が怒る必要ないよ、わたしだって大学とかバイトで全然会える時間作れなかったし、わたしも悪かったんだよ」
「けど!」
「仕方ないよ。あっちにはもう気持ちはないんだもん、今更引き留めたって…。ありがとう涼太、ごめん」


優しいね。そう言って姉ちゃんは寂しそうに、だけど穏やかに笑った。それは今まで見たことないような笑顔、俺の知らない、女性の顔だった。
そっか、姉ちゃん恋してたんだ。だから最近綺麗になったんだ。俺の知らないところで、俺の知らない顔や仕草を、ほかの男に見せてたんだな。
夕飯まで休むねと一言俺に声をかけ、姉ちゃんはふらふらと立ち上がり部屋から出て行った。残された俺は呆然と立ち尽くし行き場のない怒りや悔しさに拳を握り締める。後を追いかけるなんて、出来るわけがなかった。俺は所詮は姉ちゃんの弟でしかない。ただの家族。干渉できることなんて、周りが思うよりも限られている、踏み込める域なんて無いにも等しいんだ。
分かっていたことなのに、今更痛感させられたような気がした。思考が止まり目の前のソファに突っ伏すと、不意に視界が滲み全身の力が抜けていくような感覚に襲われる。姉ちゃん、何でもっと早く俺に相談してくれなかったんだよ。



***




4つ年の離れた姉のなまえとは、生まれたときからいつも一緒にいた。喧嘩だってしたことない、誰から見ても仲の良い姉弟として育ってきた。姉のことは、本当に心から信じられる存在で、穏やかに笑うそんな姉が大好きだった。
けれど、どうしても俺より早く成長していく姉は、年を重ねるごとにどんどん綺麗になっていって、その分俺に隠し事もするようになった。ドジで危なっかしい姉を守るのが弟の役目だと周りから教えられ、その通りに生きてきたのに、姉はそんな俺に心配をかけられないと、一人で何でも抱えて結果、今回のように泣いてばかりいるんだ。
姉ちゃん、俺だってもう高校生なんだよ。立派に姉ちゃんを守ることができる。だから一人で泣くとか、もうそんなことすんなよ。俺を頼って、泣いたっていいんだよ。






(月)いつもと違う君を見る
18:22







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