「貴方は何を考えているのですか!」
「えっ、…え?」
あのあと、わたしの要望を聞いたシンドバッドさんはしばらく呆然としたあと急に満足そうに笑って、「君はそう言ってくれると思ったよ!これでようやく夫婦が増え」まで言ってジャーファルさんに鳩尾を殴られていた。シンドバッドさんが崩れ落ちたのを見る限り、相当渾身の力で殴ったんだろう。
どう反応していいか分からず椅子からなだれ落ちたシンドバッドさんの屍を見ていたら、急にジャーファルさんがわたしの腕を強く引っ張って歩き出し、あまりひと気がない場所まで連れてこられた。と思ったら突然怒られた。
「や、やっぱりだめですか?」
「だめとかそういう以前に、この国に残ると本気で言っているんですか!」
「そ、それは本気です!」
この国に残りたいんです。ジャーファルさんを見つめて言ったら、彼は一瞬言葉を詰まらせて黙り込んだ。も、もしかして、難民の受け入れも困難なくらいだから、わたし一人を住まわせるだけでも厳しいのかな。ど、どうしよう。わたしあれだけ啖呵切っといて…。
「ジャ、ジャーファルさん、」
「…なぜですか」
「え」
「なぜこの国に残ろうなどという決断をしたのですか」
あ、あれ。なんだかジャーファルさん、今度はちょっと悔しそうな顔して…なんで?
掠れた声でナマエさん、とわたしを呼ぶジャーファルさんに、どくりと心臓が大きく跳ねる。この国に残ろうとした理由なんて、そんなのジャーファルさんに聞かれるなんて予想外すぎて。ど、どうしよう。
心臓が波打ち、気持ちが高ぶる。まだ隠しておきたい気持ちと、打ち明けてしまいたい気持ちとが交差する。けれど、ジャーファルさんの真っ直ぐな瞳と、その強い眼差しに、このひとのこういうところが好きなんだ、とぼんやり思った。それと同時に、不意に言葉が口をついて溢れてくる。
「あ、あの」
「なぜですか」
「……す、」
すきだから、です。
ぽつりとそう呟いたら、猛烈に恥ずかしさが込み上げてきてぎゅう、目を閉じた。い、言ってしまった…。こんなこと言っても困らせるだけなのに!後悔と反省と、ほんの少しの甘い想いにわたしは思わず俯いた。そのまましばらくわたしたちの間に沈黙が流れて、いたたまれなくなってきてそろりと目を薄く開く。
……ジャーファルさん、何か反応して…いや、反応されても恥ずかしいけど。で、でもこの沈黙は一体どうすれば…。
も、もしかしてジャーファルさん、わたしがシンドリアの国のことが好きだって勘違いしてるとか?それであんまり意味が分からなくて考え込んでるとか…あ、有り得「ナマエさん」「はいぃっ!」
びっくりした!急にジャーファルさんがわたしのこと呼ぶから!でも呼ばれてもジャーファルさんのこと見られないよ下向きっぱなしだよ。うっ、恥ずかしい…。
「ナマエさん、貴方ってひとは…」
「う、」
「こちらを向いてください」
突然なにを仰るんだこのひとは!む、むり。今わたし絶対顔真っ赤だし、恥ずかしくてジャーファルさんのこと見られな「わっ」
ジャーファルさんの言葉に俯いたまま首を思い切り横に振ってたら、突然ジャーファルさんが屈み込んでわたしの目線に高さを合わせてきた。ちょっと困ったような顔でわたしを覗き込んでくるジャーファルさんに小さく悲鳴を上げてしまって、それが更に恥ずかしくて慌てて離れようとしたら、それを阻止するかのようにジャーファルさんがわたしの手首を掴む。
「ナマエさん」
「は、離し…」
「私も、」
私も貴方がすきですよ。
柔らかな声音と共に、わたしの手首を掴む力が少しだけ強くなる。どくんと、心臓が波打ち身体が震えた。
「…え、」
「何度も言いませんよ、恥ずかしいですから」
「え!待っ…ジャーファルさん、」
今、なんて。
ゆっくりと振り返り、ジャーファルさんを見る。色白なはずのジャーファルさんの顔が、何故だか真っ赤に染まってた。え、これって。
「ジャーファルさん」
「…あんまり見ないでください」
「さ、さっきと言ってること違う!」
しまった!思わず突っ込んじゃった…!
ジャーファルさんはわたしの言葉に罰が悪そうな顔をしてそっぽを向いた。なんだか、その仕草がすごく、すごく可愛く見えて。どうしよう。わたしジャーファルさんのこと、大好き、だ。
どきどきと波打っていた心臓に、ぎゅう、とどうしようもなく甘い気持ちが流れ込んでくる。そして、ジャーファルさんが小さく呟いた彼の想いが、ゆっくりとわたしの中に染み込んできて。
自然と浮かんでくる笑みと、これ以上ないくらいの幸せにわたしは彼の手を取り、いつも彼がしてくれたように、わたしにできる精一杯の穏やかな声音で彼の名を呼んだ。
「ジャーファルさん、」
「…なんですか」
「わたしと、おんなじですね」
thistle
(アザミ/花言葉:きみ在りて幸福)
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